第33話 ウサギとキツネのお茶会

「わっ、美味しい!」

「ふふん、そうでしょうとも。なんてったって僕は作ったクッキーだからね」

「えー、ボクも食べる~」


 食堂のテーブルにはクッキーの他にもプリンやパウンドケーキ、サンドイッチやパスタなどの料理が並んでいた。それを囲むのは、ティナ、キャロル、リュカの三人だ。


「それにしても、皆さん出払っているなんて。なにか事件でもあったんでしょうか」

「そういやー全員いないのは珍しいかもね」

「テオは一仕事終えて寝てるけどね。ボクだけ待機なんてつまんな~い」


 三人がまったりお茶会をしているのには理由がある。決してサボっている訳ではない。本日はほとんど全員が隊舎にいないのだ。これはティナがここへ来て初めてのことであった。


 夕飯の仕込みを終えたキャロル、備品整理や書類振り分けを終えたティナ、待機組のリュカ。各々暇を持て余してランチを兼ねたティーパーティーを開催する事にしたのだ。


「何だか皆さん仕事しているのに悪いですね」

「「  そぉ?  」」


 キャロルとリュカが二人揃って首を捻る。息ぴったりだ。


「どうせすぐには戻って来ないだろうし僕らは僕らで楽しもうよ」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。こっちも美味しいよー」


 くりくりの黒い瞳で見つめてくるリュカは流石の美少年だ。獣化したキツネ姿も大変愛らしかったが、人化していても愛嬌があって可愛らしい。


 ティナは差し出されたフィナンシェを受け取ろうとした。するとなぜかリュカは手を引っ込めてしまった。ティナが手を引っ込めるとリュカがまたフィナンシェを差し出してくる。どうやら食べさせてくれるらしい。


 差し出されたフィナンシェを遠慮がちに一口囓る。リュカの可愛さに負けてついつい「あーん」をしてしまったのだ。


「うっわー。副隊長にバレたらヤバいよ、それ」

「えへへ、ボクとお姉ちゃんの仲だもん」

「怖いもの知らずな奴め……」

「ふふ、弟がいたらこんな感じですかね」

「こんな腹黒い弟いたら嫌――っ痛!」


 キャロルが顔をしかめて足をさする。リュカが向かいに座るキャロルの足を蹴ったのだ。ちなみにティナの隣にはリュカが、二人の向かいにはキャロルが座っているという構図だ。


「なんでこう肉食獣は暴力的なんだよ。あっ、ねぇねぇ。リュカが弟なら僕は? 優しいお兄さんってとこ?」


 早くも復活したキャロルがドヤ顔で尋ねてくる。


 確かにキャロルは話しやすい。聞き上手、話し上手で面倒見も良い──が、兄ではない。絶対に。


「キャロルさんは素行に問題ありの近所のお兄さんといったところでしょうか」

「ひ、酷くないっ!?」

「女性関係に問題ありな身内は嫌です」

「あははははっ! お姉ちゃん、最高っ!」

「子リスちゃんが冷たい……」


 ウサギ獣人であるキャロルは天性の遊び人だ。女性を見ればすぐに口説き始める。白い髪に赤い瞳という神秘的さも相まってモテる分、余計にたちが悪い。そんなチャラい人が兄などいたらいろいろと面倒ごとに巻き込まれそうだ。ご近所さんくらいがちょうどいい。


 ティナの正直な言葉に、リュカはお腹を抱えて笑い転げ、キャロルは地味にショックを受けていた。そんなにショックなら遊び人を改めればいいだけなのに。そう思いながら、ティナは知らん顔でサンドイッチを口に運んだ。


「はー……笑った笑った。お姉ちゃんって動物好きなだけあって調教も向いてそうだよね」

「えっ、子リスちゃんになら調教されたい」

「…………」

「子リスちゃんっ! その目やめて!」


 意味深な発言に思わず冷たい瞳を向けてしまう。リュカが言った意味とキャロルの言った意味はかなり違いがある気がする。とりあえず、キャロルには教育的指導が必要かもしれない。


