第122話 問題児がいっぱい

 翌日、久々に一人で起床したティナは、身支度を整え食堂へ向かっていた。エイダはいないが、色々あって早くに目が覚めてしまったのだ。


 思い出すのは昨夜の出来事──。


 クライヴから話があると呼ばれて行ってみれば、言われたのは「ルドラだけ呼び捨てなのはズルい」というものだった。いつもの大型犬っぽさでムスリとしたかと思えば、突然肉食獣の顔を覗かせ「呼び捨てで呼んでほしい」と迫ってきたのだ。


 押し負けたティナは、二人きりの時だけ呼び捨てで呼ぶことを了承した。


──まぁ、でも、あんなに嬉しそうにしてるならいっか。


 「クライヴ」と呼んだ時のとろけんばかりの甘い笑み。あんなに嬉しそうな顔をされたら何も言えなくなる。ふふっと一人笑いを堪えていた時であった――。


「ひいいぃぃーー!」


 命の危機を感じさせるほど切迫した悲鳴が廊下へ響き渡る。何事かと声のする方へ走りだした。


「お、おはようござ──」

「番いちゃん! そいつら何とかしてっ!」

「えっ?」


 食堂へ入った途端、声をかけられた。声がした方を見上げれば、天井から吊された照明のところに一羽の鳥がとまっていた。見覚えのあるトラフズク──あれは獣化したテオだ。夜行性の彼を朝に見かけるのは珍しい。


 そして、「そいつら」とテオが指をさした先には、大きなトラ──もとい、ジスランとアグネスがいた。二人はなぜかテオを凝視している。


「えっと……なにかあったんですか?」


 全く状況が読めないティナは、一番近くにいたダンへと声をかけた。


 こんな状況でもマイペースに食事をしていたダンが、ワンテンポ遅れて振り返る。ダンの隣では、子トラ姿のエイダが目を閉じながら、もちゃもちゃと口を動かしていた。あれは絶対寝ぼけている。


「おはよう……」

「おはようございます。あの、この状況は?」

「……テオ……トラ夫婦と初対面……」

「あっ、そういえば……」


 言われてみて気が付いた。トラ夫婦が特務隊へ仲間入りしたのはテオが不在の時だ。


 テオは何度かノルド村まで来ていたが、トラ夫婦とは顔を合わせていない。昨夜テオが帰還して魔道具について説明したときは、ジスラン達はいなかったのだ。

 

「えーと……初対面なのになぜテオさんは悲鳴を上げてるんでしょうか?」

「…………鶏肉」


 たっぷり考え込んでからダンが意味深な言葉を口にする。鶏肉とはダンの目の前にある朝ご飯のチキンソテーのことだろうか。


「えっと……」


 さらに状況が分からなくなり、ティナは他の者へと視線を向けた。すると、この食堂の主・キャロルと目が合った。


 キャロルはティナと目が合うなり、パチリとウィンクをしてくる。見た目だけなら白い髪に赤い瞳で神秘的な雰囲気なのに、相変わらずのチャラ男っぷりである。


「なんかね~、トラ夫婦がテオを獲物としてロックオンしちゃったみたいだよ」

「え、獲物!? なんでそんなことに……あっ」


 ティナには思いあたる節があった。


 トラ夫婦はここへ来る前、人里離れた山の中で生活をしていた。ほぼ野生のトラと同じような生活をしていた彼らは、狩った獲物を生で食したりもする。つまり、そんな彼らにとって「鳥」は獲物なのだ。


