「E.F.W」 ~目付きの悪いオッサン予備軍の俺、謎のスマホアプリを手に入れて人生が変わりました~

金時草

謎のスマホアプリ「E.F.W」

Episode01-01 謎のスマホアプリ


2024年7月下旬


「ありがとうございました~」


 女性店員の元気な声に送り出されてショップを後にする。


 右手には真新しいケースに入った新品のスマートフォン。左手にはショップの袋に放り込まれた壊れたスマホ。つまり機種変更を終えたばかりということだ。


 貧乏底辺労働者の俺が、毎月毎月生活費を切り詰めてやっとの思いで貯めた金は、たった1つの電子機器(スマホ)の不調で簡単に飛んでいった。


 昔はこういった新しい物を手に入れると「早くいじってみたい」という好奇心に駆られたものだが、今では寂しくなった財布の中身ばかりが気になる。


 それにしても、ショップに並んでいる商品の中では安い価格帯の商品を選んだつもりなのだが、「いざ」という時のために貯めていた貯金の殆どを費やすことになってしまった。最近の電子機器はやっぱり高すぎると思う。


(昔は大人になるともっと自由になると思っていたけど……)


 不意に無邪気だった子供時代を思い出すが……現実は冷徹だ。このまま現実(主に金銭面)について思いを巡らすと気持ちが滅入るだけなのは分かり切った事なので、俺は努めて他の事を考えるようにする。例えば……


(あの店員さん可愛かったなぁ……)


 とかだ。しかし、


(彼氏は……やっぱ、いるだろうなぁ)


 という風になってしまう。妄想の中であっても、夢も希望も無かりけり……。


 それもそのはずで、


(そういえば、女の人と会話するのって何か月ぶりだ?)


 という状況なのだから。


 コンビニのアルバイト店員と交わすレジでの事務的なやり取りや、仕事関係で話す事務所の仏頂面ぶっちょうづらの女性社員、又は時々電話で安否報告をしあう母親を除いて、俺の周りには全く女っ気が無い(というか、母親を挙げている時点で壊滅的だ)。


 だからついつい、機種を選ぶのに悩む振りをして会話を引き延ばしてみたり、ケースを選ぶのに(もともと全くと言っていい程持ち合わせていない)こだわりを見せてみたり……。お陰でスマホ本体は聞いた事のないメーカーの新製品を、そしてケースはこれ迄使った事のない首から提げるストラップ付きを選んでしまった。


 ただ、お陰で有意義な時間だった気が……って、


(あれ? 俺って……ただの面倒な客だったんじゃね?)


 ふとした拍子にそう気が付いて、無意識に振り返る。ショップのガラス窓に映るのは「ぬぼぉ」っと冴えない風貌にやたらと目付きだけキツイ、オッサン予備軍の俺。平日の午後だというのに、パッと見て何の職業に就いているのか分からない(というか、そもそも仕事すらしていなさそうに見える)ジーパン+よれたTシャツ姿だ。


 そして、そんな俺の姿を映すガラスの向こう側には、何とも言えない表情で苦笑いを交わし合うショップの女性店員達の姿が。


 すると、ショップの店員の一人がガラス越しに俺に気が付き、ぎこちない笑顔と共に会釈を送って来る。


 俺はそれにいたたまれなく・・・・・・・なり、


(そろそろ、出勤時間だしな)


 そんな言い訳を心の中で繰り返しつつ、足早にその場から立ち去るのだった。


 その後、俺は無駄な駆け足で自宅アパートに帰ると、吹き出る汗(と涙)を水シャワーで流した。後は買い置きのカップ麺を掻き込み、Tシャツとボクサーパンツので立ちで仕事着の制服にアイロンを掛け、スポーツバックに押し込む。アパートを出たのは午後の4時半。いつも通りの時間だった。


 ちなみにその間、新しいスマホの存在は極力意識から消していた。


*******************


――夜のニュースです――


 つけっぱなしのテレビからは夜11時の民放ニュースが聞こえてくる。


 場所は勤務地の「派出所」。しかし、派出所といっても俺は警察官ではない。れっきとした(?)警備会社の現場社員(入社2年目)だ。


 弊社 ――田村警備保障という中堅のローカル警備会社―― では、警備員の内、巡回警備を担当している社員の「たまり場」として、埼玉県内の各所にプレハブ建ての事務所を持っている。それを社員達は「派出所」と呼んでいる訳だ。

 

――続きましては、神奈川県伊勢原市で発生した土砂崩れの続報です――


 そんな派出所の中で、俺は今更ながらに新調したスマホをいじっていた。まぁ新しいといっても、特別な目新しさはない。お財布ケータイや銀行系のアプリの設定は問題無く完了したし、以前から惰性で続けているソシャゲアプリのアカウント引継ぎも難なく終わった。


 なので今はユーティリティ系のアプリを弄っていたのだが、そこで


「あれ?」


 おかしなモノを見つけた。


「なんだこれ……こんなの入れたっけ?」


 見覚えのないそれは、白地に赤色のフォントで「EFW」と書かれたアプリアイコンだった。


 見覚えのないアプリ。確かめるには実際に起動してみるのが一番だ。しかし、万が一にも変なウイルスが仕込まれていたりすると大事おおごとになる。だったら、設定画面からアプリをアンインストールすれば良い。


 ということで設定画面を開くのだが、


(あれ……ない?)


