第74話 子トラ、はじめてのおかいもの

「ふわあぁ……!」

「うわっ! エイダ、よだれ垂れてる!」


 立ち並ぶ屋台に感動の声をあげたのは、可愛らしいワンピースを着たエイダだ。たらりとよだれを垂らすというオプション付きである。


 そんなエイダのよだれを慌ててハンカチで拭いたのはリュカであった。今日は隊服ではなく、ラフな私服に身を包んでいる。


「エイダ、気になるなら食べてみるか?」

「さっきから食べ過ぎな気もしますが……。リュカ君はどうする?」


 まるで子育て中の新米パパママのようなセリフを投げ掛けたのはクライヴとティナだ。


 先程から買い食いは何度かしているのだが、エイダとリュカからは「食べる」と元気な返事が返ってきた。クライヴが屋台へと向かう前に、ティナも食べるかと声をかけられたが遠慮しておいた。


 ティナ達が今いるのは王都の庶民街。なぜここにいるかというとちゃんとした理由があった。


 遡るのは昨日。エイダがお昼寝から起きた後の事だ。


『エイダ、留守番するならキャロルが毎食スペシャルな肉料理を作ってくれるそうよ』


 そう切り出したレオノーラに、エイダはきょとんとしていた。お昼寝前までは留守番を嫌がっていたので、すぐにイヤイヤが始まるだろう。誰もがそう思っていたのだが――。


『ステーキ、ハンバーグ、鳥の丸焼き……美味しいお肉をたーくさん食べられるのよ』

『おにく……』

『ちなみにおかわりし放題よ』

『おるすばんする!』


 これにはティナも唖然とした。いや、その場にいた全員が同じ気持ちであっただろう。僅か数十秒での陥落である。あんなに駄々をこねていたのは何だったのか。


 そんなエイダだが「おるすばんするから、わんぴーすきておでかけしたい」と言い出した。いい子で留守番が出来るのならとレナードもOKしてくれた。幸いにもお昼寝から起きた直後に人化出来ているので、こちらも問題ない。


 エイダとしてはティナと二人でのお出かけをご所望だったようだが、二人だけでは危ないという事でクライヴも付き添ってくれる事となった。さらに念には念を(エイダがはしゃいで迷子にならないように)との事でリュカも一緒に来てくれて今に至るというわけだ。


「買ってきたぞ」

「わーい!」

「エイダ、こっちで座って食べようよ」

「うん!」

「熱いからちゃんとフーフーするんだぞ」


 何だこの仲良し親子は。まるで休日に家族サービスをする父親と仲良し兄妹のようではないか。


 そんな事を思うティナだが、無意識の中で自分が母親ポジションになっている事には気付いていない。


「ティナおねえちゃん、ひとくちあげるー」

「いいの? ありがとう」


 エイダが小さなお手で串焼きを差し出してくる。既に食べかけな所がエイダらしい。


「おいしー?」

「うん、美味しいよ」


 エイダが満足そうに笑みを浮かべる。先程から食べ物を買う度、こうしてティナにも分けてくれるのだ。気持ちは嬉しいが、そろそろお腹いっぱいだ。ティナよりも食べているエイダがすごい。


 熱さにハフハフしながらエイダがお肉に噛り付いていると、リュカが「あ!」と声を上げた。


「そうだ。あとで本屋にも行ってみない?」

「う?」

「たくさんの本があるんだよ。エイダが食べてみたい料理の本を買って、キャロルに作ってもらおうよ」


 リュカの提案にエイダが目を輝かせる。つくづくエイダは食いしん坊だ。


「いくー! おにくかう!」

「お肉じゃなくて料理の本だからね。あ、支払いは副隊長がよろしくー」


 ちゃっかりしているリュカにクライヴが小さな溜め息をついた。


 実は本日の買い物は全てクライヴが支払っている。経費なのかポケットマネーなのか大変気になるところだ。とりあえず、エイダが大量のレシピ本を買おうとしないよう目を光らせておかねばならない。


