第27話 会議と淡く散った想い
エルトーラ城内に数ある会議室の内の一つ。主に警備隊や近衛隊が使用する一室では、現在各隊の上層部が一堂に会していた。
「先週も中毒者と思われる者による暴力事件が発生しています」
「またか。国民には薬を購入しないよう注意喚起をしているんだろう?」
「もちろんです。ですが、見た目には普通の丸薬のため、知らずに購入してしまう者も少なくないようです」
議題となっているのは、王都に出回り始めたとある薬の事だ。気分を落ち着ける鎮静剤として売られているそれは、中毒性が高く、一度使うとその感覚を忘れられず何度も服用してしまうという。さらに、継続して摂取し続けると幻覚作用に陥り精神が不安定となることが報告されていた。
最近では、この薬の中毒者が突然暴れ出すなどの事件が目立ち始めていた。詳しく調べてみると、人体に良くない成分が多く含まれている事が分かった。事態を重く見て、この薬の使用禁止令が王国内に出されたのだが、厄介な事に一般的な薬よりかなり安価に手に入ることから、被害は拡大する一方であった。
手口から見ても組織的な犯行が疑わているのだが、捜査は難航していた。薬の売人の足取りはおろか、売買現場ですら押さえることができないのだ。
そこで特務隊へ協力要請が出されることとなった。嗅覚が鋭いクライヴが捜査に出るなり、王都近くの洞窟に隠された大量の薬を発見する事が出来たのは最近の事だ。
「洞窟の方はどんな状況だ?」
「薬の在庫を取りに来る気配はないそうだ」
「もしかすると勘付かれたのかもしれんな」
「せっかく得た手がかりだったんだが……」
あの後、洞窟の見張りは警備隊が行っていた。しかし、どうやら相手に勘付かれてしまったらしい。おかげで捜査はまたも暗礁に乗り上げていた。
王国民のためにもこれ以上被害を出すわけにはいかない。ああでもない、こうでもないと意見が交わされる中、一人の人物が声を上げた。
「どうやら隣国でも似たような薬が出回っているようです。こちらが入手した現物です」
そう言って小さな薬包紙に包まれた丸薬をテーブルへ出したのはレナードであった。全員の視線が一気に薬包紙へと集まる。
「これは……確かに王都で出回っている薬とうり二つだな」
「レナード殿、どうやってこれを?」
半信半疑といった目で尋ねてきたのは王都で薬の出所を調査していた隊の隊長だ。かなり苦戦していたらしく、驚きを隠せないようであった。ざわつく周囲を意にも介さず、レナードはいつもの微笑を浮かべて言葉を続けた。
「我が隊の者が隣国まで飛んで行って手に入れてきました。我が国より手に入れやすいほどには蔓延しているようです」
「すごいな。獣人族だと隣国までもひとっ飛びなのか」
正確にはフクロウ獣人(正しくはトラフズク獣人)のテオが散歩のついでに行ったのだが、そこは伏せておく。「いいよいいよ、喜んで行ってくんよー」なんて言っていたなんて緊張感がなさ過ぎる。空から急降下してきたフクロウが薬を奪っていったのだから、売買人も驚いたことだろう。
「洞窟に隠されていた薬と匂いが一致するのも確認済みです。一応そちらでも成分の確認をお願いします」
「匂い?」
「ええ。特別鼻の利く者がおりますので」
そう説明するレナードの隣では、クライヴが内心でげんなりしていた。それもそのはず、レナードが口にした『鼻の利く者』というのは、他でもないクライヴの事だ。
洞窟に隠された薬を見つけた時もそうだったが、この薬は鼻にツンとくる嫌な匂いをしている。笑顔で匂い確認を迫るレナードには正直腹が立ったが、仕事なのだからやむを得ない。
「すごいな。もしや……王都で薬の匂いを辿ったりするのも可能だろうか?」
その質問へ答えたのはクライヴだ。
「既に王都には薬が多く出回っています。その中から犯人のみを辿るのは難しいです」
「そうか……」
「──ですが、洞窟内には何人かの匂いが残されていました。その人物がまだ王都にいるのならば辿れる可能性はあります」
洞窟捜査の時、箱に残されていたのは数人の男の匂い。人の多い王都でたった数人の匂いを嗅ぎ分けるのは至難の業ではある。だが、クライヴの嗅覚なら出来ないこともない。
「よっし! そんじゃ、特務隊にも王都内の捜査を手伝ってもらうっつーことで。洞窟の監視は継続。隣国の状況も調べてみよう。それから、国民への注意喚起も一層強化するように」
会議を締めくくるように話を纏めたのは警備隊の全隊長であるアルヴィンだ。彼の一声に全員が同意をして、この場は解散となった。
