第127話 寝る子は育つ
この日、ティナはエイダと共に下町へ買い物に来ていた。エイダの冬服を買うためだ。
本当はもっと早く揃えるつもりだったのだが、エイダ本人がいらないと強く主張した。その理由というのが、冬は獣化して過ごすからだった。
しかし最近になって、やはり人化していた方が何かと便利だと学んだらしく、「あったかいおようふくほしー」と言いだした。そんな訳で、急遽冬服を買い揃える必要がでたのだ。
「うーん……これだと少しゆとりがないかな?」
今ティナ達がいるのは、幼児服の専門店だ。以前買った秋物のワンピースもこの店で購入したものだ。
そして、エイダが試着しているはモコモコが可愛い白のボアコート。愛らしい容姿のエイダにとてもよく似合っていた。羊毛が使われているので保温性も抜群だ。
少し気になるのは、ゆとりが少なく感じるところだろうか。冬服の上から着るのだから、ワンサイズ大きい方がいいかもしれない。
「こっちも着てみようか」
「…………」
今度はくすみカラーのピンク色が可愛いロングコートを着せてみる。上質な手触りのこちらは、首元までしっかり覆う上品なデザインだ。やんちゃなエイダもお淑やかなお嬢様のように見せてくれた。
「うわぁ、すごく可愛い! こっちもいいかも!」
やはり素材がいいと何を着せても似合う。
だが、肝心のエイダがムッと口をへの字に曲げた。それを見たティナはぎくりとする。これはご機嫌斜めの前触れだ。
「もうやだ。おなかすいた」
予想通り、エイダはコートを脱ぎ捨てるとぺたりと座り込んでしまった。口を尖らせ、仏頂面で床を睨みつけている。
こらではこのまま買い物を続けることはできない。ヘタをしたら不機嫌で獣化してしまう。
ティナは急いで二つのコートを見比べた。どちらも可愛いが、活発なエイダならば、白いコートの方が動きやすそうだ。そう決めると、店員に頼んでワンサイズ上の在庫を確認してもらった。幸い、在庫があるとのことだったので、それを購入することにした。
先に選んでおいたものと一緒に会計を済ませ、大きな紙袋を受け取り、店を出る。ちなみに費用は経費ではない。有志からの提供だ。
とはいっても、隊員達全員が快く資金提供してくれた。さすがは特務隊のアイドルである。
「これで買い物は全部終わりかな」
冬物の服も買ったし、コートも買った。ブーツと靴下、手袋も買った。買い忘れはないはずだ。
指折り確認していると、横からくいっと袖を引っ張られた。
「ねーねー、おにく~」
「あっ、ごめん。お腹空いたよね。それじゃ、屋台がたくさんあるところに行こうか」
「うん!」
屋台と聞いてエイダが満面の笑みを浮かべる。機嫌が良くなったようで何よりだ。
エイダと手を繋ぎ、多くの人が行き交う大通りを歩き出す。向かうのは、屋台が数多く並ぶ噴水広場だ。
「おーでかけ、おーでかけ。ティナおねえちゃんとおでかけ~」
「二人でお出かけするのは初めてだね」
エイダが機嫌良く自作の歌を歌う。途中途中「むふふふ」と怪しげな笑いが挟まれているが、とりあえず嬉しいというのは十二分に伝わってきた。
とはいえ、こうして二人で出かけるには一悶着あった。クライヴを筆頭に、二人だけでは危ないという意見が多かったのだ。
その意見を黙らせたのがエイダだ。獣化した姿で床をゴロゴロ転げ回り、椅子やら近くにいた人やら、手当たり次第噛みついたのだ。
あまりの暴れっぷりに、レナードから「行くのは大通り限定。夕方までには帰ること」という条件のもと、二人だけでのお出かけが許可された。心配そうな顔の皆とは違い、エイダの勝ち誇った顔と言ったら。
──なんだかんだで偶然を装って誰か付いてきそうな気もするけど……。
一番考えられるのは、最後まで納得していなかったクライヴだ。だが、クライヴは大事な会議があると言っていた。そうなると、他の誰か……もしくは、命を受けた動物という線もある。
ついつい行き交う人々の顔を観察しながら歩いていると、ほのかに香ばしい匂いが鼻をくすぐった。エイダも気付いたようで、歓喜の声をあげる。
「おにくだー!」
行く先に見えてきたのは、ティナの背丈の倍もある噴水。南北に伸びる大通りのちょうど中央にあるここは、円形の大きな広場となっている。中央にはトレードマークの噴水があり、多くの屋台が並ぶことから、下町の憩いの場としても知られていた。
「エイダ、あれがいい」
「お肉の串焼き?」
「あとね、あとね、あれもたべる」
「チキンレッグ? そんなにいっぱい食べられる?」
「たべる!」
むふん、とエイダが得意げに胸を張る。その微笑ましい姿に、通りかかった人がくすくす笑っていた。
肉の串焼きにチキンレッグ、一口ナゲット。見事に肉のオンパレードなメニューを買い、ティナ達は広場の脇にあるベンチに腰を下ろした。
「ふぐ、んぐ……おいし!」
「急いで食べると喉に詰まっちゃうよ。ゆっくり食べようね」
いただきまーす、と言った後のエイダは、ものすごい勢いで肉に食らいた。このがっつき癖は保護した当初からあまり変わっていない。
食事と共に買ったオレンジジュースを差し出せば、こちらもものすごい勢いで飲んでいく。この小さな体のどこにそんなに入るのか不思議である。
エイダの世話を焼きつつ、ティナも自分用に買った串焼きへとかぶりつく。ティナが買ったのは、野菜と肉を交互に刺してある串と海鮮串だ。肉のほうはエイダのと違い、少しスパイスを効かせた味付けとなっている。濃いタレの味が口いっぱいに広がった後、ほのかにピリリとくる香辛料が実に良いアクセントだ。
「こうして外で食べるのもいいね」
季節はもうじき冬だが、今日は天気が良いので外で食べていても凍えるほど寒くはない。青空も相まって、ちょっとしたピクニックのようだ。
肉串を食べ終え、海鮮串へと手を伸ばす。味付けは塩だけだが、それがまた貝やエビの旨味を引き立てている。
のんびり味わっていると、隣からまさかの言葉が聞こえてきた。
「はふぅ。ごちそーさま」
「えっ? もう食べたの!?」
「おなかいっぱい」
満足そうに舌なめずりをするエイダの脇には、空になった袋が3つ。ティナがのんびり食べている間に、エイダは全て胃袋に収めていた。早いにもほどがある。
「ちょっと待ってね。すぐ食べちゃうから」
「……ねむたい」
満腹になったエイダは、眠そうに目をしぱしぱさせる。
ティナは急いで残りを頬張った。味わう暇もなく、残っていたジュースで一気に流し込む。
「エイダちゃん、ここで寝ちゃダメ。ほら、隊舎に帰ろう」
「だっこぉ……」
「今日は荷物があるから無理だよ。ね、頑張って?」
「……うにゅぅ……」
説得を試みるも、エイダはベンチに深くもたれかかれ動こうとしない。それどころか、頭がカクカクして完全に船を漕いでいる。
「エイダちゃん、起きて~」
頬をぺちぺちと叩いて起こそうとするも、ついにエイダは目を閉じてしまった。
「う、噓……どうしよう。エイダちゃんを抱っこ……」
ティナの視線の先には、本日の買い物の成果である大きな紙袋達。どう考えても荷物を持って、エイダを抱えるのは不可能だ。
「これは起きるのを待つしかないけど……夕方までに間に合うかな」
広場に設置された時計を見上げる。時刻は夕方の少し前。いつものお昼寝の時間を考えると、約束の時間には絶対間に合わない。
困り果てたティナは、ハッと何かを思い出して広場を見渡した。もしかしたら、誰か付いて来ているかもしれないからだ。
しかし、どれだけ見渡しても見知った人物は見当たらない。ついでに言えば、それらしい動物も見当たらない。せいぜいおこぼれ目当てにハトが近寄ってきたくらいだ。
「ハトは……さすがにルークさんと意思疎通できないよね」
がっくりと肩を落とす足元で、ハトが「くるっぽー」と鳴きながらエイダの食べこぼしを
そこへ一つの影が近付く。
「可愛いお嬢さん。何かお困りかな?」
ティナは声をかけてきた人物を見て、大きく目を見開いた。
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