 串焼きを食べ終えると、屋台街を散策しながら本屋へと向かった。途中エイダが興味を示した、おもちゃ屋やケーキ屋などを一つずつ覗いていく。


 エイダは人の多い場所が苦手なので心配をしていたが、思っていたより平気そうであった。リュカと仲良く手を繋いではしゃぐ様子は、まるで本当の兄妹のようだ。


「あの様子だと明日の出発も大丈夫そうですね」

「そうだな。リュカがここまで面倒見がいいのは意外だった。俺達には小生意気なのに」


 物言いたげに口を尖らせるクライヴに、ティナはクスクスと笑った。


 確かにリュカは年上相手でも物怖じしない性格だ。よくクライヴやキャロルをからかっていたりする。それも気心が知れた仲だからだろう。


「そういえば、準備の方は大丈夫そうか? エイダにばっかり構ってたら荷造りが大変だろ」

「大丈夫ですよ。着替えとか、寒さ対策の上着とか……もう準備済みです」


 荷造りは昨夜エイダが眠った後、急いで終わらせた。元々旅に関連する用具は、王都に出てくる際に馴染みの商人から購入済みだ。新たに買い出す必要もない。


「クライヴ様の方はどうですか? お仕事に必要な準備もあるので大変では……」

「ああ、急ぎだけ終わらせてあとは隊長に任せたから大丈夫だ。荷づくりも終わらせてある」


 二人ともあとは出発を待つだけのようだ。


 今回の行程はかなり急ぎ足だ。ティナが馬に乗れるという事もあり、馬ですることになった。その馬についてもクライヴの方で準備してくれるそうだ。


「馬に乗るなんて久しぶりで楽しみです」

「俺と相乗りで良かったのに……」

「それではスピードが出ません。急ぐなら一人乗りの方がいいじゃないですか」


 正論のはずなのだが、クライヴは納得のいかない顔をしている。ティナとしてはクライヴとずっと密着して移動など絶対嫌だ。恥ずかしくて正気が保てない。子供の頃に馬に乗る練習をしていて本当に良かった。


 そんな会話をしていると、お目当ての書店へと到着した。ここは王都で一番大きな書店だ。


「ふわあぁ! ほんがいっぱい!」


 中へ入るなりエイダが感動してぴょんぴょん飛び跳ねる。それをリュカが宥めていた。興奮しすぎて獣化してしまわないか心配だ。


 体力が有り余っているエイダだが、実は本を読むのも大好きであった。寝る前には必ず読み聞かせをせがむほどだ。


「まずは絵本でも見てみるか」

「くまときつねのほんがよみたい」

「クマとキツネ……ああ、ダンとリュカか」

「エイダのほんもさがす」

「エイダちゃんの? あっ、トラのお話かな? それなら絵本コーナーに行って探してみようか」

「うん!」

「どうせならオオカミとかフクロウとか全員分の本を買おうよ。どうせ副隊長のお金だし~」


 そうしてやってきたのが絵本コーナーだ。王都一の書店なだけあり絵本も充実している。何組かの親子が楽しそうに絵本を選んでいた。


「トラの絵本はあるかなぁ」

「ある! さがす!」

「うん、一緒に探そうか」


 まだ字の読めないエイダは、描かれている絵だけでお目当ての絵本を探していく。その目は真剣だ。


 ティナも一緒になって本を探していると、とある本が目にとまった。たまたまエイダも同じ本を見ていたのか、それに手を伸ばす。


「クライヴのほんだー!」


 エイダが手にしたのは、獣化したクライヴによく似たグレーの犬と女の子が描かれている絵本であった。


 だが、お座りしているのは、どう見てもオオカミではない。赤い首輪までしている。


「…………あれ、犬だよね?」

「エイダ、俺はオオカミだと何度言えば──」

「こっちはティナおねえちゃん!」


 クライヴが訂正しようとするも、エイダが鼻息も荒く犬の隣の女の子を指差す。確かに描かれている女の子は、はちみつ色の髪でティナと似ていなくもない。


「これほしい!」

「え、えっと……」

「いいんじゃない。飼い主と犬……ぷぷっ!」


 笑いを堪えきれないリュカをクライヴが睨みつける。飼い主と例えられたティナは苦笑するしかない。


 そうこうしているうちにエイダは新たな絵本を発見する。


「みてみてー! リュカのほんもあった」

「…………」

「子ギツネがマフラーを買いに行く絵本じゃないか。良かったな、リュカ。超有名な奴だぞ」


 今度はクライヴがニヤニヤした笑みをリュカに向ける。先程の仕返しだとは思うが大人げない。でも、表紙に描かれている子ギツネは、獣化したリュカにそっくりだ。


「ダンのほんもあったー。エイダもいる!」


 次にエイダが持ってきたのは、ハチミツ大好きのクマが深い森の中で仲間達と楽しく暮らす大人気のシリーズだ。


「……あのクマ、黄色じゃない?」

「確かあの絵本、ウサギとフクロウも出てきましたよね……」

「そういえば……」


 地べたに座って本を開き始めたエイダに三人が微妙な顔になる。案の定「キャロ! テオ!」と言っている。


「正確にはあれはフクロウなのでトラフズクではないんだけど……」

「お姉ちゃん、ツッコミどころそこ?」

「まぁ、エイダが大人しく留守番するなら買ってやるか。エイダ、本を読むのは帰ってからにしような。あっちで「これ下さい」ってしないとダメだぞ」


 クライヴがエイダを立たせる。渡された本をしっかり抱きしめたエイダは、クライヴが指差した方へと視線を向けた。会計をする場所だ。


「物を買うにはお金を支払わなきゃいけない。さっき食べた時も店の人にお金を払っただろ」

「う?」

「このお金を持って買い物してこい。ちゃんと後ろに付いててやるから」


 どうやらクライヴはエイダにおつかいをさせてみるようだ。とはいってもすぐ後ろに付き添っている。


 「子トラのはじめてのおかいもの」。探せばそんな絵本がありそうだなと思ったのは口にしないでおいた。

 

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