第30話 フクロウちゃう!
「わ……うわぁ!」
午前の仕事を終え、お昼を食べに行こうとしたティナは、廊下でとある生き物に遭遇して感動に打ち震えていた。
──す、すごい! こんなに近くで見たの初めてかも!
それは今まで遠目でしか見た事のない動物だった。
独特のトラ模様が美しいふかふかの茶褐色の羽。頭には飾り羽の
──あれって……トラフズクだよね。でも、何で廊下に……しかも、寝てる?
トラフズクとはフクロウの仲間だ。ミミズクよりの猛禽類である。フクロウとの違いは、頭の羽角のありなしとも言われている。
普段は木の上にいるはずの鳥が、足を投げ出してペタンと床に座っているのだ。鳥らしからぬ姿にはつい我が目を疑ってしまった。
隊舎内に動物が入り込むなど、ティナがここへ来てから初めての出来事だ。オオワシとキットギツネもいたことにはいたが、彼らは動物ではなく隊員であった。いや、もしかするとこのトラフズクも隊員だったりするのだろうか。
「子リスちゃん? そんな所でどうしたの?」
「あっ、レオノーラさん」
カツカツとブーツの音も高らかに現れたのはレオノーラだ。サーバルキャットの獣人族なだけあり、手足がすらりとしていてスレンダーだ。黄色味の強いサラサラロングヘアをなびかせて歩く様は、まるで絵画のようだ。
「お昼食べに行くんでしょ? 一緒に行きましょう」
「レオノーラさん……あそこ……」
ティナは遠慮がちにトラフズクへ視線を移した。レオノーラもティナの視線の先へと目を向ける。
「あら、テオじゃない。こんな所で何やってんのよ」
そう言うなり、レオノーラはトラフズクへと近付き、むんずと掴んで持ち上げた。体長約40センチほどはあるのに片手で軽々と持ち上げている。しかも寝ているのもお構いなしである。
「えぇっ! レ、レオノーラさん……ね、寝てるのに……って……あれ? テオ、さん?」
掴まれてぷらーんとなってもトラフズクは微動だにしない。
『テオ』という名には聞き覚えがあった。確かまだティナが挨拶をしていない特務隊の隊員の名だ。記憶があっていればトラフズクではなく、フクロウの獣人と言っていた気がするのだが。
ティナは目を白黒させてトラフズクを見た。レオノーラが容赦なく左右に振っているが大丈夫だろうか。
そこでようやくトラフズクがうっすら目を開けた。
「……んぁ?」
「アンタ、何で廊下で寝てんのよ? 邪魔よ」
「んー……レオノーラか……」
「ちょっと寝るんじゃないわよ」
「……んぁ?」
トラフズクが喋っている。眠そうに目をしょぼしょぼしながら会話をしている。そして、また寝そうになった所をレオノーラが左右に振って強制的に起こしている。
色んな意味でティナがポカンとしていると、レオノーラがトラフズクを掴んだまま近付いてきた。「見て見て、狩ってきた!」と言わんばかりに目を輝かせている様子は、獲物を捕って誇らしげな顔をするネコ科を彷彿とさせる。
「子リスちゃん、これが前に話したテオよ。見ての通りフクロ──」
「フクロウちゃう! トラフズクなんよっ!」
眠そうに目を閉じかけていたトラフズクが突如カッと目を見開いた。オレンジ色の瞳がまん丸くなり、嘴までカチカチ鳴らしている。
「あー、はいはい。こいつも獣人族なんだけどフクロウって言うと怒るから気を付けてね」
「正式な種族名はトラフズクなんよっ!」
「だって言いづらいもの。どっちでも変わらないでしょ」
レオノーラにキッパリ言い切られたテオはふっくら膨らんでムキーッと地団駄を踏んでいた。掴まれたままなのでエア地団駄だ。見ている側としては大変可愛らしい。
「そんな事より食堂行きましょ。お腹空いたわ~」
「え。あ、あの……テオさんは……」
「おいこら、この持ち方! 扱いがぞんざい過ぎや!」
「うるさいわよ、フクロウ」
「フクロウちゃうーーっ!!」
結局レオノーラはテオを引っ掴んだまま食堂へ移動した。しかも、食堂へ着くなりテオをイスにポイ捨てして、自分はさっさとご飯を受け取りに行ってしまった。調理をしながらこちらを見ていたキャロルも呆れ顔をしている。
「レオノーラめ! 気まぐれにも程があるんよ!」
テオはすっかり目が覚めてしまったようだ。長いかぎ爪でカシカシとイスを引っ掻いてプリプリ怒っていた。
そんなテオと目線を合わせるように、ティナはイスに座らずしゃがみ込んだ。椅子に座ったらテオを見下ろすようになってしまうからだ。決して観察したいからではない。
「睡眠の邪魔をしてしまいすみません。あ、あの……お会い出来て光栄です」
「そうだそうだ。会うのは初めてやね。自分はテオ、トラフズクの獣人なんよ」
ぴょんとこちらに向き直ったテオがペコリとお辞儀をする。声からすると男性だろうか。トラフズクの姿でそんな事をされると可愛いことこの上ない。
「初めまして。ティナと申します。トラフズクの名前の由来通り、トラ模様がキレイですね」
「おお! 分かってくれるん? ここの奴らはフクロウ、フクロウって……失礼だと思わん?」
「正しくはフクロウ科のトラフズクですもんね。羽角があるからフクロウとは違うのに……」
「な、なんてて話しの分かる子なんや……!」
テオは目を輝かせ、ぴょこぴょこ体を揺らして喜びを露わにしていた。レオノーラが言ったようにフクロウと言われるのがよほど嫌らしい。
「ところで、何であんなところで寝ていたんですか?」
「ん? ああ、夜通し飛びまくった後、隊長んとこ行って報告してたんよ。部屋に帰る途中だったんけど、眠くて眠くて……」
てへへ、とテオがお茶目に笑う。だから獣化したままなのかと納得がいった。
「番いちゃんの事は知ってたんよ。でも昼間に起きるのは苦手で……いやぁ、挨拶できてよかったんよ」
「ティナでいいです。番いちゃんはちょっと……」
「それは無理やね。番いちゃんは番いちゃんやもん」
「えっ? な、なんでですか?」
「んん? 誰からも聞いてないん?」
テオの言葉にティナは疑問符を大量に浮かべて首を傾げた。テオも同じように首を傾げてくる。
「はぁー、本当ここの奴らは適当やね。獣人族と人族は考え方が違うんやからちゃんと説明せんと……」
「えっと?」
話の先が見えないティナは困惑するばかりだ。番いちゃん呼びが種族の違いとどう繋がるのだろうか。
「あんね、獣人族はめっちゃ嫉妬深いんよ。それこそ他の者が番いの名前を呼ぶだけで嫉妬するくらいに」
「えっ……」
「思い当たらん?」
そう言われてティナも初めて名前で呼ばれてないことに気付いた。子リス、お姉ちゃん、小娘……唯一、レナードだけは名前呼びしているがそれは隊長だからだろうか。
「結婚してれば多少は大目に見てくれるんけど、副隊長はまだアプローチ中やからね。こうして話してんのも結構ギリギリなんよ」
「いや、流石にそれは……」
「それがありえるんよ。獣人族は何より番いを大事にしとるかんね。特に副隊長はオオカミの獣人だから嗅覚がめっちゃいい。うっかり匂いが付こうもんなら嫉妬の嵐やね」
そういえばフィズから夜着を借りた翌日、匂いがどうとか言っていた気がする。しかし、いくら何でも名前を呼んだくらいで嫉妬なんてあるのだろうか。
ティナの考えが顔に出ていたのか、テオがうんうんと頷いた。さすが、フクロウ科、首の可動域が半端ない。
「まぁ、人族には自分らの執着なんて理解しづらいかもしれんね。いい意味で一途で愛情深いと思ってくれれば分かりやすいんよ」
「う、う~ん……」
一途――確かにクライヴはひたすらに一途ではある。日々好意全開なのは、こちらが戸惑うほどだ。
「まっ、とりあえず番いに認定されたらまず逃げられんから覚悟しとくんやね。オオカミは狩りに長けた種族やしね。頑張って口説かれてーな」
「……そ、そんな軽く言われても」
オレンジ色のまん丸な目でパチリとウインクされる。思わず「えぇー…」と情けない声が出てしまった。逃げられないとか狩りとか表現が物騒極まりない。
「ところで、番いちゃん」
「はい。何でしょうか?」
「自分にも朝ご飯プリーズ」
「…………はい」
トラフズク獣人テオとの出会いは、こうして幕を閉じたのであった。
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