Episode02-06 そして穢界へ
そもそも、彩音が言っていた「訊きたい事」というのは何だったのだろう? 「
結局、俺には良く分からなかった。ただ、その一方で分かった事もある。それは、
(気を紛らわせる相手が欲しかったんだろうな)
という事。
ハンバーガー屋でしばらく話し込んだ後、彩音は突然
――アタシ、カラオケ行きたい! 迅さん、奢って、連れてって!――
と言い出した。
俺としては「え?」と思ったが、色々言う前に彼女の顔 ――疲れた顔で無理矢理作ったような笑顔―― を見てしまい、
――お、おう、こんなオッサンで良ければ――
と応じてしまった。
それで、俺と彩音は駅前のカラオケ店を2軒まわり、空きがある店に入った。
正直、俺はカラオケというものをあんまりやった事が無い。大学時代のコンパで数回行ったきりだ。それに、最近流行りの歌というのも良く分からない。ただ、「慣れてないし分からないし」という言い訳を彩音は許してくれなかった。
結局彼女が3曲歌って、俺が1曲(彼女の選曲を)歌う、という感じのペースで2時間過ごして、更に1時間延長することになった。
正直、時間中は彩音が「迅さんは次、コレね」と勝手に入れた知らない曲を何とか予習しようと動画チャンネルで曲名を検索しては、スマホのスピーカーを耳に押し当てていた。なので、思っていた以上に「あっという間」に時間は過ぎた。あと、付け加えるなら「ちょっと楽しかった」のも事実。
一方、彩音の方は最初こそ「無理やりテンションを上げている」感じだったが、その内(主に俺の歌声にダメ出しをしている内に)何かが吹っ切れたように元気になっていた。
そして今、俺はお会計を済ませてカラオケ店を出ると、軽くなった財布に思いを馳せて「ふうっ」とため息を吐く。時刻は既に夜の12時近い。流石に未成年者を連れ回して良い時間ではない(既にアウトだろう)。
一方、彩音は俺より少し先に店から出ていて、俺が出てくると
「迅さん、今日はありがとうございました」
と、頭を下げる。その拍子に肩に掛けていた大きなドラムバックが前へ傾き、つられて前のめりになった彩音は、「へへ、重いんだよね~コレ」と言うと、誤魔化すようにスマホを取り出し、そして突然――
「え? え? なんで、なんで、マジ、ヤバイ、なんでぇ?」
突然
「どうした?」
「ちょっと、迅さんコレ、コレ見て!」
興奮気味の彩音が差し出したスマホの画面は「
「だから、ここよ迅さんここ! 状態が普通になってるの、それに穢れポイントがゼロになってるの!」
*******************
正直な俺の感想は、
(何を興奮してるんだ?)
というもの。だって、バーガー屋とカラオケ店で合計4時間近く時間が経過している。4時間×60分÷10=24だから、21ポイントだった彼女の穢れポイントがゼロになるのは当然だろう。
(まぁ、状態が「過労(不眠)」から「普通(中度の疲労)」に変わったのは、不思議と言えば不思議だけど、気分転換で元気になったんだろ? 若いっていいね)
そんな風に考えるので、彩音が興奮気味に驚いている理由がイマイチ良く分からない。なので、
「へ~、良かったね」
と、なんだか気の抜けた返事になってしまう。
しかし、彩音の方は、そんな俺の気が抜けた返事も全く気にせずに自分のスマホを見詰めながら、ブツブツと何かを言い、ついで「ガバッ」とこちらへ向き直ると、
「迅さん、これから穢界に行こう!」
キラッキラな目でそう迫って来た。
*******************
元気を取り戻した17歳女子(ギャル風)というのは、本当に始末が悪い。あの感じで迫られたら、誰だって「うん」と言ってしまうだろう。少なくとも俺は「うん」と言ってしまった。
それで現在、俺と彩音は繁華街の外れの方にあるコンビニ(の駐車場)に居る。目の前には大きなゴミ箱。そして、ゴミ箱の脇には「九等穢界」の入口を示す黒い渦。
それを目の前にして、俺は彩音に話し掛ける。
「じゃぁ、一応念のため確認するけど、俺は援護でトドメは彩音な」
「いえっさぁ!」
「……わかってる?」
「わかってるよ、迅さんが斃してもドロップ出ないんでしょ」
「そう、そういう事だから」
一応、今の俺の状況(戦利品が確定ドロップではなくなった)を説明した上での簡単な作戦だ。
「あと、入ったらすぐにアイテムから装備を取り出して……」
「……なによ?」
「間違っても、取り込むなよ」
「サイテー、もうキモイんですけど!」
「ははは、じゃ、行こう」
そんなやり取りの後、俺と彩音はそれぞれのスマホを操作
――穢界に侵入しますか? はい/いいえ――
といういつもの表示に「はい」を選択。そして、いつもの強烈な眩暈に襲われる。
「ここは……」
言いつつ、俺はスマホを操作。いつもの装備を取り出すついでに「
「ちょっと明るいね……夕暮れ時くらい? でも霧が凄い」
隣の彩音が言うような周囲の状況だった。
ちなみに彩音は「水色ワンピース」の上から巫女さんが羽織るような白い白衣を纏っている。その状態で大きなドラムバッグを足元に置いて、「桃の六尺棒」を杖のように地面に突いている。なんだかすごく
俺も彼女に倣って周囲を見渡す。
場所は広い駐車場のよう。灰色の空の下、薄明るいが霧が濃くて視界は悪い。ただ、濃い霧の先にはコンビニのような建物の影がある。そして、
「電柱? ああ、外灯か」
彩音が言うような外灯が建物の影を囲むように4つ、霧に浮かんで明かりを灯している。
つまり、広い場所、薄明るいけど見通しが悪い濃霧、不自然に灯った外灯、この条件が揃っている穢界を俺は少し前に経験済み。ちょっと注意が必要な場所だ。
「彩音」
「え? なに?」
「外灯の明かりの下に入るな」
「なんで?」
「入った途端に明かりが消えて、見えない怪異が襲ってくる」
「マジ? 見えないの? マジヤバくない? どうやって斃すの?」
「あ、全く『見えない』じゃなくて、『見えにくい』だな。とにかく靄に紛れて襲ってくる感じ、でも――」
俺はそんな説明をしつつ、左手に持った「紙蛍」を彩音に差し出し、
「コイツで照らすと良く見えるようになるから、使って」
と促す。もしかしたら彩音も持っているかもしれないが、まぁ俺も
彩音はちょっと何か言いたそうな顔になったが、結局、俺から紙蛍を受け取るとそれを宙へ放り投げる。
紙蛍は彼女の頭の直ぐ上で青白い光源に変わると、周囲を柔らかく照らしだした。
「じゃぁ、行こう」
準備が整ったことを確認し、俺は彩音にそう促した。
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