 設定画面のアプリ―ケーションコントロールには、「EFW」というアプリは無かった。


 良く分からない事態に頭が混乱するのが分かる。俺は混乱した頭を鎮めようと、ホーム画面に浮き出た「EFW」のアイコンをじっと見詰める。


 実はこの「じっと見詰める」は俺の昔からの癖だったりする。多分、クソ親父に教え込まれた事も関係していると思うが、とにかく、悩んだ時や良く分からない時は対象をじっと見詰める癖がついていた。


 その結果として、例えば高校入試で迷った時には良い選択が出来たし、駅で他校のヤンキーに絡まれたりもした。女性にモテないのも多分これのせいだろう(グスン)。


 それで今回は、というと


(悪い感じはしない……けど、なんだろう? このドキドキする感じは……)


 白地に赤く浮き上がった三つのアルファベットを眺めるうちに、妙に心臓の鼓動が早まるのを覚える。


 そして俺は、ドクドクと鳴る鼓動に操られるように右手の指をアイコンへ――


「おい、どうしたんだじん?」


 突然話し掛けられて、俺は文字通り椅子から飛び上がるほど驚いた。だが、それと同時にホッとした気にもなる。


「え?」


 若干間抜けな感じで声を上げる俺に対して、話し掛けてきた相手は、


「え? じゃないよ。ずっとスマホをにらんでた」


 と言う。


 この人は、俺の班の班長を務める葛城かつらぎさん。剣道4段、空手2段のごうの者で、今年で35歳になるベテランさんだ。警備主任の役職に就いている。非常に面倒見の良い「頼れるアニキ」的存在(ちなみに新婚さん)だ。


「何かあったのか?」


 そんなアニキな感じの葛城主任が心配そうにしてくれるので、俺は、


「えっと、スマホを変えたんですけど、ちょっと――」


 と事情を説明しようとする。しかし、


「あぁ~スマホかぁ、じゃぁ吉川、ちょっと見てやってくれ」


 スマホと聞いた途端に投げ出すアニキ葛城主任。まぁ、本人曰く「電子機器は滅法苦手」とのことだから仕方ない。


 そして、


「なんすか?」


 アニキに呼ばれて近づいて来たのは、俺よりも2年先輩の吉川さん。この人はアニキとは対照的に、


「ん、じん。お前スマホ変えたのか? ってか、これピーチフォンじゃん。うわ~、攻めたの買ったなぁ~」


 と、このようにガジェット系大好き人間だったりする。


「そ、そうなんですか?」

「え? 知らないで買ったの?」

「はぁ、店員さんと話してて、なんとなく、いつの間にか……」


 そんな風にこのスマホを買った事情を説明すると、吉川さん(小太り体形)は「かぁ~」と言いつつ額に手を当てる。そして、


「良いか迅。ピーチフォンは最近出て来た国産スマホだけど、チップセットは何処で作っているのか良く分からない代物なんだよ。それに、業界・・じゃぁ、『当たり外れの激しいギャンブル石』って呼ばれてるの!」

「は、はぁ……」


(なんだ、その「業界」って……あと「石」とはなんぞ?)


「一応説明しておくと、ピーチの最新チップセットのWミレニアム24は当たりの石だと型落ちのゲーミングPC並みの性能を出す。しかも、超超々低燃費だって話だ。でも、ハズレを引くとガンガンに発熱して碌にベンチも回せないっての、覚えとけよ!」


(ベンチってなんだよ! いや、誰に需要のある話なんだよ!)


「……で、なんだっけ?」


 と、ここで唐突に素に戻る吉川先輩。その落差にズッコケそうになりつつも、


「あ、ああ。そうでした――」


 俺は事情を説明する。しかし、


「……で、そのアプリってのは何処?」

「あ、いや、ここに」


 俺はホーム画面を見せながら、そこに浮かんだアプリアイコンを指している。しかし、それを見ているはずの吉川先輩は変なリアクションになっている。


「『EFW』っていうアイコンです」

「は? もう一回言って、なんかよく聞こえなかったんだけど」

「だから、イー! エーッフ、ダァッブル! です!」

「ダァッ! うるさいな! 『だから、アァッ、アァァ! アァッアです!』なんて言われて分かるかよ!」

「……まじ?」


 どうにも良く分からない状況に、俺は吉川先輩の顔をじっと見つめる。視界の先には、


「な、なんだよ。急にガン飛ばして……」


 と、ちょっとキョドった感じの小太り先輩の姿。特に嘘を言っている訳でも、殊更悪意が有る訳でもなさそう。


(と言う事は……このアプリが見えてない……というか分からない?)


 結果として、俺は「非常識」な結論に至るのだが、それを口に出す直前――


――ジリリリリッ!


 「派出所」に備え付けられた赤電話ホットラインが鳴った。


 それは、管轄地域の建物のどれかで異変が有った事を報せるものだ。つまり、


「吉川、迅、仕事だぞ!」


 という事になる。


____________________

元々存在していた0話目「前日譚」を短編として本編から分離しています。

もしも本編を面白いと思って頂けましたら、是非「前日譚」の方も見てやってください。

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