第43話 救出劇の裏側 

「番いちゃん、大丈夫なん?」

「ああ、気を張っていたのもあるんだろう」


 クライヴはティナの手を拘束する縄を小刀で切り裂くと、痕が残ってしまっていた手首へそっと触れた。トクトクという規則的な音が伝わってきてホッと息を吐く。


 ティナが倒れるのを見た時は心臓が止まるかと思った。ルークがその身を挺してティナを受け止めなければ、強く頭を打っていたかもしれない。下敷きとなったルークは「潰れるかと思った」とか文句を言っているが、そこは無視である。


 気を利かせてテオが幌馬車の残骸から水の入った皮袋を探し出してきた。ティナの体温が高かったので、ゆっくりと水を飲ませる。……まぁ、口移しだったのは人命救助だったからやむを得ないとしよう。ルークとテオが見て見ぬフリをしていたのでティナにはバレないだろう。


「テオ、増援は誰が来るんだ?」

「んー……多分警備隊が来ると思うんよ。隊長とダンはアジトの制圧に行くらしいから」

「ああ、あれか」


 テオの言うアジトとは、ティナと王都デートの際に見つけた場所だ。市場でマークした男もそこを出入りしていたらしい。今回の件に合わせて一斉検挙に打って出たのだろう。


「そうそう、レオノーラとリュカもこっち向かってるんよ」

「レオノーラが激怒してるのが目に浮かぶな」

「そこは……うん、まぁ……否定はせんよ」


 明らかに言葉を濁したテオから察するに、この後ひと騒動ありそうだと溜め息をつく。レオノーラは結構気性が荒いのだ。


「むっ、まさか獣化した姿で来るんじゃないだろうな?」

「その方が速いやん」


 ルークの懸念している事が分かり、クライヴは内心で苦笑した。


 獣化したままならいいが、人化しようものならすっぽんぽんなのだ。服を持ってきているならいいが、多分持ってきてはいないだろう。


 クライヴも幌馬車を追いかけるために獣化したが、服を置いてきたクチだ。たまたまそれを見つけたルークが回収し、クライヴが人化し直した時に返却してくれたのだ。


 呼び寄せたオオカミ達が幌馬車を足止めしている隙に、木陰で急いで着替えたというのが救出劇の裏話だ。かっこ悪すぎてティナには知られたくない。


「キャロルも来たがってたんけど、留守番を命じられてふて腐れてたんよ」

「キャロルは非戦闘員だからやむを得まい。あの痴女はどうしたのだ?」

「フィズも獣化して来るつもりやったけど、キャロルと同じく留守番を命じられてたんよ。一応治療の準備は万全にしておくって言ってたんけど……」


 テオがチラリとティナへ視線を向けた。その意味を察してクライヴが口を開く。


「ティナはこのまま俺の家に連れていく。人族の医師を呼ぶから大丈夫だ」

「やっぱり?」


 大切な番いが攫われたのだ。獣人族がその傍を離れるはずがない。この後、ティナはクライヴの家からしばらく出してもらえないだろう。ルークとテオが仕方ないと頷き合う。


「ところで……気になってたんけど、このトラは何なん? めっちゃ番いちゃんに懐いとるやん」

「そういえば……」


 トラフズクとオオワシの鳥類コンビが揃って子トラへと視線を向ける。子トラは倒れたティナを心配してクンクン鳴き続けていた。


「ああ、こいつも捕まっていたようだ。ティナは大丈夫だからそんなに鳴くな」


 前半は鳥類コンビへ、後半は子トラへと話しかける。子トラの頭を撫でてやると少しだけ落ち着いたように見えた。


 その様子を見ていた鳥類コンビが子トラをジッと見つめる。そして意外なことを口にした。


「ふむ、獣人族の子供か。まだこんなに幼いのに攫われるとは憐れなもんだな」

「人化も出来ない年頃のようやんね」


 そう、この子トラはただのトラではない。ティナは気付いていないだろうが、れっきとした獣人族の子供だ。言葉を話さないところをみると、かなり幼いのだろう。


 獣人族の幼少期は、人化も獣化も不完全だ。自分では変化のコントロールが出来ず、どちらかの姿でいる事が多い。驚いた瞬間に変化してしまう事など日常茶飯事である。かく言うクライヴも、幼い時はオオカミ姿で庭を駆けていた記憶がある。


「それにしても、神経質なトラ獣人を手懐けるとは……流石、番いちゃんやね」

「小娘は動物に好かれすぎではないか? 副隊長というお相手がいながら……全くけしからん」


 それはクライヴも同感だ。割と社交的なレオノーラやキャロルはまだしも、癖のあるフィズや人付き合いに無頓着なダンまでも惹きつけている。リュカも普段なら警戒心が強いのに見事に懐いている。ティナに風当たりが強いように見えるルークでさえ、何だかんだでティナを気にかけているから驚きだ。


「ティナは俺を翻弄させるのが上手いな」


 誰に言うのでもなく、小さな声で呟く。すぐ傍にいた子トラには聞こえたのか、小首を傾げていた。なんでもないと言うように頭を撫でてやる。


 そうこうしているうちに特務隊のメンバーが到着した。


 テオの予想通り、レオノーラは獣化したサーバルキャット姿だ。リュカは自分で走るより速いからか、人化のままで馬に乗ってきていた。


「子リスちゃんはっ!?」

「お姉ちゃんは無事っ!?」


 血相変えてとはまさにこの事だろう。本当ティナは色んな奴らに懐かれすぎだ。


「ティナは無事だ。気を失っているが処置は済んでいる」


 ホッとしたリュカとは対照的に毛を逆立てたのはレオノーラだ。獰猛なサーバルキャットの気質を受け継ぐレオノーラの殺気に、鳥類コンビがビクリとする。テオなど枯れ枝の如く細くなってしまっている。


「子リスちゃんをこんな目に合わせて……許せないわっ!」

「落ち着け。犯人は拘束済みだ」

「手ぬるいわよ。全員喉笛食い千切ってやる」

「「「…………」」」


 クライヴ以外の三人が絶句する。牙をむき出しにするレオノーラからは、本気のオーラが出ているからだ。


「腹立たしいのは俺も同じだ。だが、奴らは警備隊へ引き渡す」

「嫌よ。それじゃ気が収まらないわ」


 激昂するレオノーラにクライヴが溜め息をつく。まるで少し前の自分を見ているようだ。


 ティナが怪我をしたのを見てカッとなったクライヴは、犯人全員を完膚なきまでに叩きのめした。テオが説得に来たが、レオノーラと同じような事を言い返した気がする。


「ティナはそれを望まない。お前が殺しなどすればティナが泣くぞ」


 諭すようにそう伝えた言葉は、自分がテオに言われた言葉と同じであった。あれは効いた。ティナが泣くと言われれば矛を収めるしかない。


 クライヴの狙い通り、レオノーラは一気に大人しくなった。チラリとティナを見て不服そうにしながらも納得してくれた。


「……ふん、分かったわよ」


 そんなひと悶着の間に、警備隊がやってくるのが見えた。護送馬車も見えるので準備は万端のようだ。


 警備隊が来たのならここへ留まる必要はない。一刻でも早くティナを休ませたい。


「俺はティナを連れて先に戻る。テオ、警備隊への報告と引き継ぎを任せていいか?」

「はいな。了解~」

「レオノーラとリュカは警備隊の手伝いを。ルークは先に戻って隊長に報告をしろ」

「承知しました」

「は~い」

「分かったわ」


 犯人の護送や幌馬車の後処理などを任せると、クライヴはティナを抱き抱えて馬へと飛び乗った。ティナから離れたがらないので子トラも一緒だ。


 向かう先は、我が家──ウォルフォード邸だ。

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