第26話 ケンカの仲裁

「えっと……羊皮紙とインクと……ペンが4つ?」


 届いた荷物の中身を確認していたティナは首を傾げた。羊皮紙とインクは発注した記憶がある。だが、ペンを発注した記憶はない。しかも4本も。


「誰か追加で発注したのかな」

「それ……副隊長が発注してた……」

「ひゃああぁ!」


 バクバクする心臓を押さえながら振り返ると、ダンが申し訳なさそうに眉根を下げていた。


「ごめん……驚かせた……?」

「だ、大丈夫です。ちょっと、山で振り返ったらクマがいた時を思い出しましたが……」


 あれは動物観察のために山に入った時のことだ。気を付けていたとはいえ、背後にクマがいたのには驚いた。


「……それ……危なくない?」

「確かに結構な至近距離でしたが……ゆっくり後退って距離を取ったら、向こうから去っていきました」


 クマは余程でないと人を襲わない。子グマを連れていたりすると防衛本能から襲いかかってくる事はあるが、元々警戒心が強い彼らは人の気配を感じるとすぐ逃げていくのだ。


 あのクマも鼻をヒクヒクさせながらこちらを観察したはいたが、フンと鼻を鳴らして去っていった。きっと匂いで『コイツ、不味そう』とか思われたのかもしれない。それはそれで何だか複雑だが。


「…………」


 ティナの答えを聞いたダンが物言いたそうな視線を向けてくる。無謀とか怖いもの知らずとか思われているに違い。口に出さないところに彼の優しさを感じる。


「ところで……隊長は……?」

「警備隊との会議があるそうで出掛けられましたよ。クライヴ様も一緒です」

「……そう……」

「言伝があれば預かりましょうか?」

「んー……」


 どうしようと言わんばかりにダンが唸る。しばし悩んだ末、ダンはクルリと背を向けて歩き出した。


「ちょっと……ついて来て……」

「え、あ、はい」


 訳の分からないままダンの後に続いて執務室を出る。どこかへ向かっているようだが行き先は分からない。


「あの、どこへ行くんですか?」

「……玄関……」

「玄関?」


 玄関とは隊舎の入口のことだ。少し前に掃除は終わらせたから、汚れてはいないはずだ。いったい何があるというのか。


 ダンの意図が掴めないまま、玄関が近付いてくる。すると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。


 ここでようやくダンが要件を口にする。


「リュカ……ケンカしてる……」

「へ……?」

「子供は元気……」

「え、いえ、なぜ……」


 うんうんと頷くダンだが、子供って元気だよね~というノリではない。ガチのケンカである。


「だーかーら! 用があるならここで言えばいいだろっ!」

「何度言えばいいんだ。隊長殿に直接伝えるよう厳命されている」

「頭かったいなー。ルークより石頭なんじゃないの」

「何だと? 融通が利かないのはそっちだろう!」


 玄関先で言い争っているのは、リュカと警備隊の青年だった。言い争う内容からするに、彼はレナードへの伝言があってここへ来たのだろう。


「隊長なら何とかしてくれるかなって……」

「なるほど、それで執務室へ来たんですね。……あれ、私を連れてきたのって……ま、まさか……代わりにケンカを止めろと?」


 ティナの戸惑いも何のその、ダンはこっくりと頷いた。


 迷いのない返答に絶句してしまう。何の力もない自分にこのケンカを止めろと言うのか。開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。


「え、ええぇぇ……」


 思わずティナの口から情けない言葉が漏れる。しかしながら、その悲痛な声が言い争う二人の耳へと届いてしまった。


「あっ、お姉ちゃん! ちょっと聞いてよー! コイツがさ~」

「ひぃ! リュ、リュカ君っ!?」

「ちょうどいい、あんたからも何とか言ってくれ」


 リュカに引っ張られ、二人の間に強制的に割り込む形となったティナは眉をハの字に下げた。ダンへ助けを求めるも、グッと親指を立てられるだけに終わる。


──ダンさぁぁん! 何ですか、それ! 親指グッて……頑張れと? 私に何か出来ると思ってるんですかーー!!


 心の中で半泣きになるも、既にリュカがティナの腕をがっしり掴んで離さない。こんな形でケンカのど真ん中に引きずり込まれたくはなかった。


「大体いつもは書面で持ってくんのに、今回に限って言伝って何だよ。怪しいっつーの」

「急ぎなんだから仕方ないだろう。そもそも、毎回書面でないと受け取らないなんておかしいだろ」

「はぁっ? 知らない奴がしょっちゅう来るのが嫌なだけだし」

「警備隊だって見て分からないのかっ!? 城内で働く者同士だろうが」

「城内で働いてりゃみんなお友達かよ。どんな理屈だっての」

「何だとっ!」

「何だよっ!」


 二人はティナがいるにも関わらずまたも言い争いを始めてしまう。間に挟まれるティナからすればはた迷惑なことこの上ない。


──ひ、人を間に挟んでケンカしないでよー……!


 だが、いつまでもこのままでは解放されない。ティナは意を決して口を開いた。


「あ、あの……レナード隊長に緊急の用があるという事でよろしいですか?」


 ビクビク怯えているティナを目の前にしたからか、青年が少したじろいだように見えた。「そうだ」と返す口調も僅かながら怒気が抑えられていた。怒鳴り返されなかった事で、ティナもひと安心した。


「えっと、レナード隊長でしたら少し前に警備隊との会議へ行かれました。お急ぎならそちらへ行かれるといいかと……」

「何? そうか……入れ違いになってしまったか」

「けっ! 帰れ帰れー」


 リュカの煽るような言葉に青年がジロリと睨みを利かす。それにティナが再度ビクリとすると、青年はごまかすように咳払いをして視線を逸らした。


「リュカ君、彼もお仕事なんですからケンカはダメです。ここで待っててもらって隊長を呼ぶという手もあったでしょう?」

「うっ……」


 そこまでは思い至らなかったのかリュカが言葉を詰まらせる。「でもでも…」と口をもごもごさせていた。


「すみませんでした。あ、あの……隊舎内には寮もあるので、生活空間に他の人が入るのは、その……」


 ティナとしてはリュカの言いたいことも理解出来る。そのため、リュカが頑なに隊舎内に青年を入れようとしない理由をオブラートに包んで説明してみた。


「あぁ……そういえば、獣人族はそういうのを嫌うんだったな」

「は、はい。ですから、リュカ君も決して悪気があった訳では……」

「いや、俺も言い過ぎだった。怖がらせてすまない」

「いえ、大丈夫です」

「……言っとくけど、お姉ちゃんはウチの副隊長の番いだからな」


 突然カミングアウトをしてきたリュカにティナは「ひぇ」と間抜けな声をあげた。そんな話しをなぜここで、しかも今するのだろうか。青年を見れば、案の定何とも言えない顔をしていた。


 これはあれだ、絶対変な勘違いをされている。特務隊の隊員ではなく、ただの番いというだけで偉そうに割って入って来たとか思われているのかもしれない。


「わ、私なんかが偉そうにすみません! あ、あの……私は一応ここで働いていまして……決して偉そうなことを言うつもりは……」

「いや……こちこそ騒がせてすまなかった」


 そう言って青年は踵を返して去っていった。去りゆく青年の背中が寂しそうだったのは何故だったのだろうか。

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