第32話 意外とツンデレさん

「……ありがとう……貴女のおかげで大分落ち着いたわ」


 人目を憚らず大号泣したプリシラは、ようやく落ち着きを取り戻していた。すっかり目は赤くなり、化粧も落ちてしまっている。だが、その顔はどこかスッキリしていた。


「みっともない姿を見せてしまってごめんなさいね」

「いえ、とんでもない!」


 プリシラが落ち着きを取り戻した事で、ティナはふとあることを思い出した。


 ティナは平民だ。本来であればプリシラのような貴族令嬢へ気軽に声をかけていい身分ではない。いくら泣いている姿が放っておけなかったとはいえ、これはマズい。


 ティナが突然ガチガチに緊張し始めたのに気付いたのか、プリシラが不思議そうに首を傾げる。


「どうかした?」

「い、今さらですが……庶民の私なんかが……し、失礼な事を……」


 ティナの頭の中では見るも無惨な自分の姿が思い描かれている。この国は身分による差別意識は少ないと言えるが、どこぞの国では庶民を賎民などと見下して簡単に処罰する貴族がいるとも聞いた。


 見るからにテンパってしまったティナに、プリシラは小さな声で笑った。それは馬鹿にするような笑いではない。


「身分なんて関係ないわ。貴女はわたくしを心配してくれたのでしょう。それとも、何か下心があって?」

「い、いいえっ! と、とんでもございません!」

「ふふ、それなら失礼でもなんでもないじゃない」


 ふわりと微笑んだプリシラにティナは呆気に取られた。初対面の時の高圧的な態度からは想像もつかない変化だ。


 プリシラは大きく息を吐くと、すっかり暗くなった空を見上げた。その顔はどこか悲しげだ。


「…………あのね、クライヴ様にハッキリ言われたの」

「えっ?」

「貴女に何かすれば容赦はしない、と。わたくしを好きになる事など絶対にありえないですって」


 その一言でティナは察した。クライヴはティナがプリシラに絡まれたのをどこからか聞いたのだろう。もしかするとあの現場を見ていたフィズが話したのかもしれない。


──クライヴ様……いったいどんなことを言ったのよ。


 獣人族は番いしか愛さない。それは分かってはいる。分かってはいるが、言い方というものがあるのではないだろうか。


「貴女にはあんな事を言ったけれど、頭では分かっていたの。番いが現れたのならわたくしには勝ち目なんてないって」

「…………」

「でも心が付いていかなくて……貴女に突っかかるのは筋違いなのも分かっていたのに。結局フラれてしまったわ」


 想い続けた人に突然番いが現れ諦めなければならない。しかも、その想い人からの脅しまがいの言葉。悲しくない訳がない。 


「貴女……ティナ、と言ったかしら」

「は、はい」

「嫌だわ、そんなに緊張しないでちょうだい。それこそ貴女を虐めたりでもしたらクライヴ様に叱られるわ」

「うっ……何かすみません……」


 しゅんとしてしまったティナに、プリシラはクスクスと上品に笑みを浮かべた。


「もう本当にクライヴ様ったら貴女に惚れ込んでいるのね。突然厳しい顔で我が家にやって来たと思ったら、父とわたくしを呼びつけてさっきの一言よ。すっごく怖かったわ」

「本当すみません」

「獣人族が番いを大切にするって本当なのね。今後の態度次第では、我が家を潰すとまで言われたわ」

「…………」


 プリシラの発言にティナは気が遠くなりかけた。クライヴは何て事を言ったのだ。伯爵家を潰すだなんて物騒極まりない。


 ティナの表情から思っていることを読み取ったのか、プリシラが言葉を続ける。


「それだけ貴女を愛しているって事よ。はぁ……わたくしも愛のある結婚がしたいわ」

「えっと……貴族のご令嬢だと政略結婚とかもあるのですか?」


 砕けた態度のプリシラに少し落ち着きを取り戻したティナは、率直な疑問を口にした。物騒過ぎるクライヴの話題から切り替えたかったのもある。


「もちろんあるわよ。恋愛結婚も少なくはないけど、政略結婚とてお家存続のためには必要だもの」

「貴族も大変なんですね」

「そう、そうなのよ! 社交に行けばヒソヒソ言われるし……どうせわたくしはキツい性格よっ!」


