第128話 人の話は最後まで聞きましょう

「た、大変だっ! 大変だー!」


 開け放たれた窓から大慌てで入ってきたのは、一羽の大きなワシ。翼を広げるとゆうに二メートルを超える巨体が、器用に滑空してテーブルの上へと着地する。


「うるっさいわね。そんなに慌ててどうしたのよ?」

「ちょっとルーク、傷がつくから獣化したままでテーブルに乗らないでよ」


 ルークの騒々しさにイラッとした様子を見せたのはレオノーラだ。そして、ルークの行儀の悪さに表情を曇らせたのは、この食堂の主であるキャロルである。


 実はティナが予想した通り、ティナ達には見守り役が付いていた。それもこれも、クライヴがティナを心配するあまり、大事な会議をすっぽかそうとしたからだ。


『どうしよう。絶対ナンパされる。俺の番いは最高に可愛いんだ。今頃きっと悪い虫が……』


 そう言いながら会議室をうろうろする様子は、周囲がドン引きするほどの狼狽えっぷりだった。これでは使い物にならないと判断したレナードが、頭に強烈な一発をお見舞いしつつ妥協案を提示した。なお、レナードの行動にも周囲は大変ドン引きしていたそうだ。


 かくして、急遽ティナ達の元へ派遣されたのがルークである。空を飛べるルークであれば、異変があればすぐ報告ができる。加えて、ワシの視力は抜群に良い。ティナ達に気付かれない距離から見守ることができるのだ。


 ルークはエイダが街中で寝てしまったところもバッチリ目撃していた。そして、その直後にティナに声をかける人物も──。


「チビ助が寝てしまって……そこに怪しい人物が──」

「なんだとっ!」


 狼狽したような大きな声に全員が振り返る。


 そこには、青い顔をしたクライヴが立っていた。隣にはレナードもいる。どうやら会議が終わったらしい。


 クライヴは血相変えてルークへ駆け寄るなり、鬼の形相で詰め寄った、


「おい、ルーク! 場所はどこだっ! ティナは? 俺のティナは無事だろうなっ!?」

「ふ、ふ、噴水広場です。で、ですが……おそらく、あ、あの男は……」


 ガクガクと揺さぶられ、ルークが小さなうめき声を上げる。それでも一生懸命報告するあたり、さすがはレナードとクライヴの崇拝者だ。


 しかし、クライヴは「男」という単語を聞くなりルークを放り投げた。それからきびすを返し、食堂を出て行こうとする。


 そこへ声をかけたのは静観していたレナードだ。


「穏便に済ませるのですよ。あまり騒ぎになっては後々もみ消すのが面倒です」

「当然だ!」


 隊長からのGOサインが出て、クライヴは一目散に駆けだした。その姿はあっという間に見えなくなる。


「……やれやれ。駄犬が問題を起こさなければいいのですが」


 はぁ、とレナードが物憂げなため息をつく。それでもGOサインを出したあたり、レナードもティナが心配なのだ。


 そんなレナードの元へ、放り投げられたルークがよろよろしながら近寄ってきた。


「た、隊長。あの男は……おそらく──」


 ルークはティナに近寄る男の顔を見た。その人物があまりにも意外だったので、こうして急いで帰ってきたのだ。


 ルークが口にした名前を聞いた途端、キャロルとレオノーラが激しく動揺し、イスから転げ落ちる。レナードも「おや」と驚きを口にし、僅かに眉を上げた。


 その男の名は──。



◆◆◆◆◆◆



「可愛いお嬢さん。何かお困りかな?」


 ジャリっという足音がティナ達のすぐ目の前で止まる。それに気付いて顔を上げたティナは、大きく目を見開いた。


「ア、アレク!?」

「よっ、ティナ。この間ぶりだな」


 のんきに片手をあげ、軽い感じで挨拶をしてきたのは、ティナの従兄のアレクだ。白い旅装のマントを羽織り、肩には旅行カバン代わりらしき麻袋を担いでいる。


「えっ? な、なんでアレクがここにいるのっ?」

「ん? フクロウに伝言頼んだけど、聞いてないのか?」

「き、聞いてはいるけど……」


 アレクが王都に来るというのはテオから聞いている。だが、ティナが言いたいのは、なぜここにいるかということだ。


 ティナは知らないが、アレク──というか、エヴァンス家は王都でもかなりの知名度がある。長年辺境を守護してきた功績は計り知れず、人族の貴族の中でも一目置かれる存在だ。


 そのエヴァンス家の次期当主であるアレクが王都へ来るとあって、城内では大きな噂となっていた。当然それはティナの耳にも入っている。登城の理由が国王陛下への謁見であるということも。


 そんなアレクが一人でこんなところをウロウロしているなんて。いや、服装からして、到着したばかりなのかもしれない。


「そんなことより場所変えるか。帰るとこだったんだろ? 送ってやるよ」


 そう言ってアレクがエイダを背に背負う。一瞬、ヒトが苦手なエイダが起きて暴れるのではと危惧したが、満腹なエイダはすっかり熟睡していて起きることはなかった。


「いやー、まさか街中でティナに会うとはな。今日は買い物か?」

「う、うん。エイダちゃんの冬服を買いに来たの」

「エイダ? ああ、この子どもか。ティナが面倒見てるんだってな」

「うん。でもいまは、エイダちゃんのお父さんとお母さんもいるから、遊び相手みたいな感じかな」


 そう説明すれば、アレクが何やら考えこむ。そしてすぐに「あっ」と声をあげた。


「そうか、砦に来てたトラ達はこいつの親か。再会できたようでよかったな」

「アレク、二人に会ったことあるの?」

「会ったっていうか見かけただけだけどな。あのトラ達、クライヴに会いにしょっちゅう来てたからな」

「……」


 そういえば、以前同じことをクライヴが言っていた気がする。何度言っても数時間おきに現れる、と。そしてそのたびに拳骨をしていたと。きっとアレクはその場面を見ていたに違いない。


「そういえば、今日はクライヴが一緒じゃないのか?」

「そうだけど、なんか用があったの?」

「いや……よくあいつが行かせたなぁって」


 よく分からない言葉に首を捻る。


 アレクが言いたいのは「クライヴが番いであるティナをよく一人で行動させたな」ということだ。自分がクライヴの番いということを秘密にしているティナは、その言葉の意図に気付かない。


「ま、クライヴのことだからそのうちすっ飛んでくるんじゃないか」

「まさか。クライヴ様は会議があるらしいし」

「いやー、どうだろうな。すっぽかしてでもくるんじゃないか」

「いくらクライヴ様でも──」


 そこまで心配性ではない。そう笑い飛ばそうとした時、ティナの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ティーナー!!」

「……」

「お、噂をすれば何とやら。ってか、あいつ何であんなに慌ててんだ?」


 血相を変えてこちらへ走ってくるのは紛れもなくクライヴだ。アレクが言ったようになぜだか妙に慌てている。


 ものすごい速さでティナの元までやってきたクライヴは、勢いそのままにティナの肩をがしりと掴んだ。


「ティナ、無事か!? 男に絡まれたって……そいつはどこだ!?」

「えっ?」

「俺のティナに手を出そうとはいい根性だ。痛い目見せてやる!」


 絡んできた男ことアレクは、いつの間にか微妙に距離を取っていた。ニヤニヤして、あれは絶対楽しんでいる。


「あの、別に絡まれてはないですよ」

「何だと? 噴水広場で男に絡まれるのをルークが見たと言っていたぞ」

「…………はい?」


 聞き捨てならないセリフが聞こえ、ティナの声のトーンが自然と低くなる。


 なぜティナが噴水広場にいたことを知っているのか。ルークが見たと口走っていたが、やはり付けられていたのか。心配してくれてのことだろうが、隠れてこそこそされるのは気分がいいものではない。


「クライヴ様、ルークさんに私たちを見張るよう言ったんですか?」

「うっ……。ティ、ティナ、誤解だ。俺はティナが心配で……」

「心配なら何をしても許されると?」

「そ、それは……」

「勝手に人のことを見張るなんて最低です」

「さ、最低……」


 番いからの軽蔑の言葉に、クライヴはこの世の終わりのように青ざめた。わなわなと震え、本気で落ち込んでいる。


 そのタイミングを見計らってか、アレクが戻ってきた。


「ウケるわ~。お前めちゃくちゃ尻に敷かれてんなー」

「あっ? ……って、アレクっ!?」

「よぉ、色ボケオオカミ」

「な、なんでここにっ!?」


 爆睡するエイダを背負うアレク。それを見たクライヴは、怪しい人物の正体を悟り、自分が早まった行動に出たのだと悟った。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る