「ひっ! な、なんでこっち見てよだれ垂らしとるんっ!?」

「……鶏肉」

「……鶏肉」

「いやああぁぁぁ!!」


 じゅるりとよだれをすするトラ夫婦にテオがガタガタと震えだす。ダンの言った「鶏肉」とはそういうことらしい。


「い、いくらなんでも仲間を襲ったりはしなと思いますが……」

「子リスちゃん、猛獣達のあの目を見てもそう言える?」


 キャロルの指摘にティナはトラ夫婦の目を見た。そして一気に青ざめた。


「ね、完全にハンターの目をしてるでしょ。か弱い草食獣の僕なんて怖くて近寄れないよ」


 キャロルがわざとらしくぶるりと震えてみせる。ティナはそれを無視して大慌てで二人のもとへ向かった。


「ジスランさん、アグネスさん! テオさんは仲間ですよ。襲っちゃダメです!」


 両手を広げて立ちはだかるティナに、トラ夫婦が目をぱちぱちとさせる。それからすぐに気まずそうに視線を逸らした。


「……分かっている。ちょっとうずうずしただけだ」

「……野生の本能というやつだ」


 ボソリと呟かれたのは言い訳のような言葉。ちょっとで仲間を襲おうとしないでほしい。


 呆れた視線を向けると、二人がティナへとすり寄ってきた。左からジスランが、右からアグネスがぐりぐりと頭を押し付けてくる。


「もうしない」

「うむ、私もだ」

「むやみに誰かを襲っちゃダメですよ。ご飯ならキャロルさんが作ってくれますから」

「反省してる」

「同じく」


 ぐるぐる喉を鳴らしてすり寄ってくる様子は、まるでさっきの出来事をごまかそうとしているかのようだった。




◆◆◆◆◆◆




「──と、いうことがありまして……」

「ああ、だからテオがあんなに急いで出て行ったのですね」


 ティナは手紙を仕分けながら、今朝の騒動をレナードへ話していた。


 危うくトラ夫婦の朝食となるところだったテオは、ついさっきノルド村へと戻っていった。みんなの魔道具を作るためだ。「自分、しばらく帰らんから!」と半泣きで飛び去って行ったのには、もう憐れとしか言いようがない。


「特務隊はなぜこうも問題児ばかりなんでしょうか……」


 問題児ばかりというレナードからは、なんとも言えぬ苦労が伝わってくる。特務隊のみんなは優しいのだが、マイペースというか個性的というか……ちょっと自由気ままなところがあるのだ。


 この隊で一番の常識人は間違いなくレナードだろう。いや、常識人だからこそ隊長に任命されたのかもしれない。


 そんなレナードが何かを思い出したように「そういえば」と口を開いた。


「昨日クライヴとなにかありましたか?」

「えっ?」

「いえ、今日は妙に機嫌がよかったので」


 「うぐっ」という言葉が出かけるのをぎりぎりでこらえる。


 クライヴが機嫌がいいのは、間違いなく昨夜のことに違いない。呼び方ひとつで随分現金ではあるが、はしゃいでるクライヴの姿が目に浮かぶ。


 ちなみにクライヴは朝から警備隊の方へ行っているので、ティナはまだ顔を合わせていない。


──会ったら絶対「また名前を呼んで」オーラがすごそうだなぁ。


 ぶんぶん尻尾を振る幻覚までハッキリ想像できる。


「ティナ嬢、クライヴは無理を言っていませんか?」

「い、いえ、大丈夫です」

「それならよいのですが。オオカミ獣人は愛情深いですが、ちょっとしつこ──いえ、執着心が強い傾向がありますので」

「…………」


 今「しつこい」と言おうとしなかっただろうか。言い直してはいるが「執着心」という言葉もなかなかに辛辣だ。


 でも、レナードの言いたいことは何となく分かる。オオカミというのは群れで生活する生き物だ。それゆえ、オオカミは家族愛が非常に強い。


 クライヴもオオカミを祖に持つ獣人族なだけに、その傾向は非常に当てはまるものがあった。ティナに激甘なところとか、仲間以外には意外と容赦ないところとか。


 そこでふとヤキモチを妬くクライヴを思い出す。あれもまたオオカミの気質なのだろう。子供みたいにふて腐れるクライヴの姿を思い出し、ひっそりと笑いをかみしめる。


「大丈夫です。その……そういうところも可愛いと思うので」

「それを聞いて安心しました。駄犬が迷惑をかけていたら、二・三発懲らしめようかと思っていたので」

「そ、そんなことないです。クライヴ様は優しいですよ」


 クライヴの優しいところも、ちょっとダメ犬っぽいところも、すべてひっくるめて惹かれたのだ。


 しかし、そこまで考えてティナはハッとした。これではまるで惚気てるみたいではないか。あわあわしながらレナードを見れば、ニコリと優しげな微笑みを向けられる。


「ティナ嬢、これからもクライヴの手綱を握っていて下さいね」


 手綱とは──いったいクライヴは常日頃なにをやらかしているのだろうか。ティナは曖昧な笑みを浮かべながら、「はい」と答えるしかできなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る