ぞろぞろと退出する人に混じって、レナードとクライヴも会議室を後にする。
「あー……まだ鼻の奥に匂いが残ってる……」
「少しくらい我慢しなさい。私だって懐にアレを入れてたんですから」
ようやく人目がなくなり、二人は我慢していたように鼻を擦った。会議の場では我慢していたが、あの薬の匂いは薬包紙越しでも結構キツいのだ。
「俺が王都をしらみつぶしに歩いて捜査する感じだろ? ダンはどうするんだ?」
「……ダンに人混みの中の捜査が可能だと思いますか?」
レナードの棘のある言葉にクライヴは目を泳がせた。
ヒグマ獣人であるダンも嗅覚は良い。それに、口数は少ないが性格は至って真面目だ。捜査にも快く力を貸してくれるだろう。しかし、ヒグマ獣人は……。
「無理だな。食べ物の匂いに反応して捜査どころじゃないだろうな」
「はぁ……クマは好奇心旺盛ですからね」
溜め息をつくレナードを見て、クライヴは思わず同情の目を向ける。
獣人族が祖である動物の特徴を受け継ぐのは当たり前の事だ。その特徴は、仕事に役に立つ事もあれば、そうでない事もある。さらに言えば、獣人族は気分屋が多い。
そんな一癖も二癖もある特務隊を纏め上げているのだから、レナードはやはり隊長の器だ。時々、考えすぎてハゲないか本気で心配になる。
「お前一人だと目立ちますから、捜査にはティナ嬢にも助力願いましょう。恋人に扮すれば街を歩きやすいでしょう」
「マジかっ!? ティナと公認デート!」
「違います。重要な捜査です」
バッサリ切って捨てられるもクライヴは聞いていない。もはやクライヴの中ではデートで決定している。
最近ではクライヴのこういう所にも慣れたのか、レナードもあっさりスルーして話しを続けた。
「売買人の目撃例を纏めた地図を貰っているので詳細は執務室で決めましょう。あとは──」
「あ、あの! すみません!」
声をかけてきたのは警備隊の制服を着た青年であった。二人が足を止めると青年はビシッと敬礼をとった。
「特務隊隊長のレナード様で間違いないでしょうか?」
「はい、私がレナードですが……何かご用でしょうか?」
「突然申し訳ございません。全隊長から言伝を預かった──」
「おう、レナード。わりぃな、急ぎの言伝だったんだが、会議に間に合わんかった」
軽い調子で現れたのは、先程の会議でも一緒だった全隊長のアルヴィンだ。ニカッと笑いながら片手を挙げて近付いてきた。
「いやー、特務隊にも全面的に捜査協力して貰うことになりそうだと思ってさ。会議前に一言伝えておこうと思ったんだ。まっ、お前なら受けてくれると信じてたよ」
「アルヴィン……言伝ならもう少し早く寄こして下さい」
「あっはっはっ、今朝思い出したんだよ」
豪快に笑い飛ばすアルヴィンにレナードとクライヴが揃って溜め息をついた。この男の大雑把な所はどうにかならないものか。
アルヴィンは下級貴族から剣の腕だけで全隊長まで上り詰めた猛者だ。親しみやすく仲間思いな性格のため部下からの信頼も厚い。レナードとクライヴとは気やすい仲でもある。
「お前も急に走らせて悪かったな。特務隊は癖がある奴ばっかだけど揉めなかったか?」
アルヴィンにそう問われた青年はギクリとした。
口ごもる青年の様子にアルヴィンは意味ありげな視線を向けた。そしてからかうようにニヤリと口の端を上げた。
「なんだー? 特務隊に可愛いコでもいたか?」
「えっ!?」
アルヴィンが言っているのは、見目麗しい獣人族のことなのだが、青年は別な女性のことが脳裏に過る。小柄でおどおどしていながらも、意見をハッキリ述べる女性。かと思えば、わたわたと慌てる様子がとても可愛らしかった。しかし、彼女は……。
「図星か? いやー若いっていいねぇ。だが、獣人族は番い以外興味も持たないぞー」
アルヴィンの物言いは遠慮がない。というか、見ていたかのように鋭い。
バシバシと背中を叩かれた青年は、無意識にクライヴへと視線を向けた。隊長であるレナードと共にいるのなら、彼が副隊長だろう。
イエローゴールドの鋭い瞳、すっと通った鼻梁。凛々しく整った顔で、背も高い。誰が見ても文句なしにカッコイイ。
「どうした? おーい?」
「特務隊の者が何かご迷惑をお掛けしましたか?」
アルヴィンとレナードの問いに青年は「いえ……」と短く返す。こうして、青年の淡い恋は人知れず散ったのであった。
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