第29話 王都デート ~クライヴside~
──怪しい場所は……確か裏通りと市場だったか。
頭の中に入れた捜査状況を思い返しながら、クライヴは雑踏に目を光らせた。今の所、この周辺には薬の匂いも怪しい奴も見当たらない。
ティナの家の周辺が安全なのはいい事だ。そう思いながらアパルトマンのベルを鳴らす。すぐにドアが開き、姿を見せたのは今日も大変愛くるしいティナだった。
「クライヴ様、おはようございます。あっ、窓閉め忘てる……すみませんっ、少し待ってて下さい」
忙しなく動き回るティナは、レオノーラが言ったようにリスのようだ。ずっと見ていても飽きない。
──ティナの匂い……ここでティナが生活してるのか。
開け離されたままのドアからは室内が丸見えだ。意図せずに見ることとなったティナの部屋は、狭いながらもキレイに整頓されていた。女の子らしい雑貨も飾られていてティナらしい。
「すみません、お待たせしました」
「いや。それじゃ、行こうか」
高く結い上げたはちみつ色の髪が揺れる。今日のティナは、シンプルな白のシャツに膝丈の紺色のスカート、足元は編み上げブーツだ。庶民服とはいえ、清潔感のあるコーディネートはティナによく似合っていた。
──ティナが可愛い……めっちゃ可愛い! 俺の番い、マジで可愛いんですけどっ!
叫び出しそうになる気持ちをグッとこらえる。
名目上は捜査だが、これはれっきとしたデートでもある。クライヴはウキウキと弾む心を隠せなかった。
「そうだ! せっかくのデートなんだから手を繋ぐのはどうだ?」
「………遠慮します」
浮かれてそう提案すればキッパリと断られてしまう。
うん、そんな気はした。ティナが了承してくれるはずがない。分かっていても悲しいものは悲しい。
「クライヴ様、普通友人同士で手を繋ぐことはないです」
この言葉には「お?」と思ってしまった。ティナの口から友人という言葉が出たのは今回が初めてだ。最初の頃を想えば、友人というのは結構な進歩ではないか。まぁ、最終目標は夫なのだが。
──『焦らずに少しずつ距離を縮める』、ねぇ。
以前レナードに言われたことが頭を
大通りを散策した後、市民街へと向かう。
すると、僅かにだが例の薬の匂いが漂ってきた。そこまで強い匂いではないので、恐らく残り香だろう。
「あ……」
ティナの声に振り向けば、ティナが黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせて何かを見つめていた。その視線を辿った先にあったのは一軒の露店。
近付いてみると手作りのアクセサリーを売る店であった。メインで置かれているのは、動物の形を模したチャーム。ティナが反応したのはコレだろう。
「へぇ、色んな動物がいるな。おっ、これなんてティナに似てないか?」
「頬袋パンパンのリスって……そこまで食い意地張ってませんよ」
ティナはムキになって反論してくるが、たまに頬を目いっぱい膨らませてもぐもぐしている時がある。このチャームは、あの姿にそっくりだ。
「私がこれならクライヴ様はこれです!」
そう言ってティナが手に取ったのは、お座りをした犬のチャームであった。どう頑張ってもオオカミには見えない。というか、首輪までしてる。
「それ犬……」
「そっくりです」
自分はオオカミなんだが、と言おうとするもキッパリと言い切られてしまった。思うところはあるが、得意気な顔をするティナが最高に可愛いからいいとしよう。
「仲が良いねぇ。デートの記念にどうだい?」
「えっ……いえっ……ち、違います!」
「やだねぇ、そんな照れなくても。素敵な彼氏じゃないか」
彼氏――いい響きだ。おばちゃん、グッジョブ。そして、デートの記念だなんて言われれば買うしかない。
迷わず財布を取り出してお買い上げした。もちろん買ったのはリスと犬のチャームだ。
「ティナは犬の方な。俺はこっち」
「えっ……あ、あの……お金……」
「俺からのプレゼントだ。デートの記念だな」
遠慮していたティナだったが最終的には受け取ってくれた。いらないと言われなくて良かった。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「……ティナの笑顔……めっちゃ可愛い!」
あー、もう何コレ。めっちゃ可愛いっ。俺の番い世界一可愛いっ! 犬のチャームを大切そうに持って超笑顔でお礼言ってくるんだけど。
ティナの可愛さを噛みしめていると、いつの間にかティナが変なものを見るような目でこちらを見ていた。危ない危ない、気を付けないと嫌われてしまう。
その後は、露店が多く集まるエリアを見て回った。目的の市場が近いため、さり気なく市場へ行ってみたいと告げる。ティナは何の疑問もなく了承してくれた。
看板を辿って裏道へと入る。市場は大通りから裏道へ入った所にある。
裏道を抜けた先は想像以上の賑わいであった。異国の品を売る店、匂いのキツい香辛料を売る店、変わった生地の布を売る店……この市場は多種多様な人物が商いをしているようだ。さほど広くない割に行き交う人もかなり多い。
「ティナ、大丈夫か?」
「は、はい。初めて来たけどすごい人ですね…」
「普段市場は来ないのか?」
「はい。バイト先のおやじさんからも市場はやめとけって言われ……わっ」
よろけたティナを抱きとめる。背に背負った大きな荷物がティナに当たったらしい。くそ、あの野郎……俺のティナに何て事を。ティナが危険な目にあうのは却下だ。ここへは今度一人で来ればいい。
「やっぱり危ないから市場は出るか」
「い、いえ。せっかくだから市場も見ましょう」
ティナは大丈夫だと言い張った。多分捜査の事を気にかけてくれたのだろう。それでも渋っていると、ティナが予想外の言葉を口にした。
「あ、あの……それなら手を借りてもいいですか?」
「手?」
「はい。手を繋いでればはぐれないかなぁと」
テ? て? …………ああ、手を繋ぐ! 確かにそれならはぐれな――えっ、いいのっ!?
思わず耳を疑ってしまった。ティナは手を繋ぐのが嫌だったのではないだろうか。
「クライヴ様? あの、無理にとは言いませんので……」
「えっ、いや! 全然っ! どうぞ! 自由に使ってくれ!」
慌てて左手を差し出す。全然スマートじゃない。自由に使ってくれってなんだ。軽く自己嫌悪に陥っていると、遠慮がちにティナの手が重なった。
うっわ、小さい。柔らかっ。
はぐれないようしっかり手を握るも、想像以上に細くて小さな手に驚いてしまった。妙に緊張してしまうが気付かれたらかなりかっこ悪い。
小柄なティナが歩きやすいよう壁になって進む。それでも人波はごった返していてティナは悪戦苦闘していた。最初は遠慮がちだった手も、いつの間にかしっかり握られている。しかも、はぐれないためだろうが、ティナがぴたりと寄り添ってくる。
何コレ。何のご褒美? めっちゃ可愛いんですけど。
油断すれば振り切れそうな理性を必死に抑え込む。意識を捜査へと切り替え、薬の匂いがする店に立ち止まっては、店員と一言二言会話をして白黒判断していく。
市場の中央まで来た時、混ざり合う匂いの中から覚えのある匂いをキャッチした。まさかこんな簡単に見つかるとは思わず、何度か匂いを確かめる。
やはり――この匂いは間違いない。
匂いを辿っていくと珍しい果物を売る店に行き着いた。
「変わった食べ物だな。果物か?」
見た事はあるので知っているが、無知な客を装って店員の男へ声をかける。ティナは初めて見るのか物珍しそうにしていた。
「おうよ。遠い異国の果物だ。こっちは生で食べると酸味があるが、煮詰めると甘くなる。こっちはそのまま食っても美味いぞ」
「へぇ。でも見た目が中々にインパクトあるな」
この距離で会話をして確信した。目の前の男は間違いなく探していた人物の一人だ。洞窟に残っていた匂いと一致する。果物の匂いに紛れて分かりにくいが、ほんの僅かに薬の匂いもする。
「う~ん、興味はあるが今日は荷物になるからやめておこう。いつもここに店を出しているのか?」
「いいや。国を渡り歩いているから次はいつ来るか分からんさ」
当たり障りのない感じで探りを入れる。表向きはこうして普通の商売をしているのだろう。
そんな時、ふと隣から視線を感じた。何となくだがティナに見られている気がする。気になるが男と会話中だったので確かめることはしない。
「そうなのか。残念だな……どんな味か気になったんだが」
「まぁ、数日はここにいると思うけどよ。ウチとしても仕入れた果物は売り切りてぇから、また来てくれると助かるよ」
ふむ、それなら警備隊から見張りをつけてもらうか。今度こそ手がかりを棒に振るような事のないようにしてもらわねば。
というか、何かティナが一人百面相してるのが気になる。直視しなくても視界の端には、あわあわと顔を赤くするティナが映る。俺の可愛い番いはいったい何をしているんだろうか。
とりあえず、買いもしないのに長居しては怪しまれる。この店から離れるかと店員の男へ声をかけた。
「そうか……じゃ、またすぐに来るとしよう」
クライヴはティナの気持ちなど知りもせず、愛しい小さな手を握りしめ、市場の出口へと歩みを進めるのであった。
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