第19話 口説くなら正々堂々と

 たまたま通りかかったのか、誰かが呼んだのか──どちらにせよ、クライヴが現れたことで場の空気が一変した。ティナに対してきつい態度だったルークは、怒れるクライヴを前に自主的に正座をしている。


「いやぁ、説教だけで済みそうで良かった。血を見ることになるかと思ったよ。ほら、ウサギの心臓って繊細じゃん?」


 ガミガミ叱られるルークをはた目に、ホッと溜め息を漏らしたのはウサギ獣人のキャロルだ。なんとなくこの状況を楽しんでいる気がしないでもない。


 そしてティナはというと、クライヴの剣幕に少しビビっていた。ルークを叱りつけるクライヴが「俺のティナ」とか連発しているがツッコむ勇気はない。


「ク、クライヴ様って怒ると迫力ありますね……」

「あれでも結構抑えてる方だけど……まぁ、怒るのも無理はないよ。自分の番いが責められて大人しくしてるほど、獣人族僕らは温厚じゃないからね」

「そんな……」


 確かにルークにはキツい態度を取られたが、責められたなんて全く思っていない。むしろ、一緒に働く獣人族について無知だった自分が悪いのだ。


──番いがそんな重要な立場だなんて知ろうともしなかったし…。


 番いと言うのが運命の相手だとは聞いていた。それを勝手に一目惚れのようなものと解釈したのは自分だ。自分でも番いについて調べるべきだったと、今更ながらに反省をした。


 ティナが考えに耽っている間もクライヴのお説教は続く。黙り込んでしまったティナを気遣ってか、キャロルが二人へと声をかける。


「おーい、副隊長~。そこらへんにしておかないと子リスちゃん怯えちゃってるよ~」

「えっ? あ、私は……」


 突然引き合いに出されてドキリとしたティナは顔を上げた。ブラッシングの時に、ティナを怖がらせたとシュンとするクライヴの姿は記憶に新しい。


 案の定、クライヴはティナの元へとすっ飛んできた。


「す、すまん。怖がらせるつもりは……」


 おろおろしながら狼狽えるクライヴは、厳しい顔でルークを叱りつけていた時とはまるで別人であった。獣人族にとって番いがいかに大切なのか分かったいまだと、何だか可愛いと思えてしまう。


「大丈夫です。怖くはないですよ。ただ、ルークさんは善意で言ってくれたことなのであまり厳しく言わないで下さい」

「……うっ……ティナがそう言うなら……」


 口をもごもごさせながらもクライヴは渋々納得した。


「ルークってば命拾いしたね。夕飯のチキンにされなくて良かったよ~」

「くっ……副隊長が何というお姿……」


 ルークが眉間を押さえ嘆く。彼からすれば、憧れの上司が恋に不抜けているように見えるのだろう。キャロルの恐ろしいジョークすら聞こえていないようだ。オオワシの丸焼き……怖すぎる。


 そんなルークへクライヴが視線を向ける。ティナがとりなしたこともあり、険しさは幾分か薄らいでいた。


「ところでルーク、ティナへはちゃんと挨拶したのか?」

「……ぐっ」


 痛い所を突かれたルークは呻くような声を出した。ティナには挨拶をしろとか言いながら自分からはしていないからだ。後ろめたさからルークの視線が泳ぐ。


「そういえば、昨日もティナとの時間を邪魔してくれたな?」


 クライヴの視線がまた険しくなる。昨日とはブラッシング中の事だろう。クライヴが一吼えして追い払ったオオワシは、やはりルークだったようだ。


「ティナを観察でもしてたのか? 俺の番いにちょっかい出すとはいい度胸だな」


 またもクライヴの怒りが再燃し始める。クライヴの物騒な雰囲気に気付いたティナは慌てて割って入った。


「ル、ルークさん、改めましてティナと申します。これからも色々教えて頂けると嬉しいです」

「……オオワシ獣人のルークだ」

「はい、どうぞよろしくお願いします」


 不本意そうながらもルークが挨拶を返す。


 ティナの先手を打った行動に毒気を抜かれたクライヴは、気持ちを落ち着かせるようにひと息ついた。可愛い番いに気を遣わせるなど男としてあってはならない。


「ルーク、俺とティナの事については口出し無用だ。獣人族と人族で価値観が違うのは理解している」

「し、しかし……副隊長はずっと番いを探しておられたのに……」

「別に諦めるわけではない。俺は正々堂々ティナを口説くと宣言しているんだ」

「なっ…! ク、クライヴ様っ!?」

「最近ではティナをどう口説くか考えるのが楽しいくらいだ」


 ティナの動揺もなんのその。ニヤリと笑ったクライヴは、ティナのはちみつ色の髪を一房すくい上げた。そしてあろうことかそのまま髪に口付けたのだ。


「なっ……ちょっ!」


 真っ赤になったティナは口をパクパクさせて硬直した。完全に油断していた。勤務初日以来のスキンシップである。


「ひゅ~、副隊長やっる~」

「ティナがどうしたら俺に落ちるのか考えるのも中々に楽しくてな」


 クライヴが天性の遊び人のような事を言い出し、ティナは言葉を失った。番いについて真面目に考えようと思った矢先にこれである。どこでこんな事を覚えてきたのだろうか。


「副隊長ともあろう御方が……」

「ルーク、現実を受け止めなよ。これが番いを見つけた獣人族の姿だよ」


 慰めているようだが、どう見てもキャロルは笑いを堪えている。他人事だと思って楽しんでいるに違いない。


「そういう事だ。ティナに無理強いさせる必要はない。獲物をどう捕らえるか……それこそオオカミの真骨頂だ」

「ひっ…!」


 それは口説きでも何でもない。もはや狩りである。思わず小さな悲鳴を上げたティナを見て、キャロルは憐憫の視線を送ってきた。


「ティナが怖がるような事はしないから安心してくれ。キスもティナが俺に惚れてくれてからのお楽しみに我慢しておく」

「……気遣いは有難いですが、そういう事は出来れば口にしないで下さい……」

「そうか? 分かった」


 素直に納得したものの、クライヴはあまり分かっていなそうであった。人前でキスだの何だの言わないで頂きたい。獣人族に羞恥心はないのだろうか。


「子リスちゃん、子リスちゃん。獣人族は愛情表現がストレートなだけだから。決して副隊長がエロい事ばっか考えてる訳じゃないから」

「キャロルさん……」


 こちらも物言いがストレート過ぎてどう反応したらいいか分からない。流石は年中発情期のウサギ野郎と言われた人物である。


「番いを愛でたいと思うのは当然だろ?」

「人族はシャイなんだよ。愛でるなら二人きりじゃないと」

「まぁ確かにティナの可愛いさを他の奴に見せたくはないな」

「そうそう。キスを人前でするなんてもっての外だから。雰囲気は大事にしなくちゃ」


 クライヴとキャロルはティナ本人がいるのにお構いなしである。


──は、恥ずかしい…聞いていられないっ!


 ティナは、さりげなく二人から距離を取った。どうせならこの場を去りたい。


「……君も大変だな」

「……えぇ、まぁ……」

「まぁ、なんだね……頑張りたまえ」

「ありがとうございます……」


 あんなに厳しかったルークからの憐れむような視線がとてつもなくいたたまれなかった。

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