第72話 切実なお願い

 ノルド村はエルトーラ王国の北に位置する村だ。たまに地図に書き忘れるような小さな村だった。村の近くには深い森が広がり、その先には年中雪化粧を施した雄大な山がそびえ立っている。


 ノルド村から数時間ほど馬車に揺られた場所にあるのが、クライヴ達の言う視察先だ。隣国との国境を間近に控えた大きな砦で、毎年この時期に特務隊の隊長もしくは副隊長が視察を行っているそうだ。


「まさかティナ嬢がノルド村の出身だったとは……」


 中性的で整った顔に驚きの色を隠せないでいるのはレナードだ。ノルド村だなんて辺境の田舎者が王都に出てくるのは珍しいので、驚くのも無理はない。


「それならティナも一緒に行かないか? 里帰りでちょうどいいだろ」


 嬉しげに揺れる尻尾の幻覚が見えそうなのはクライヴだ。まるでクライヴが行くかのような口ぶりだが、つい先程までレナードとどちらが行くのかで揉めていなかっただろうか。調子のいいことだ。


「えぇと……仕事のお邪魔になるので私は……」


 仕事の用事にプライベートな理由で同行するのもいかがなものか。今はエイダもいるのだから行くつもりはない。


 そういった意味も含めてレナードへチラリと視線を向ける。きっと頼れる彼ならクライヴの無茶振りも諫めてくれるだろう。


 だが、それをクライヴが良しとするはずがなかった。じとりとした目を向けてきた。


「ティナ、そこで隊長を頼られるとめちゃくちゃ嫉妬するんだが」

「最終判断をするのは私なのですから当然でしょう。嫉妬深い男は嫌われますよ」

「うぐっ……」


 さすがは隊長だ。正論かつ毒舌で、さすがのクライヴも言い返せないでいる。


 ホッとしかけたティナだったが、ここでレナードの口から予想外の言葉が飛び出した。


「ですが、クライヴの案は悪くないですね。ノルド村出身のティナ嬢でしたら村に詳しいでしょうし」

「そうだろ! どうせならティナのご両親に挨拶──」

「クライヴ、少し黙りなさい」


 全く懲りないクライヴが、レナードに睨まれて大人しくなる。


 どうせならって何だ。どう考えてもただの挨拶には聞こえない。深く考えたくないのでスルーする事にした。


「あの、ノルド村には何か用があるのですか?」

「ああ。あそこには私達が探している人物がいるらしいのです」

「特務隊が探している人物……?」


 その言葉に不安が募る。特務隊が探す人物──今だと例の誘拐犯の仲間だろうか。家族や村の人達の顔が浮かび、無意識に両手を握りしめる。


「隊長、俺のティナを怯えさせるなよな」

「おや、これは失礼しました。そんなつもりではなかったのですが」

「ティナ、俺達が探しているのは職人だ」

「職人……?」

「ああ、ノルド村に凄腕の魔道具職人がいるらしいんだ。ちょっと作ってもらいたい物があってな」


 容疑者探しではないと分かったティナは、ホッとすると同時に目を瞬かせた。ノルド村で魔道具職人と言えば一人しかないからだ。


「あの、魔道具職人でしたら他にもいるのではないですか?」

「それがな、王城の職人や城下町の職人には既に断られたんだ」

「そ、そんなに難しい魔道具なんですか?」


 もともと魔道具作りというのは非常に難しい。核石の複雑な加工は、もはや芸術品とまで称えられる。王城に召し抱えられる程の魔道具職人ならば、国内最高峰の技術と言ってもいいだろう。そんな人すら断った魔道具を、片田舎の職人が作れるとは思えない。


 ティナの脳裏には、のんきにヘラヘラ笑う顔が浮かんだ。あれが凄腕だとは思えない。


「ティナ、特務隊の威信にも関わるから今から言うことは他言無用なんだが……」


 真剣な表情のクライヴにティナはハッと我に返った。ただならぬ雰囲気に自然と畏まる。


獣人族おれたちは任務の状況によっては獣化する事がある」

「はい」


 それはよく分かる。ティナが誘拐された時も、ルークやテオは獣化していた。状況によって使い分けているのだろう。


「獣化した獣人族が人化すると、どうなるか覚えてるか?」

「え? どうなるとは?」

「服は?」

「…………へ?」


 真剣な話しに構えていたティナは、間の抜けた声を出した。


 もちろん答えは知っている。一度フィズが人化する瞬間を見せてくれた事があるからだ。どうなるかといえば、それは──。


「……裸ですね」

「そう。そうなんだ。あれはものすっごく困る!」

「は、はぁ……」

「服を収納出来る魔道具、もしくは変化に合わせて自動着脱できる魔道具が必要なんだ! それはもう切実にっ!」


 クライヴの力説は実感がこもりまくっている。おそらく服問題で何かあったのだろう。それも一回や二回ではなさそうだ。


 裸問題という若干変態チックな事態とは無縁そうなレナードも深く頷いていた。どうやら特定の人物だけの問題ではないようだ。


「えっと、収納の魔道具であれば出回っていますが、あれではダメなのですか?」

「バッグとかリュックだろ? 服を入れるだけであの大きさだと邪魔にしかならない」

「確かに……」


 現在ある収納の魔道具とは、バッグやリュック型が主流だ。見た目よりも大容量で重さも軽減される優れもので、商人や旅人の必需品ともなっている。


 だがクライヴの言うように、服だけを入れるのなら、かえって邪魔になる。それこそただのバッグと同じだ。


「王城の魔道具職人からは、服だけを収納するなら何とかポーチくらいまでサイズダウン出来るとは言われました。ですが、突発的な戦闘を考慮するとポーチサイズでも厳しく……」

「希望としては、自動で着脱出来る魔道具の方が欲しいんだ。緊急時にいちいち着替えていられないからな」

「自動着脱……」


 王城の職人の気持ちがよく分かる。それは収納を小型化するよりもはるかに難題だ。ノルド村の魔道具職人でも出来るかどうか。いや、彼らなら難題にこそ嬉々として挑みそうだ。


「王城の職人がノルド村には凄腕の職人がいると教えてくれたんだ。それで一度コンタクトを取ろうと思っていてな」

「ティナ嬢、心当たりはありませんか? もしあれば是非ともご紹介頂きたいのですが」


 二人の視線には期待感がこれでもかとこめられていた。それ程までに服問題は深刻なのだろう。


「えっと……心当たりはあります。ですが、希望の物を作れるかは分かりませんよ?」

「それでもいい!」

「一度お会いして話しだけでも聞いて欲しいのです!」


 ここまで切望されればティナも腹をくくるしかない。


「えーと……ノルド村の魔道具職人は私の父です」

「「 …………は? 」」


 見事にクライヴとレナードの声がハモった。この二人がここまで驚いた顔をしたのは、未だかつて見た事がなかった。

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