第131話 背後に潜むのは

 ティナが隊員達から質問攻めにあっている頃、クライヴはレナードと共にエヴァンス家の別邸を訪れていた。


 本来ならエイダが寝ている隙にティナとイチャイチャ……ではなく、二人きりで恋人らしいひとときを過ごすつもりだった。しかし、アレクがやって来たことで、そんな余裕もなくなってしまった。


「いや~、質素な家で悪いね。王都に来る機会なんて滅多にないから、でかい邸なんて必要なくってな」

「……その割には随分使用人が多いんですね」

「……使用人なのかも怪しいとこだけどな」


 お茶と茶菓子を置いて去っていく使用人の後ろ姿を見送りながら、二人は揃って怪訝な顔をした。


 クライヴ達が通されたのは、来客をもてなすための応接室。とはいっても、室内には質素なソファとテーブルが置かれているくらいで、貴族の家にあるような華美な装飾など一切ない。この屋敷自体も「ちょっと裕福な商人の家」くらいの規模で、とても格式ある辺境伯の別邸とは思えないものであった。


 辺境を守護する役割があるエヴァンス家は、自領を離れることは滅多にない。それゆえ、王都に大きな屋敷を必要としない。そこまでは何とか理解できる。


 ──が、家以上に気になる点があった。


 それは、使用人の身のこなしだ。一見するとただの使用人なのだが、全員足音がほとんどしない。それに、こちらの死角を塞がないよう、立ち位置に配慮して行動している。どう考えてもただの使用人ではない。


「そう警戒すんなって。表向きは使用人だが、実際はうちの諜報員なんだ。人数が多いのは、俺が来るのに合わせて他の地域からも集まったからだろ」

「……それは、私たちが聞いてもいい話なのですか」

「そこはあれだ。お前らを信用してるからな」

「信用って……俺らが何か言ったらどうするんだよ」

「大丈夫だって。顔がバレたくらいで、仕事に支障なんて出ないさ」


 そう言ってアレクがニヤリと挑戦的に笑う。その顔には「うちの諜報員は優秀だからな」と書かれていた。


 確かにエヴァンス家の情報収集能力は高い。辺境にいながら、王都の出来事をしっかり把握しているくらいだ。おそらく、変装くらいお手のものということだろう。


 クライヴもレナードも元より言いふらすつもりなどない。それよりもクライヴはアレクに聞いておきたいことがあった。


「アレク。さっきのことだが、なんで突然ティナとの関係をバラしたんだ」

「ああ、ティナが俺の婚約者ってことか」

「……一発殴っていいか?」


 この期に及んで、ふざけたことをぬかすアレクに思わず殺気を漏らす。


 アレクにはティナが自分の番いであることを伝えたはずだ。獣人族にとって番いがどれだけ大切な存在か知らないはずがないだろうに。


 もう本当にこいつ殴ってもいいかな、などと本気で考え出す。握った拳がミシリと嫌な音を上げた。


 その時、ゴホンという咳払いが割って入った。


「アレク、クライヴをからかうのもほどほどにして下さい」

「いやぁ、こいつの反応が楽しくって」

「てっめぇ……!」


 クライヴはギリリと奥歯を噛んだ。こちらを嘲笑うかのようなニヤニヤ顔が余計腹が立つ。


「獣人族にそういう冗談は通じません。駄犬が暴れると面倒なので、今後はやめて下さい。それよりも、ティナ嬢との関係を口にしたのは、今後を見越してのことですか?」

「さすがはレナード。相変わらず勘がいいな。誰かさんとは大違い」

「どういうことだ?」


 『誰か』と揶揄されたクライヴは、会話の意味が分からず、ムッと眉根にシワを作った。ティナが関わることを、二人だけで話しているのは何とも気分が悪い。


 だが、レナードからは蔑むような冷たい視線を向けられた。相変わらずこの上司はあたりがキツい。


「……クライヴ。アレクはお前とティナ嬢の結婚のために、足場固めをしてくれているのですよ」

「は? ティナがエヴァンス家の縁者だということを公表して……っ!」


 何になる、と言おうとしてハッとする。


 ティナがクライヴの──四家であるウォルフォード家のもとへ嫁入りするとなると、嫌でも注目を浴びる。その中には、庶民であるティナが獣人貴族のもとへ嫁ぐことを快く思わないものもいるだろう。実際、レナードが庶民の女性を娶った時も、少なからず嫌がらせがあったのだ。


「ティナがエヴァンス家の正当な血筋だと分かれば、そう簡単に手を出す奴はいないだろ」

「そうですね。エヴァンス家がバックにいるとなれば、誰もバカな真似はしないでしょう」

「それにだな……」


 アレクはもったいぶるように言葉を止めて、テーブルの上にあるクッキーを口の中へと放り投げた。サクサクという小気味よい音が室内に響く。


「ティナのことだから、身分差とか気にしそうだろ? 周りがエヴァンス家の者だと勝手に騒ぎ立ててくれれば、お前もアプローチしやすくなると思ってな」

「っ……アレク!」

「おう、存分に褒めたたえろ」

「ただの剣術バカで脳筋だと思っていたが、少しはいいところもあるんだな」

「しばくぞ、てめぇ」


 笑顔のアレクが低い声でイラつきをあらわにする。クライヴとしては、素直に感謝を述べたつもりなのだが、どうやら言い方が悪かったらしい。


 剣呑な空気が流れかけた時、カチャリという音が聞こえた。レナードが紅茶のカップを置いた音だ。 


「……実際のところは、クライヴのもとへ嫁がせることで、ティナ嬢の安全を確保したいという思惑ですか?」

「バレたか。いやぁ、可愛い妹分がまた誘拐されたらたまったもんじゃないからな」


 「誘拐」と聞いたレナードが、無言でクライヴの方を見る。その目は「あの事件を言ったのか」という圧力があった。それに即座に首を左右に振る。言ってはいないが、アレクにはバレている。だが、それを今言う必要はない。


 どこまで伝わったか分からないが、レナードはすぐにアレクへと向き直った。


「もしかして、今回王都へ来たのは、ティナ嬢のことをエヴァンス家の籍に戻すためですか?」

「いやいや、どうせクライヴと結婚すれば貴族になるんだ。今さら籍は変えないさ」

「では、何の用で王都に来たのですか?」

「ああ、それな。春にエヴァンス家を継ぐことが決まったから、その報告に来たんだ」


 軽い調子で語られた内容に、クライヴもレナードも一瞬何を言われたか理解ができなかった。たっぷりと間を空けてから、訝しげな顔のレナードがゆっくりと口を開く。


「……すみません、もう一度いいですか」

「だから、春になったら俺がエヴァンス家を継ぐんだよ。その報告も兼ねて王都に来たってわけだ」


 クライヴも聞き間違いかと思ったが、そうではなかったらしい。再度告げられた内容は一度目と同じ内容だった。


 エヴァンス家は現在、アレクとティナの祖父であるエヴァンス翁が当主を名乗っている。年齢的には引退していてもおかしくないのだが、彼は今なお前線で活躍する生粋の軍人だ。クライヴも辺境視察の際、嫌というほど目の当たりにしてきた。


「まさか、エヴァンス翁に何かあったのか?」

「いんや、ジジイは普通に元気だぞ」

「じゃあ、なんで突然……」

「突然ってわけでもないさ。もともと少しずつ俺が継ぐ準備はしていたからな。まぁ、ジジイがぎっくり腰になって腰を痛めたってのも理由だけど」

「ぎっくり腰……」


 まさかの言葉に何と言っていいか悩む。あの豪傑といえど、寄る年波には勝てないということか。隣からも似たような雰囲気を感じるので、きっとレナードも同じ気持ちに違いない。


 とりあえず今度見舞いの品でも送ろう。そんなことを考えていると、さらに衝撃的な言葉が続けられた。


「あとは例の犯罪組織の残党を捕獲した報告にな。ほら、クライヴも言ってたろ。『他国にいる奴らまで捕らえきれていない』ってさ」

「は? ……はぁ!? お、お前……まさか隣国に行ったのかっ!?」

「いやぁ、ちょっと休暇で遠出したら奴ら絡みの事件に巻き込まれてな」


 けらけらと笑うアレクに絶句する。


『そうだなぁ……可愛い妹分を怖がらせた報いはきっちり受けてもらわないといけないよな』

巻き込まれて、反撃をする分には問題ないだろう』


 砦の視察に行った際、アレクはこう言っていた。ティナが誘拐されたことに怒りを覚えていたのは知っているが、まさか本気で行動に移すとは。


「……俺の番いのバックが最強すぎる」


 ポツリと呟いた一言に、次期辺境伯様は歯を見せて屈託ない笑顔を見せた。

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