第73話 難航する説得

 結局あの後、ティナも辺境視察へ同行することとなった。特務隊が探しているという魔道具職人が、自分の父親なのだ。当然と言えば当然だろう。


 行くのはクライヴとティナの二人。あれよあれよという間に話が進められ、出発は明後日の朝に決定した。決して恒例の視察なのに忘れられていたからではない……はずだ。


 荷造りの準備も急を要するが、差し当たってティナには大問題があった。正確には現在進行形で起こっている。


「やーだー! エイダもいくー!」


 食堂でゴロゴロと転げ回って駄々をこねているのはエイダだ。


 辺境視察への同行が決まり、その足でエイダの説得を試みたところこうなった。元よりこうなる事は予測していたが、想定以上に激しい拒否だ。


『エイダは一応保護という形でここにいるので連れていくのは……』

『まだ人化も安定してないし、あの年で長旅はキツいからな』


 レナードとクライヴからもこう言われている。置いていくのは心苦しいが、ティナとしても二人の意見には賛成だ。


 そう思って断腸の思いでエイダと向き合う事にしたのがつい先程。「明後日から仕事で出掛ける事になったからお留守──」と言ったところでこうなってしまった。全てを言い終えぬ内に、勘の良いエイダは置いて行かれる事を察してしまったようだ。よほどショックだったのか、一瞬にしてトラの姿に戻ってしまった。


「エ、エイダちゃ──」

「やだやだっ! るすばんいやー!!」


 手足をじたばた、床をゴロゴロ──全身を使っての留守番拒否である。喉をグルグル鳴らし、手を出すと噛まれそうでちょっと怖い。


 とりあえず脱げ落ちてしまったエイダの服を拾い上げる。


「これは困ったねー」


 ティナの隣へやって来たのはキャロルだ。先程まで洗い物をしていたようだが、終わって手が空いたらしい。転げ回るエイダを見て苦笑している。


「……エイダ……一緒に留守番……」

「やーだー!!」


 ダンが慰めに入るも、駄々っ子モードのエイダは一刀両断だ。即答で拒否られたダンは落ち込んでしまった。正確には無表情だが。


 今度はそこへ仁王立ちの人物が立ちはだかる。


「チビ助、うるさいぞ。隊長と副隊長がお決めになった事なのだから駄々をこねるな」

「やだっ! エイダもぜったいいく!」

「ぬあっ! 噛みつくなっ!」


 ルークがゴロゴロ転げ回るのを止めようと手を伸ばし、ガブリと噛みつかれた。


 指が噛み千切られたのではないかと青ざめたが、ルークは痛そうにしつつも冷静にエイダを引き剥がしていた。指はちゃんと残っていたのでホッと胸をなで下ろした。血が出ていないところを見るとエイダも加減したのだろう。


「全くレオノーラといい、こいつといい……ネコ科は凶暴でかなわん」

「ルーク、隊長もネコ科だけど?」

「隊長は別に決まっとるだろうが!」


 ルークがクワッと目を見開く。彼の隊長副隊長崇拝は相変わらずだ。エイダの説得も二人のためにやった気がしないでもない。


「えぐっ……いっしょがいい……るすばんやだ……」


 暴れ疲れたのか、エイダは床に突っ伏して動かなくなった。身を小さくしてぷるぷる震えている。よく見るとまん丸の大きな目が潤んでいた。


「おいていかないで……」


 こうなったらもうお手上げだ。ティナはエイダを抱き上げた。一旦説得は辞めにするしかない。


 エイダはぐすぐす泣きながらしがみついてくる。爪が痛いが仕方ない。


「あらら。まぁ、こうなるのも無理はないか。うん、これは隊長と副隊長にぶん投──頼むとしよう」

「え、でも……」


 キャロルが「大丈夫、大丈夫」と言うが、大丈夫な気がしない。しかも、言い直してはいたが「ぶん投げる」と言おうとしていた。さすがにそれはいかがなものか。


「とりあえず、そろそろお昼寝の時間でしょ。僕達から伝えておくからエイダを寝かせておいでよ」


 ほらほらとキャロルに背を押され、ティナは後ろ髪を引かれながら食堂を後にした。




◆◆◆◆◆◆




 ティナがエイダを寝かしつけている頃、キャロル・ダン・ルークは執務室を訪れていた。そこには、明後日の辺境視察の準備に追われるレナードとクライヴがいた。


「そうですか。やはり無理でしたか」

「エイダはティナにベッタリだからなぁ」


 三人からエイダの説得が失敗に終わった事を聞かされたレナードとクライヴは、納得と共に深い溜め息をついた。


 二人共エイダの説得が一筋縄ではいかないと予測していた。だが、大好きなティナの言う事なら聞くのでは……と、淡い期待を抱いていたのだ。


「もういっそのこと連れていっちゃえば?」

「エイダは隊員ではないのですよ。城下町ならまだしも、保護している子供を遠くまで連れ出す訳には行きません」


 だよねー、とキャロルが答える。この場にいる全員がエイダを連れていってはマズい事くらい理解していた。キャロルも試しに言ってみただけだ。


「ふむ、それならエイダが寝ている間に出発してはどうかね?」


 ルークの提案に微妙な空気が漂う。こういう時、空気を読めないのがルークの悪いところだ。


「ひどい……」

「いくらなんでも鬼畜すぎるでしょ」

「な、なんだとっ」


 ダンとキャロルから軽蔑するような目を向けられたルークがうろたえる。もしエイダが聞いていたら今度こそ本気で噛みつかれたであろう。


「俺らがいないと気付いたら、間違いなく追ってくるだろうな」

「それで誘拐されたり迷子になっても困ります。やはり、納得の上で出発するのが望ましいでしょう」


 五人であれやこれや案を出し合うも、中々良い案は浮かばない。どれもエイダが「いや!」と言う姿しか想像出来なかった。


「うーん……どうしたものかね~」

「説得は諦めて、小娘も留守番ではダメなのか?」

「それは避けたいです。例の魔道具職人はティナ嬢のお父様らしいので」


 一般的に職人には頑固な者が多いと言う。だが、娘からの紹介があれば多少は聞く耳を持ってくれるかもしれない。そういう意味でもティナには付いて来てほしい。レナードとクライヴは、そう考えていた。


「え?  子リスちゃんのお父さんが職人? ついに素っ裸問題が解決できるの?」

「本当にそんな魔道具が作れるのなら、獣人族には重宝されるだろうな」


 盛り上がるキャロルとルークに同意するようにダンも頷いている。獣人族なら誰しも服問題で一度は悩んだ事があるのだ。


 そんな時、扉をノックする音が聞こえた。レナードが入室を許可しようとしたが、それよりも先に扉が開く。


「入るわよ──って、何やってるの?」


 入室してきたのはレオノーラだ。五人も勢揃いしているとは思わなかったらしく軽く驚いていた。


「ノックをしてから入りなさいと何度言えば──」

「レオノーラ! ついに念願の服問題が解決するかもだよ!」

「小娘の父親が魔道具職人らしいぞ」


 レナードの言葉を遮るようにキャロルとルークが矢継ぎ早に歓喜の声を上げる。突然話題を振られたレオノーラは怪訝そうな顔をしていた。


 短気なレオノーラが手を出す前にと、レナードが今までの経緯を簡素に説明する。もちろんエイダの説得が難航している事も含めてだ。


「ふぅん、そういうこと」

「いやー、それがすごいイヤイヤっぷりでね」

「私など噛みつかれたぞ」

「……エイダ……泣いてた……」


 でしょうね、と言ったレオノーラは実にあっさりしている。


「レオノーラは何か良い案はありませんか?」

「俺達ではお手上げ状態なんだ」


 全員から期待の籠もった目を向けられたレオノーラは口元に手を当てて思案した。一拍置いた後、「あっ」と何かを閃いたように手を叩いた。


「こういうのはどうかしら? 毎日──」


 レオノーラの奇抜な案を聞き終えた五人は意外そうな顔をした。単純ではあるが、あのエイダには効果がありそうだ。


 この後、お昼寝から目を覚ましたエイダは、レオノーラの案を聞き、あっさりと留守番を受け入れることとなる。

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