Episode06-02 突撃、とにかく晩御飯!
「迅~」
とリビングからエミの声が聞こえて来て、俺はふと我に返る。どうやら、冷蔵庫のドアを開けたまま考え事にふけっていたようだ。
「待ってろ、って――」
エミに返事をしつつ、俺は白菜と豚肉のパックを取り出して冷蔵庫のドアを閉める。ちなみに、今夜のメニューはエミと彩音のたっての希望で「豚バラと白菜のミルフィーユ鍋」だ。どうやって作るのか全く分からないが、その辺は某料理レシピサイトを参考にすればいいだろう。
それにしても、世の中的には静かに激動を終えた(真っ最中かもしれないが)感じだが、我が家は我が家で結構大変である。
何といっても「使鬼召喚:小鬼」で「小鬼次郎」を乗っ取って出現した「エミ」だが、全く帰ってくれる様子が無いのだ(ちなみに、先に呼び出していた「太郎」の方は普通に時間切れで消えていた)。
更には、そのエミが呼び出した「お仲間怪異」の面々もエミ同様に居着いてしまっている。お陰で我が家の食費は……
(まぁ、大した事は無いか)
エミは結構食べる方だと思うが、
それくらいだ。
なので「大変だ」と思いこそすれ、別に生活費の出費が増えた訳ではない。暖房器具を余計に買う羽目になったが、それくらいの話で済んでいる。
それにウチはペット禁止のマンションだが、「お仲間怪異」の面々は流石に「怪異」なだけ有って、排せつすることも無ければ、匂ったりすることも無い。エミの言う事は良く聞くので、(好きな食べ物さえ与えていれば)うるさくする事も無ければ、外を勝手に徘徊することも無い。意外と大人しく過ごしている。
だから、強いて問題を挙げるとすれば、「彩音との生活」が邪魔されたくらい。ただそれも、
(なんだよ「彩音との生活」って……俺、何もしてないし、出来てないだろ)
という感じで、誠に不甲斐ない俺自身の問題に帰結してしまう。
そもそも、成り行きで始まった共同生活とは言え、11月の中旬で3カ月目だ。この間、同じ屋根の下に居ながら、
多少くたびれて来たオッサン予備軍とは言え、それでも俺は26歳の健康な男子だ。一時期はかなり意識して抑え込んでいた欲求も、抑え込むには限度があるので、最近はちょくちょく風呂場でごにょごにょごにょと……まぁ、折り合いを付けている。
つまり、人間として当然持っているべき欲求は、俺にだって当然備わっている訳だ。しかも、先の「扇谷高校」の件を乗り越えてからは、何と言うか……妙に欲求が強まった気さえする。
(甘露のせいか?)
不可解な体の変化は大体「甘露のせい」で片づけている気がするが、案外「当たり」かもしれない。
とにかく、俺は強まった欲求を抱えつつ、彩音という……もうこの際ハッキリ断言してしまうと「非常に好ましい女性」と一緒に生活している訳だ。
しかも、彩音については俊也が「脈ありだろ」と仕切りに言ってくる言葉を脇に置くとしても、少なくとも俺に対して嫌悪感は無いように思える。いや、想い違いの可能性を無視して言うなら「好意」的なモノだって感じる事がある。
ここは敢えて俊也の言葉を借りるとすれば
――もうひと押し、もう一歩だけお前の方から距離を詰めれば、後は勝手に「なるようになる」だろ――
とのこと。しかし、俺はその「ひと押し」や「もう一歩」が踏み出せず、ついつい自分に
(受験が終わるまで、とか言い訳してるんだよな)
という感じだ。
そんな感じで
このままでは、俺と彩音の距離感は今のまま。成り行きのままに時間が過ぎて、彩音は大学受験を迎え、おそらく希望の大学に合格してこのマンションから離れていく。
そうなれば、惚れた男の贔屓目を抜きにしても、可愛らしく美しく性格も良い彼女の事だ、同年代の「見合った男」を見つけて……
「はぁ……」
自分の不甲斐なさに、思わずため息が出てしまう。そんな時だった、
「迅、迅、じんっ!」
ちょっと慌てた感じでエミがキッチンスペースに飛び込んでくる。そんなにお腹が空いたのか? と思い、
「今作るから――」
と俺は言い掛けるが、エミは両手を振って違う違うとジェスチャーをする。そして、
「どうした?」
「え、え、エハミが――」
「ん? エハミ様がどうした?」
「く、く、来るの!」
突然の事に思わず俺が「はぁ?」と返した、その声に被せるように、
――ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
******************
キッチンで俺とエミは顔を見合わせる。その間にもチャイムは「ピンポーン、ピンポーン」と短い間隔で鳴る。
「まじ?」
「うん」
「どうしよう……」
なんでこのタイミングでエハミ様がウチに来るんだ? という疑問。ちなみにエミもちょっと焦った顔をしている。それで、もうしばらく固まる俺とエミだが、その間に廊下の方でガチャっとドアが開く音がして、パタパタとスリッパで廊下を歩く音が聞こえてくる。そして、
「は~い」
彩音が応対に出る声が聞こえてきた。
――ガチャッ
玄関のドアが開く音がする。そして、
「ああ! もしかして?」
「そうよ、来ちゃった。元気にしてた?」
片方は彩音の声だが、もう片方は……間違いなくエハミ様。
「上がってください」
「突然悪いわね」
そんなやり取りの後に、パタパタと廊下を走るスリッパの音がしてリビングのドアが開き、
「迅さん、たぶんエハミ様が――」
という彩音の脇から、
「来たわよ~」
という、妙に近所のお姉さんチックな(まぁ絶世の美女だけど)エハミ様が顔を出す。
「い、い……いらっしゃ――」
何と反応してよいか分からず、俺は言葉に詰まる。一方、エミは俺の後ろに隠れてしまっている。そんな俺とエミを見て、エハミ様は悪戯っぽく笑うと、
「これ、お土産よ」
とナイロンの買い物袋1つと、茶色い一升瓶を差し出してくる。
「え、えっと……ありがとうございます」
「いいのよ、袋の中身は猪肉ね。後はキノコとか
言いつつ差し出すナイロン袋を彩音が受け取って、ちょっと中身を覗いてから俺の方へ持ってくる。
ちなみに、「
「それでコッチが――」
エハミ様は次にもう片方の手に持っていた茶色い一升瓶に目を移すと、
「諏訪さんから、
とのこと。どうやら、ラベルの貼っていない一升瓶はお供え物のお下がりのお酒らしい。
「さて、適当に寛がせてもらうから、早くお夕飯の支度をなさい」
エハミ様はそう言うと、自分は部屋の真ん中に設置された
(ハニ〇君は逃げ遅れたんだな……)
といったところだろう。
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