第130話 副隊長、ご愁傷様です
『いいか、ティナ。この村の人や砦の人以外の前では、おじいちゃんやアレク君のことを口にしちゃダメだよ』
『どうして?』
『おじいちゃん達は貴族だからね』
『おじいちゃんはティナのおじいちゃんだよ?』
『そうだね。でも、世の中にはそれを利用しようとする人もいるんだよ』
あの時の悲しそうな父の顔は、未だによく覚えている。当時の自分は、まだ幼子と言える年齢で、父の言ったことを理解するには、まだ難しい年頃だった。
それから数年後。ある程度大きくなり、部下に指示を出す祖父を見て「おじいちゃんは偉い人なんだぁ」ということをようやく理解し始めた。
アレクが剣術の頭角を現し始め、次期辺境伯となるのが決まったのも、この頃だった気がする。
『ねぇねぇ。アレク兄ちゃんがおじいちゃんの跡を継ぐのに、私は邪魔になるって本当?』
『……誰がそんなことを言ったんだ?』
『ちょっとそんな話しを聞いただけ』
『そんなのは嘘だから気にするな』
『そうなんだ。うん、分かった』
『いいか、ティナ。俺はティナを実の妹のように思ってる。そんなくだらないこと言う奴は全員ぶっとばしてやる』
そうだ、あの時のアレクは怒っていた。普段はニコニコしているアレクが怖い顔をするものだから、ちょっとだけ怖かったのを覚えてる。
そんな出来事から少し経ったある日、父から全てを教えられた。祖父が辺境伯という貴族であること。父がその家の長子であること。そして、母と結婚するために市井に下りたこと。
それでようやく、自分の存在がエヴァンス家にとって火種となり得ることを知った。
この国の貴族は、長子である男児が跡継ぎとなる。長子相続というやつだ。長子が跡継ぎとならないのは、よほど病弱か――はたまた大きな不祥事を起こしたか。
それゆえ、長子である父がエヴァンス家を出た際は、社交界で口さがない噂が飛び交ったそうだ。その中には、エヴァンス家の名を貶めようとするものもあったらしい。
エヴァンス家というのは、エルトーラ王国内だけではなく隣国にまで名が知られている。その理由は、隣国からの侵略を幾度となく防いできたからだ。そんな相手からすれば、庶民のティナはよい人質となる。
エヴァンス家を蹴り落としたい国内の貴族たちからしても、ティナは恰好の獲物だ。ティナがいれば次期後継者争いに口を挟むことができる。
『安心しろ。ティナは俺が一生守ってやるからさ』
そう言った従兄はとても頼もしかった。
それなのに、まさかアレク本人があんなことを言い出すなんて――。
◆◆◆◆◆
「小娘っ! さっきの話は本当なのかね!?」
「あの悪魔と親戚だなんて嘘よね? 嘘だと言って!」
「まってまって、僕らエヴァンス翁とアレクに殺されたりしないよね?」
「……するかも…」
その瞬間、四人が一気に青ざめる。ルークは硬直して動かなくなり、レオノーラはテーブルに突っ伏し、キャロルはガタガタ震え、ダンは思いきりしかめっ面になった。
隊員達にここまで恐れられているアレクはというと、既にこの場にはいない。「暗くなってきたから帰るわ。じゃあな~」と言い、さっさと帰ってしまった。実に勝手である。
その結果、残されたティナはが怒涛の如く質問責めにあっていた。
「あ、あの、皆さん落ち着いてください。いくらなんでも祖父達はそんなことしないです」
「小娘ぇ、お前は何も知らんからそんな事が言えるのだ!」
「そもそもあいつら人族──いえ、人間なのかも怪しいわよ!」
「うっ、僕思い出しちゃった……」
「人族であの動きは……すごい……」
どうしよう。自分もその血を引いているのだが。隊員達の剣幕がすごくて、とてもツッコめる状況ではない。
ワーワー大騒ぎの隊員達に、静観していたルドラが「ふーん」と何かを察したような声を上げた。
「つまり、全員あのお貴族様に負けたんだ」
図星なのか、四人の動きがピタリと止まる。そんな彼らを見て、リュカが興味津々といった様子で話に加わった。
「あの人そんなに強いんだ。ボクも手合わせしてみたいなー」
「やめとけ、少年。瞬殺されてこいつらみたいになるぞ」
「えー、やってみなきゃ分かんないじゃん」
「そう言ってる時点で、まだまだ甘いな。あれは経験してる場数が違う」
「ルドラ、そんなことが分かるの?」
やけにきっぱり言い切るルドラに、ティナが口を挟む。
アレクはここでお茶を飲んで、
「ああ見えて隙が全くなかった。俺なら絶対戦いたくないね」
「ルドラが? じゃあさ、もしかして隊長や副隊長並に強いのかな?」
「どうだろうな。案外いい勝負なんじゃないか」
ルドラの見立てにリュカが「すごーい」と目を輝かせる。
この特務隊の中では、レナードとクライヴは群を抜いて強いらしい。そんな二人並みというのが、リュカにとっては賞賛に値するらしい。
ティナとしては、アレクの強さがよく分からないだけにリュカほどの実感ない。だが、アレクと対戦経験のある四人は、ルドラの言葉に強く頷いていた。
そして、キャロルがハッと何かに気付く。それから、気まずそうな様子でおそるおそる口を開いた。
「ねぇ……副隊長、大丈夫かな」
「そ、そうだな。とんでもない障害がいたものだ」
「というか、子リスちゃんと結婚なんて無理なんじゃない」
さらりと言ってのけたレオノーラに、キャロルが慌てて周囲を確認する。クライヴが戻ってきていないか確認したようだ。クライヴはアレクを城門まで送りに行ったのだ。
「えーと……子リスちゃん。エヴァンス翁やアレクは、二人が付き合ってること知ってるの?」
「知らないと思います。帰省した際は付き合っていなかったので」
「な、なるほど……」
「では、お前が副隊長の番いであることは知っているのだろうな?」
「それも知らないはずです」
ティナの答えを聞いて、キャロルとルークが「うわぁ」と言わんばかりに顔をしかめた。
「孫を嫁に欲しいだなんて言ったら、どんな反応をするか……」
「やばいんじゃない。エヴァンス翁とアレクに叩きのめされるって」
「でも、あいつは知ってそうな口ぶりだったわよね」
「知っていて副隊長の前で婚約者だなどとふざけたことを言うかね?」
「……アレクなら……やりそう……」
「ってことは、アレクは二人の仲を認めてるってこと?」
「では、最大の難関はエヴァンス翁ということか……」
その瞬間、四人がシーンと黙り込む。
黙って話を聞いていたティナの脳裏には、帰省した際の騒ぎが思い起こされた。「儂の可愛い孫を誑かしおって」とか言ってクライヴに斬りかかる祖父の姿。あそこまで激高した祖父は初めてみたかもしれない。
──あれ、大変になる予感しかしないかも……。
クライヴと付き合っていること、ティナがクライヴの番いであること。言った瞬間に剣を抜きそうだ。
――そ、その時がきたらクライヴ様には席を外してもらおう……。
だが、ティナは知らない。
クライヴが両親や祖父、従兄にすべてを打ち明けていることを。そして、エヴァンス翁とティナの父から既に鉄拳制裁済みであることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます