第126話 動物との意思疎通
「ティナ、俺はティナの行動を束縛しようとは思ってないからな」
クライヴが突然こんなことを言い出したのは、フィズの妊娠報告があった翌日のこと。
いつも通り執務室で手紙の仕分け作業をしたいたとき、書類を手にしたクライヴがやってきた。この執務室には副隊長であるクライヴの席もある。クライヴも書類仕事をしに来たのかと思ったのだが、クライヴはティナの顔を見るなり、冒頭のセリフを口にしたのだ。
訳の分からなさに思わず手を止めてしまう。
「えーと……それは、ありがとうございます?」
「正直ティナが俺以外と楽しくしているのは嫌だ。だが、ティナにはティナの交友関係がある。……ぐっ、でも男と会うのはやめてほしい!」
そう言ってクライヴが苦悶の表情を浮かべる。
いったい何なんだ。一人で懇願して一人で悩んでいる。ふざけているのだろうか。そういえば、昨夜はレナードとアルヴィンと飲み会をするとか言っていた。もしや、そこで何かあったのだろうか。
そう思ったティナは、困惑を隠せない表情のままレナードへと視線を向けた。
「気にしなくていいですよ。バカは死んでも治りませんので」
「あ、あの……」
「邪魔なら外にでも繋いできましょうか?」
優し気に微笑むレナードは大層麗しい。男性なのに華があるというか、品があるというか。
しかし、その麗しさに反して言っていることはなかなかに辛辣だ。しかも、完全にクライヴを犬として扱っている。外に繋ぐといっても、本日は雨なのだが。
「えーと……昨日何かあったのですか?」
「いいえ。いつも通り飲んで、くだらない話をしたくらいですよ。……ああ、いつもと違うと言えば、フィズがアルヴィンの様子を見るためにおつかいをよこしたくらいですかね」
「おつかい、ですか?」
「彼らは新婚ですからね。私たちと飲むと分かっていても女性の影がないか気になったのでしょう」
新婚あるあるということか。もしかしたら、男同士だからこそキレイな女性がいる店に行くのではと思ったのかもしれない。
獣人族は番いに対しての執着が凄まじいというのはティナもよく知っている。人族と違い、獣人族は生涯でただ一人の番いしか愛さない。それゆえ、嫉妬心や束縛が強くなる傾向があるのだという。
だが、それとクライヴの奇行の原因がまったく繋がらない。うーん、と首を捻っていると、レナードが言葉を続けた。
「酒場の梁の上からヘビがこちらを見下ろしていたんです。驚きましたよ」
「えっ? ヘビって、あのヘビですか?」
「ええ。茶色のシマヘビでした」
「お、おつかいってヘビだったんですかっ!?」
驚くティナに、レナードは不思議そうな顔で返す。
「私たちは自分の祖である動物と意思疎通が可能です。諜報活動や情報収集には、周囲に警戒されにくいので便利なのですよ」
「いえ、あの……それって監視では……」
「ヘビは匂いが薄いので気付きにくくて。うっかりアルヴィンが『ヘビが苦手』という話しをしてしまったんです。あれは間違いなくフィズに報告されたでしょうね」
思わず「うわぁ」という声が口から漏れる。いくら結婚しているからといっても、四六時中行動を監視されたらたまったものではない。なんというか、フィズの行動が過激すぎる。獣人族の特性をそんなことに使うだなんて。
「まぁ、そういうわけでクライヴはティナ嬢を束縛して、嫌われることを心配しているのですよ」
「あっ、そういう話しに繋がるんですね」
ようやく判明したクライヴの奇行に遠い目になる。クライヴの事は好きではあるが、さすがに四六時中監視されるようなことは勘弁してほしい。
──まぁ、クライヴ様がそこまでするとは思っていないけど。
一応だがそこは信頼している。もし何かあるとすれば、せいぜいヤキモチを妬かられるくらいだ。うんうん、と頷いたティナは、グッと拳を握った。
「大丈夫です。クライヴ様はそういうことをしないと信じてますので」
「ぐっ……信頼がツラい!」
胸を押さえたクライヴが大袈裟に崩れ落ちる。
その行動にうっかり胡乱な視線を向けてしまった。まさか人の行動を監視する気だったのだろうか。先程「行動を束縛する気はない」とか言っていたではないか。
レナードも苦悩するクライヴを大変冷ややかな顔で見下ろしている。
「そもそもオオカミは監視に向いてないですよね? それこそ街中に現れたら騒ぎになりますよ」
「ティナ嬢、気にするのはそこなんですか……」
冷静な分析をしたつもりが、レナードに変わり者でも見るかのような目で見られてしまった。
オオカミはヘビのように梁の上に潜むことはできない。そういう意味で言ったのだが、何かおかしかっただろうか。視線でそう問いかけるも、穏やかな笑みで黙殺されてしまった。
「でも、動物と会話できるなんて素敵ですね」
「ティナ嬢は本当に動物が好きなんですね」
「はい!」
満面の笑みで答えれば、レナードが少し茶目っ気のある仕草で人差し指を立てた。それはまるで秘密の話をするような仕草だ。
「動物と会話できるのは便利でもありますが、結構大変なこともあるのですよ」
「と、いうと……?」
「例えば、馬獣人ですと『ブラッシングしろ』とか『あいつは乗せたくない』とかなかなかにやかましいそうです」
そういえば、貸し馬屋の馬達も賑やかに鳴いていた。あれが全部会話として聞こえるということだろう。
「それは……確かに大変そうですね」
「そうでしょう? それに、頼みごとをするのも簡単ではないのですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そうですよね、クライヴ」
ねぇ、とレナードがクライヴへと話を振る。まだ胸を押さえていたクライヴは、ようやく顔を上げた。
「あぁ、まぁ……俺の場合は、頼みごとをする度に『肉をよこせ』とか言われるな」
「ギ、ギブアンドテイクなんですね……」
オオカミに対価として肉をあげるクライヴ。想像するとちょっとシュールな光景だ。
獣人族と動物たちとで絆のようなものがあり、快く力を貸してくれるものだと思っていたが、真実はなかなかに現実的だった。
「それに、俺ら肉食獣の場合はなめられると面倒だしな」
「えっ? ま、まさか襲われるとかですか?」
「オオカミの場合は、自分達より弱いと思われたらカモにされるぞ」
「カモ……」
野生のオオカミの常識が一気に覆る。自分が獣人族だったら、間違いなくカモにされそうだ。
「そ、それだけ賢いなら、肉をあげることで味を占めてクライヴ様のところへ来たりしないんですか?」
「それは大丈夫だ。あいつらもどっちが上か分かっているからな」
そう言ってクライヴが拳を握る。ようは力関係で従わせているから問題ないということだろう。
そういえば、クライヴはジスランとアグネスにもよく拳骨を食らわせていた。あれは一応クライヴ的……いや、肉食獣的にはしつけ、もしくは調教の意味合いがあったのだろうか。
「犬獣人や猫獣人は、町を歩くだけでも結構やかましいと聞きますよ。街には犬猫が多く住みついていますから」
「そ、それはなかなか大変そうですね」
「それはそれで案外うまくやっているようですよけどね」
「意思疎通できるのを利用して仕事にしてたりな」
「へぇ。……ちなみになんですが、クライヴ様は犬の言っていることが分かったりは?」
「する訳がないだろう。俺はオオカミ獣人だぞ」
興味本位の質問だったのだが、ムスリとした顔で即答される。
オオカミはイヌ科だから犬とも意思疎通ができるのかと思ったが、他の種族と意思疎通ができるわけではないらしい。オオカミ獣人はオオカミとしか意思疎通できないということか。
そう考えると探求心がムクムクと湧き出てきた。
「その辺、少し研究してみたいですね。ダンさんはヒグマ以外のクマとは意思疎通ができるのか。ワシもイヌワシとかハクトウワシとか細かく分類が分かれていますし……」
「ティ、ティナ?」
「フィズさんは確かブームスラングですよね? シマヘビと意思疎通ができるなら「ヘビ」というくくりが適用されていると考えていいのか……」
真剣に考え込むティナを見て、レナードが静かにクライヴの肩を叩く。その顔は若干の同情が込められていたが、ティナが気付くことはなかった。
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