 ふん、と息を荒くして言い切ったプリシラに、ティナは苦笑するしかなかった。


 まだ二度しか会っていないが、確かにプリシラは喜怒哀楽がハッキリしている。ハキハキしたもの言いと派手な服装も相まってキツい性格に取られるのだろう。


──それに……ちょっとお化粧もきつめだもんね。キレイな顔なのにもったいない。


 プリシラは目鼻立ちがハッキリしている。それなのに目元にはどぎついアイラインがひかれ、口紅も真っ赤な色だ。素材がいいのにこれではもったいない。


「……なに?」

「えっ?」

「じっとわたくしの顔を見て。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」


 どうやらプリシラの顔を見すぎてしまったらしい。何でもないとは言えない雰囲気にティナは腹をくくった。


「その……プリシラ様は目鼻立ちがハッキリしているので、お化粧はほんの少しで良いかと。ドレスも淡い色の方が髪色に合うので雰囲気が柔らかくなるのではないかと……」


 ティナが遠慮がちにそう言うと、プリシラは目をパチパチとさせ驚いていた。流石に余計なお世話だったのかと思った時、プリシラが口を開いた。


「お化粧を控え目にってどんな風に?」

「アイラインは控えめにして……口紅は赤よりももう少しピンク寄りの方がお似合いかと。おしろいと頬紅も控え目の方が良いと思います」

「へぇ……ドレスは?」

「そうですね……髪の色に合わせてクリーム色とか淡い水色とか。髪をハーフアップにしてサイドを少し前に持ってくればより可憐になるかと」


 促されるままに答えると、プリシラはいつの間にか目を輝かせていた。こう見ると、案外ティナとそう変わらない年齢のように見える。


「ティナ、貴女すごいわね! 化粧を薄くなんて考えたことがなかったわ。化粧は女の鎧ですもの」

「よ、鎧ですか?」

「そうよ。ほら、女同士って何かと面倒な所があるじゃない? 舐められないようにしないと貴族社会ではやっていけないのよ」

「そ、そうなんですね」


 それで派手なドレスに濃いめの化粧をしていたのか。おそらくメイドも口出ししにくかったのだろう。貴族社会の大変さを垣間見た気がした。


「でも私が言ったのは貴族社会で通用するかどうか……」

「ものは試しよ! 今度やってみるわ。どうせわたくしは気が強いだの可愛げがないだの……今さら一つ悪評が増えたって気にしないわよ」

「えぇー……」


 社交へ行くのになぜか決闘にでも行くような気合いの入れようだ。貴族社会は大変なだけではなく、そんなに恐ろしいものなのだろうか。


 眉が八の字に下がりかけた時、一人のメイドが大慌てでこちらへやってくるのが見えた。ティナとプリシラ、二人揃ってそちらへと視線を向ける。


「お、お嬢様っ!」

「あら、うちのメイドだわ」

「お探し致しました。中々帰ってこられないので何かあったのかと」


 ティナとプリシラは自然とお互いの顔を見るとクスリと笑った。ここでプリシラが泣いていたことは秘密だと以心伝心する。


「ティナ、またわたくしとお話しして下さる?」

「えっ?」

「い、嫌ならいいのよ。出来ればアドバイスの効果も話したいし」


 ツンとした態度とは裏腹に、プリシラの手はそわそわと動いていた。ちぐはぐな態度がとても可愛らしい。


「はい、私で良ければ喜んで」


 笑顔でそう答えると、プリシラは目を輝かせつつも笑みを押し殺すように口を真一文字に引き結んでいた。メイドの手前、貴族令嬢としての体裁を取り繕うとしてるのかもしれない。


わたくしも王宮の書庫には時々来るから、また会ったらお話ししましょう。それじゃあ、またね」


 すました顔でそう言ったプリシラだが、去っていく足取りはどこか嬉しそうだ。状況を把握できないメイドだけが不思議そうにしていた。


──プリシラ様って……実はツンデレ……。


 ティナは去りゆくプリシラを見送りながら心の中で呟いた。 

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