第28話 デート? 捜査?

「ティナ、アレ食べないか? 甘いの好きだろ?」


 甘い香りを漂わすクレープ屋を指差すのは、うっとりするほど凛々しい美丈夫。今日のクライヴは、簡素な庶民服を身にまとっていた。


 服装だけなら周囲との違和感はない。――ないのだが、整ったご尊顔は変えようがない。蕩けんばかりの笑みは、道行く女性の視線を一挙に集めていた。


「えっと……今はそんなにお腹空いていないので大丈夫です」

「食べきれないなら残りは俺が食べるぞ? 食べたいのがあれば遠慮はなしだからな」

「ありがとうございます……」


 そう答えれば、クライヴが嬉しそうに目を細めた。


 気のせいだろうか。千切れんばかりに左右に揺れるふわふわの尻尾の幻覚が見える気がする。


『ティナ嬢、明日はクライヴと行動してくれませんか? なるべく街に溶け込んで捜査をしたいので、手伝って頂けると助かります』

『普通に街を歩くだけだから難しく考えなくていいぞ』


 そう言われたのは昨日の事。何の捜査なのかは教えられていない。一緒に街を歩くくらいで役に立てるなら、と軽い気持ちで了承した。そして、今朝早くにクライヴが迎えに来て今に至っている。


──獣人族の皆さんって、自分達の容姿を分かってないんじゃ……。


 街に溶け込んで捜査をしたいのだろうが、中々に無理がある。クライヴがラフな庶民服でいると親しみやすさ倍増でかっこよさが増しているのだ。ティナでさえうっかりドキリとしてしまった。


 捜査と言っていたが、こんなに目立って大丈夫なのだろうか。不安を抱えてチラリと見上げると、それに気付いたクライヴがそれはもう嬉しそうに微笑んだ。


──目が合っただけでそんなに嬉しそうにされると……。


 デートだとはしゃぐクライヴに一言物申そうかとも思ったが、嗜める気が失せてしまう。きっとクライヴにはクライヴの考えがあるのだろう。


「そうだ! せっかくのデートなんだから手を繋ぐのはどうだ?」

「……遠慮します」


 前言撤回。絶対普通に観光している。というかデートだと思い込んでいる。ツッコミどころ満載だがこういったやりとりにすっかり慣れた自分が怖かった。


 ティナは苦笑しながら手を繋ぐのを断られて本気で落ち込むクライヴへと声をかけた。


「クライヴ様、普通友人同士で手を繋ぐことはないです」

「……ティナのガードが固い」


 ちぇっ、と子供のように拗ねるクライヴだが、強引に手を繋いでくるようなことはしない。初めて出会ったとき騒動を思えば、とてつもない進歩である。


 二人が今歩いているのは、王都のメインストリートだ。様々な店が並び、ガラス張りの店頭からは店内を見ることが出来た。商人や観光客だけでなく、馬車も行き交い、まさに王都らしい華やかさと活気に満ちていた。


 ウィンドウショッピングを楽しみながら進んでいくと、少しずつ生活感のある雰囲気へと変わっていく。道には露店が増え、客寄せの元気な声が聞こえてくる。この辺りは庶民が日用品を買うエリアであった。


「こっちも賑わってるな。大通りと人の多さは変わらないんじゃないか?」

「大通りにはないような店もありますからね。私も普段の買い物はこっちに来ます」


 物珍しいのかクライヴの視線が忙しなく動いている。初めての場所を散歩する犬のようでちょっと可愛い。


 そんなことを思った時、ふと小さな露店の前でティナは足を止めた。


「あ……」


 そこは手作りのアクセサリーを売る露店であった。動物の形をした豊富な種類のチャームが目を引いた。一つ一つがとても精巧に作られていて、動物好きのティナとしてはたまらない。


 ティナの様子にクライヴも興味津々で露店へと近付いていく。人の良さそうなおばちゃんが「いらっしゃい」と笑顔を向けてくれた。


「へぇ、色んな動物がいるな。おっ、これなんてティナに似てないか?」

「頬袋パンパンのリスって……そこまで食い意地張ってませんよ」


 クライヴが手にしたのは、両頬をパンパンに膨らませたシマリスのチャームであった。頬袋にはこれ以上入らないだろうに、手にはどんぐりを持っている。これはこれで可愛いのだが、似ていると言われると何か複雑である。


「私がこれならクライヴ様はこれです!」


 仕返しにとティナが手にしたのは、行儀よくお座りした犬のチャームであった。


「それ犬……」

「そっくりです」


 「俺、オオカミなんだけど」と続きそうだった言葉に、笑顔で断言すれば異論は返ってこなかい。ふふん、と得意気に笑うと店員のおばちゃんがカラカラと笑った。


「仲が良いねぇ。デートの記念にどうだい?」

「えっ……いえっ……ち、違います!」

「やだねぇ、そんな照れなくても。素敵な彼氏じゃないか」


 端から見るとティナがただ照れているようにしか見えないらしい。誤解ですと必死に言っても笑い飛ばされてしまう。


「よし、じゃこれを買おう」


 誤解されて気を良くしたのはクライヴだ。財布を出してさっさと会計をしていた。もちろん買ったのはリスと犬のチャームだ。


「ベルトにも付けられるしチェーンを付ければネックレスにも出来るからね。デート楽しんでおいで」


 最後まで誤解されていたが、クライヴはご機嫌であった。ティナとしては知り合いに広まらないか非常に不安なところである。下町は情報が早いのだ。


「ティナは犬の方な。俺はこっち」

「えっ……あ、あの……お金……」

「俺からのプレゼントだ。デートの記念だな」


 だからデートではなく捜査だと言ってやりたい。しかし、あまりにもニコニコと嬉しそうなので、大人しくチャームを受け取る事にした。可愛いらしいチャームに罪はない。


「ありがとうございます。大切にしますね」

「……ティナの笑顔……めっちゃ可愛い!」


 普通にお礼を言っただけなのに、なぜか感極まったような表情をされる。真顔に戻ったのは悪くないはずだ。


 その後は、露店が多く集まるエリアや活気ある市場を歩いて回った。市場は裏通りを行った先にあるのだが、人がさらに多く行き交い、よそ見をしたらはぐれてしまいそうなほどであった。


「ティナ、大丈夫か?」

「は、はい。初めて来たけどすごい人ですね」

「普段こっちは来ないのか?」

「はい。バイト先のおやじさんからも市場はやめとけって言われ……わっ」


 『ティナちゃん一人じゃ危ねぇからな。買い物なら表の店で十分だ』。それは食堂で働いていた時に言われた言葉だ。実際来てみてその意味が身に染みて分かった。小柄なティナでは人混みに埋もれて買い物どころではない。


「っと! やっぱり危ないから市場は出るか」


 よろけたティナを抱きとめたクライヴか眉間に皺を寄せた。


「い、いえ。せっかくだから市場も見ましょう」

「だが……」


 市場を見たいと言ったのはクライヴだ。恐らく捜査に必要だからだろう。おやじさんもたまに市場ではよくない商品を売る奴がいると言っていた。自分のせいで捜査の邪魔をするわけにはいかない。


「あ、あの……それなら手をお借りしてもいいですか?」

「手?」

「はい。手を繋いでいれば、はぐれないかなぁと」


 まさか自分からこんな提案をするとは思いもしなかったが、この際やむを得ない。はぐれてしまっては合流するのも大変そうなのだ。


 これも捜査のためだと割り切ってクライヴを見上げる。するとクライヴは口を開けたまま固まっていた。


「クライヴ様? あの、無理にとは言いませんので…」

「えっ、いや! 全然っ! どうぞ! 自由に使ってくれ!」


 なぜか食い気味に手を差し出された。場面は違えど先に手を繋ごうと言ったのはクライヴではなかっただろうか。


 ティナは差し出された手に自分の手を重ねた。大きくて少し固い手が遠慮がちに握り返してくる。


 自分とはまるで違う大きな手――ティナだって男性と手を繋いだ経験くらいある。お互い初めて付き合った相手だったため、ぎこちなかったのは甘酸っぱい思い出だ。


 だが、クライヴの男らしい手にドキリとしたのは一瞬であった。


 再び歩き出したものの、人混みの多さにそれどころではなくなったのだ。行き交う人々に押されたりぶつかったり、気付けばクライヴの手をしっかり握った上に、はぐれないようかなり密着していた。


 クライヴは、時々店の前で足を止め、店員と一言二言会話を交わす。その間も人混みからティナを庇うような位置にいてくれた。


──この人混みをものともしないって、すごいなぁ。流石は獣人族。


 ひょんな所でクライヴのたくましさを実感してしまった。横顔をチラ見すれば真面目な顔で会話をしていた。


──そういえば……クライヴ様って誰かと話している時、あんまり笑ってないかも。


 よくクライヴの事を凛々しいと評する人がいるが、ティナからするとそうではない。確かに凛々しくてかっこいいとは思うが、どちらかと言えば可愛らしい人だ。いつもニコニコしていて、ティナの一言に一喜一憂する。


 そこまで考えて、ふとある事に気付いた。


──もしかして……クライヴ様が笑いかけてくれるのって……。


 自分だけ、分不相応にもそう思った途端、ぶわっと顔に熱が集まるのが分かった。


──いや……ちょっと待って……た、確かに番いだって言われたけど……く、口説くって言われたけどっ!


 今更なにを言っているんだと自分にツッコミを入れたくなった。結婚しようと言われた事もあったではないか。まぁ、あの時は番いの意味を正しく理解していなかったので、その場のノリだと思っていたのだが。


 クライヴの一途な想いを再認識してしまい心が激しく動揺する。一つに気付くと次々と色々なことが思い起こされていく。


──だめだめだめっ! 今は捜査中なんだからしっかりしなきゃ!


 ティナは動揺した心を落ち着かせるように何度も言い聞かせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る