「未成年の前で変な事を言わないで下さい。リュカ君がキャロルさんみたいになったらどうするんですか」

「おぉう、辛辣だね。でもさ、リュカはもう既に性格ひん曲がってるよ」

「はい?」

「……ごめんなさい」


 笑顔で凄むティナを前にキャロルがあっさり屈した。隣ではリュカがまた爆笑している。


「すごーい! お姉ちゃん、さっすが! ウサギの調教完了だ~」

「リュカ君、これは教育的指導です。キャロルさんはどうせこのくらいじゃ反省しませんよ」


 チラリとキャロルに視線を向けるとパチリとウインクを返された。既に通常営業に戻っている。立ち直りが早すぎではないだろうか。


「まぁ僕はいいとして、一番調教済みなのは副隊長じゃないかな」

「あっ、それ分かるー。副隊長ってばデレデレだよね。お姉ちゃんの前だと表情が全然違うもん」


 あまり触れられたくない話題になりティナは言葉を詰まらせた。捜査の手伝いで一緒に王都へ行って以来、どうにもクライヴを意識してしまうのだ。あの笑顔が自分にだけ向けられているのかと思うと、胸が熱くなり頭の中がグルグルする。


 それが恋愛感情かと言うと少し違う。異性として意識してしまい戸惑うといった感じだ。一応今までも異性としては認識していたのだが不思議なものだ。


「番いには逆らえないっていう獣人族のさがかな」

「オオカミっていうか犬だよね、アレ。人化してるのに尻尾振ってる幻覚が見えるもん」


 盛り上がる二人をスルーして、ティナはクッキーへと手を伸ばした。サクサクとした軽い食感、ローズマリーの清涼感が素晴らしい。今度是非ともレシピを教えてもらいたい。


 絶品クッキーを堪能して現実逃避をしていると、キャロルがニヤリと楽しげに口の端を上げた。


「ところでさ、ソレ……副隊長からのプレゼントでしょ?」

「むぐっ……!」


 キャロルが指をさしたのは、ティナの胸元にあるチャームだ。なくさないようにチェーンを通してネックレスとして使っていたのだ。チャーム本体は、服の中に入れているので見えないはずだが、どうやら首元からチェーンが見えてしまっていたようだ。


「あ、あの……こ、こ、これはっ……!」

「副隊長もリスのチャームを持ってたよね。というと、そのネックレスは……犬、かな」

「な、な、なな何でそれを……!」

「ビンゴ!」

「お姉ちゃんってば分かりやすーい」


 激しく動揺するティナに二人はニマニマと笑っている。


 キャロルが鋭すぎる。しかも、なぜティナのネックレスがオオカミではなく犬だと見抜いたのだ。


「実は露店で売ってるの見た事あるんだ。何だかんだで上手くいってんじゃん」

「ち、違っ……クライヴ様は友人です!」

「「  ふぅん 」」


 またも二人からニマニマとした笑みを向けられる。うぐぐっ、と歯を食いしばるもいい言い訳が思い付かない。


──キャロルさんって意外とよく見てるのね。これから気を付けなきゃ。


 ただのチャラいウサギではないようだ。いや、チャラいからこそ細かい変化に気がつくのかもしれない。


 二人はこれ以上追求する気がないのか、サンドイッチに手を伸ばしていた。ありがたいが、移り変わりが早すぎる。


 ティナは話題変換ついでに、書庫で気になっていた事を口にした。


「そういえば、皆さんは獣人貴族の四家って知ってますか?」

「獣人族なら四家は知ってて当然だよ。子リスちゃん、興味あるの?」

「はい。建国に関わったなんてすごいですよね」

「あー……まぁそうだね」

「その四家はまだあるのですか?」


 ティナの質問にキャロルとリュカが顔を見合わせた。その微妙な間に、何かマズい事を聞いてしまっただろうかと不安が募る。


「えーと……子リスちゃんはもう会ってると思うけど」

「しかも、当主様と次期当主様っていう、えらーい立ち位置の人だよ」

「へ?」


 二人からのまさかの回答にティナはすぐ理解することが出来なかった。ポカンとしていると、二人は哀れみのような目でこちらを見てくる。


「お姉ちゃん、知らなかったんだ……」

「あっ、ちょうど帰ってきたみたい。ほら、あの二人がそうだよ」


 そう促された先には、レナードとクライヴがいた。

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