Episode06-03 エハミの懸念
その後、夕食の準備は彩音も手伝ってくれる事になった。「勉強してられる気がしない」とのこと。まぁ、気持ちは分かる。
一方、エミはと言うと「邪魔しちゃだめよ」というエハミ様の言葉でリビングの方に連れ戻されている。チラと見ると、ブスッとした顔でエハミ様の隣に座って、二人でミカン(どこから出てきたんだ?)の皮を剝きながらテレビを見ている感じだった。
「イノシシの肉って、やっぱり豚肉に似てるね。でもちょっと赤い?」
彩音はそんな事を言いながら、イノシシの肉(精肉済みでスライスしてあった)を丁度良い大きさに切り分けている。
俺はそれを横目で見ながら、おろし金でショウガをすり下ろす。
ちなみに、ナイロン袋の中身は
メモには「牡丹鍋の作り方」と書かれていたので、今はそれに従って夕食メニューを「白菜と豚バラのミルフィーユ鍋」から「牡丹鍋」に切り替えているのだが、
(なんだよ、このレシピ……これ通りに作ったら肉とキノコしかない鍋になっちゃうだろ)
なんとなく、婆ちゃんの
まぁ、これはこれで野趣を楽しむという意味では正解なのかもしれない。しかし、ちょっと物足りない気がしたので、昼間に買った焼き豆腐と長ネギを冷蔵庫から取り出して、まな板担当の彩音に渡す。
その後は、切られた具材を土鍋の中に適当に並べ、ヒタヒタの手前まで水を注ぎ入れたところで、粉末の出汁の素を掛けて、更に「出汁入り味噌」(これしか無いから仕方ない)とすり下ろしショウガを味醂で溶いて具材に回し掛ける。
そして、カセットコンロを準備すると
「エハミが手伝え、って」
憮然とした表情のエミがキッチンスペースにやってきたので、コンロやら土鍋やら、追加の具材を載せた皿やらを持って行ってもらう。
結局、準備には30分も掛からなかった。
******************
結論から言うと「牡丹鍋」は美味しかった。
キノコから出る旨味、イノシシ肉が持つ旨味、出汁の素の旨味、出汁入り味噌の旨味、と旨味が大渋滞を引き起こしそうな内容だったが、案外、ショウガと味醂が良い仕事をしたらしく、味が「クドく」ならずに食べられた。白菜やネギ、焼き豆腐を入れたのが良かったのかもしれない。
一方、エハミ様が持ってきた「諏訪さん」の御裾分けのお酒はというと……
「すごく美味しい!」
彩音が言うように、とても飲みやすく……って、
「おい、なんで飲んでるんだよ」
未成年だろ、キミは。
「だって、成人は18歳からでしょ」
対して彩音は悪びれる様子もなくそう言うと、エハミ様と顔を見合わせて「ね~」とか言い合っている。それで、エハミ様が一升瓶から彩音のマグカップ(マグカップで冷酒だぞ、大丈夫なのか?)を注ぎ終えると、
「私が許すから、飲んでヨシ!」
「飲酒喫煙は
「……なによ?」
「……いえ、別に」
「私、神様よ?」
「知ってますよ」
「かんぱーい!」
とやる。
ちなみに、乾杯で差し上げられた杯はエハミ様と彩音、そして俺と……
(まぁ、このお酒は美味いなぁ……水みたいに飲める)
俺も酔いが回ってきたのか、細かい話は抜きにして、酒の美味さだけが頭に残る感じになってくる。そして、これも「酔い」のせいなのか、普段よりも長めに彩音の方に視線を向けてしまう。
視線の先 ――というか、隣に座っているんだけど―― の彩音は、少し顔が上気して、普段よりもちょっと高めのテンションでエハミ様に高校生活(実は転校したばかり)を話している。
その様子は年齢相応の活発さがあって、少し酔っぱらっていても普段の彩音の延長線上だ。何も変わった処はない。それでも、そんな彩音の横顔に「色気」のようなものを感じてしまい――
(抱きたい)
柄にもなく直情的な事を考えてしまう。それで、慌てて彩音の横顔から視線を逸らすと、その拍子に「何とも言えない表情」で俺を見ていたエハミ様と目が合う感じになってしまった。それで、
(い、い、いかんいかん――)
とエハミ様からも視線を外す俺。彩音はともかく、エハミ様は表層部分の思考を「読む」事が出来るので、俺の劣情(自分で言うと悲しくなるが)を見透かされ兼ねない。
とここで、
「エハミ様は、しばらくウチに泊るんですか?」
彩音がそんな事を訊く。
「今晩だけ泊めてもらうつもり、明日は東京行ってみるから」
対してエハミ様はそう言うと、続けて「その後は名古屋、大阪の順に回って、行ければ九州まで行ってみるつもり」と語る。
「そうなんですか~、旅行って良いなぁ」
彩音の感想は当たり障りのないものだった。その一方、俺はというと
(随分な長旅だけど、何か目的でもあるのかな?)
と思う。すると、
「まぁねぇ、突然『
エハミ様は俺の(心の中の)疑問に答えるようにそう言って、一瞬だけ表情を曇らせた。「現世改め」とは「
「今は未だ……神が行う事といっても世の中には少なくない混乱がある。だから、それを乗り越えたり、疑問に理由を
エハミ様は俺の心に浮かんだ疑問に答えるように話し出す。ちなみに、エハミ様が「心を読む」という事を知らない彩音は「え?」と話の展開に付いて来れていないようだが、まぁ、後で説明しておこう。
「でもね、今回の件はちょっと影響が大きすぎるのよね」
エハミ様はそう言ってため息を一つ。
「怪異は別として、神様も『いる』と認識されるようになったんですから、良かったんじゃないですか?」
対して俺は、今度こそ口に出して疑問とも感想とも取れる事を言うが、
「だめよ~、神様だって完璧じゃないのよ。それなのに『いる』って認識されたら、うまく行かなかった時の怨嗟が神様に向いちゃうでしょ」
「はぁ……そんなもんですかね?」
「そうよ。それにアプリの事も認識されているし、実際に『怪異』が起こす問題を解決するのは迅や彩音みたいなアプリユーザーでしょ?」
「そう……なるんですかね?」
「なるって。だから、問題を実際に解決してくれるアプリユーザー……というよりもアプリそのものに感謝の気持ちが集まってしまう」
エハミ様の言う事は「分かるようで分からないけど、何となく分かる」といった感じだ。
「感謝の気持ち、まぁ信仰心でも良いけど、それが集まらないと神様の力は強くならない。でも、集まるのはうまく行かなった時の怨嗟ばかり。そのくせ、表に引っ張り出されて頼まれ事ばかりされる……神様的には結構大変な状況よ」
エハミ様はそう言うと、一旦言葉(というか半分愚痴)を区切ってから、今度はちょっと真剣なトーンで、
「それにね、このアプリ……別に日本の神様が作ったモノじゃないのよ」
そう言うと、コップのお酒をグイと飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます