第31話 獣人貴族
勤務を終えたティナは、またもや書庫に立ち寄っていた。ここへ来るのももう何度目か――手続きも慣れたし、何人かの司書とも顔見知りになった。
今日もいつものように獣人族に関する本が収められている棚へと直行する。何度か通って気付いたのだが、獣人族についての本を読みに来る人は意外と少ない。というか今までかち合ったことがない。
──まぁ、ここを利用できるのは城内で働く人だけだしね。さてと、今日は獣人貴族について調べてみよっと。
獣人貴族というのは、番いについて調べた時に気になった言葉だ。今までは番いについて集中的に調べていたので後回しにしていたのだ。
番いについては、当初よりも理解を深めることが出来たとは思う。はっきり分かったのは、辞退を申し出ても無意味だったということだ。
毎朝のお迎えに加えて、積極的なアプローチ──クライヴの口説きは今も続いている。最近では駆け引きが一段と上手くなり赤面させられっぱなしだ。どこであんな事を覚えてくるのか不思議でならない。確実に逃げ場を塞がれている気がする。
──うぐぐぐっ……だってだって! 一途に想われるなんて誰だって一度は憧れたりするじゃない。クライヴ様って顔はかっこいいし。それに、こんなに熱烈に口説かれた経験なんてないもんっ。
自分自身に言い訳をしながら勢いよくイスへ腰を下ろす。
自分にだけ向けられる笑顔がむず痒いと感じるようになったのはいったいいつからだったのか。うっかり蕩けるような甘い笑みのクライヴを思い出して顔がグワッと熱くなる。
いや、違う。きっと強烈な西日のせいだ。そうに違いない。またしても言い訳をしながら頭を振って、思考を振り切った。それからそっと本を開いた。
開いた本は『獣人貴族とその歴史』というタイトルの本だ。本の出だしは、獣人族とエルトーラ王国の成り立ちから始まっていた。
現在の王都がまだただの集落であった時代。元々この地には獣人族と人族が共存していた。差別や迫害もなく、お互い手を取り合い、助け合って生きていく良い関係が築かれていた。
しかし、よその集落が土地や食料を求めて戦いを仕掛けてくるようになった。長きに渡って幾度となく続く侵略の脅威は、住民達を大きく疲弊させていった。
そこで、集落を守るために一人の青年が立ち上がった。彼こそが
青年は人々を纏め上げ、集落を整備し、時には先頭に立って侵略者と戦った。彼のカリスマ的リーダーシップと、集落のために動き続ける様は、人々の心を大いに惹きつけた。
安寧を取り戻した集落は、次第に集落は大きく発展していった。すると庇護下に入りたいという集落が増えていった。そうして出来上がったのが、このエルトーラ王国だ。
──なるほど、エルトーラ王国の建国に携わった獣人族を獣人貴族って呼ぶんだ。
当時、初代国王と集落を守った獣人族がいた。国が興されてからも、その獣人族が類い希なる戦闘力で国を守ったという。
人族にも貴族と呼ばれる身分がある。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く。伯爵の上に辺境伯というものもあるが、この国で辺境伯は一つの家しか賜っていない。その家についてはティナもよくよく知っていた。
対して獣人貴族は、たったの四家だけ。建国に大きな貢献をしたとされ、その爵位を賜ったとある。初代国王と親しい仲でもあったようで、よき友人であり優秀な臣下だと記されていた。
さらに、この四家は、獣人族が他国で迫害を受けていた際も積極的に保護を行っていたらしい。もちろん歴代の王族も惜しみなく力を貸していたという。種族問わず平和を望む所が実に素晴らしい。エルトーラ王国の多種多様な価値観は、ここに起因するのだろう。
今世まで残っている特務隊も平和のためとして、国王の名のもとに四家が創設したとされている。獣人族の大きな力は戦争の抑止力にも繋がった。また、移住や保護で増えた獣人族の働き場所としての意味もあったようだ。
特務隊創設後は、その目覚ましい活躍が記されていた。
他国の侵略を防いだり、王族の暗殺を防いだり。不思議なことに、これだけの活躍があるにも関わらず、今まで新たに爵位を与えられた獣人族はいないらしい。本にはパワーバランスがどうとか小難しく記されていた。
──人族だと騎士爵とかあるのに。政治って難しい。
騎士爵とは士爵の通称だ。一代限りの称号で、国に功績を認められたものが賜る。領地などは与えられないが、貴族として登城が認められるのだ。
──あっ、もしかして領地経営とか貴族同士の付き合いが面倒くさいとか。案外あり得そう。
そんな考えが浮かぶのは特務隊のメンバーを見ているからだろうか。彼らは結構大雑把かつ面倒くさがりだ。
──この四家は今もあるのかな。今度誰かに聞いてみよっと。
獣人族ならもっと詳しいことを知っているかもしれない。この四家が何の獣人なのかも非常に興味をそそられるところだ。
読み終えた本を閉じ、凝り固まった体をぐっと伸ばす。いつの間にか外は薄暗くなっていた。室内も魔道具の明かりが灯されていた。
そろそろ帰らねば夕飯の準備が遅くなる。ティナは本を片付けると書庫を後にした。
広い城内は移動だけでも一苦労だ。通用門まで近道をしようと庭園沿いの回廊へと足を向けた。この回廊は外を眺めやすいよう、半分屋外のような造りになっている。明るければ太陽のもとで生き生きと咲き誇る花々が目を引くのだが、暗くなりつつある今ではそれを楽しむことは出来なかった。
──あれ、あの人……。
ふと目に入ったのはベンチに座る人影。よくよく目を凝らして見てみれば、ベンチに座るのが豪奢なドレス姿の女性だというのが分かった。
──あの人……書庫で会ったご令嬢?
見覚えのあるその人物は、以前書庫で突っかかってきたご令嬢であった。ドレスも化粧も派手で高圧的な態度が記憶に新しい。確かメイナード伯爵家のプリシラという名だったはずだ。
彼女はクライヴへ恋心を抱いていて、番いであるティナの事を快く思っていない。クライヴ関連でまた何か言われても困ってしまう。さりげなく通り過ぎてしまおうかと悩んでいると、ぐすっと鼻をすするような声が風に乗って耳へ届いた。
思わずプリシラを凝視する。俯き気味に座っていて、時々肩が揺れている。どう見ても泣いているようにしか見えない。貴族令嬢がお供もなしに一人泣いているなど何があったのだろうか。
放っておけなくなったティナは、罵倒されるのも覚悟でプリシラの元へ近寄った。
「あの、大丈夫ですか? 誰か呼んできましょうか?」
「……っ……あ、あなた!」
顔を上げたプリシラの目には、やはり涙が浮かんでいた。声をかけてきたのがティナだと分かると少しばかり眉間に皺が寄せられる。
「具合でも悪いのですか? もうじき暗くなりますよ?」
「う…………うええぇぇ!」
まさかの大号泣にティナは困惑するのだった。
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