厄介な第三勢力 後編

「大変! 大変なんよー!」


 空から偵察していたテオが大慌てでやってきたのは、制限時間を半分ほど過ぎた頃だった。


「どうした? 何かあったのか?」

「こ、子供らが森に入ってしまったんよ!」


 予想外の報告に一同の表情が揃って険しくなる。中でもクライヴの動揺は激しかった。


「どういうことだ! 隊長たちが子供たちを見ていたんじゃないのかっ!」

「ちょっ……ゆ、揺らさんといて……」


 取り乱したクライヴがテオをガクガクと揺さぶる。身の危険を感じたテオは、隙を見て逃げるように木の上へと避難した。


「テオ! 説明しろ!」

「ちゃんと説明するから、そんな睨まんといて」


 若干細くなりつつあるテオは、事の成り行きを語り出した。


 クライヴたちが森へと入った後、子供たちはみんなで石拾いをして遊んでいた。お目当ての石を見つけては、楽しそうにはしゃいでいたそうだ。


 そんな中、石拾いに飽きたノアが、水辺に興味を持ち始めた。最初はアグネスに止められていたが、魚が見たいと譲らなかったらしい。


 ノアはアグネスの監視のもと、岩の上から川を眺めていた。だが、生きた魚を見るのが初めてなノアは、魚を見つけた瞬間に大興奮となった。


 フガフガ鼻息を鳴らし、しっぽの毛を逆立てる。魚を追うように岩の上を騒がしく移動し──そして、うっかり足を滑らせた。


 幸いにも無事に救出されたが、そちらに気を取られている隙に、他の子供たちがいなくなっていたそうだ。


「姉弟揃って川に落ちるとか……トラは川に落ちる習性でもあるのか」


 クライヴは思わず頭を抱えた。


 なにせ、ノアの姉であるエイダも、過去に川で溺れたことがある。それが原因で両親と生き別れることになったのだ。


 二人の父であるジスランが「そんな習性などないぞ」と真面目に反論しているが、クライヴには聞こえてはいない。


「多分やけど、子供らはこの演習に参加するつもりやと思うんよ」

「うわー、ありそうな話し」

「そうなると、先導してるのはエイダかしら」

「うむ。さすがは我が娘だ」

「言ってる場合か!」


 思わずのんきなトラの背をバシッと叩く。


 今この森には警備隊チームが張った罠がある。それにかかって子供たちが怪我をすることでもあれば……。


「これより子供たちの捜索を最優先とする!」

「むっ? 演習はどうするのだ?」

「そんなの後回しだ!」


 こうして子供たちの保護──もとい、捕獲作戦が始まった。


 最初にクライヴたちは、子供たちのやりそうなことを考えた。子供たちは自分たちも特務隊の一員だと思っている。森に入ったのなら、警備隊チームを襲撃するはずだ。


 子供たちの行動パターンを予測し、ここの地形と合わせていく。子供たちの足で行けそうな範囲も考慮すれば、自ずと候補は絞り込まれていった。


「くそっ、匂いがすればすぐに見つけられるのに」

「我も無理だな。昼食の匂いしか分からん」

「だから、まじめにやれ!」


 とはいっても、ジスランの言うように、周囲は河原からの匂いしかしない。おそらくルドラの薬の効果もまだ残っているのだろう。仕方ないので近場の候補地から順に探すことにした。


 候補地の一つ目は小川の近く。匂いも音も隠せるので身を隠すにはうってつけだ。だが、残念ながら子供たちの痕跡はなかった。


 そこからさらに、二つ目、三つ目の候補地を巡っていく。そこにも何の痕跡も見当たらなかった。


「これ以上奥に行っているとは思えないが……」


 次の候補地へ向かう途中、リュカが何かを見つけて足を止めた。


 静かにと合図を送ってくると、進行方向にある茂みを指差した。よく見ると、そこには茂みからはみ出る白いしっぽが――しかも、ふさふさと動いている。


「……ルイだな」


 見覚えのある純白のしっぽは、クライヴの息子、双子の弟の方だ。獣化しているのは奇襲をかけるためか。はたまた、身を隠すためか。


 クライヴは何とも言えぬ複雑な気持ちで、愛息子の小さなしっぽを見据えた。父親としては見つかって良かったと安堵する反面、副隊長としてはツメの甘さを嘆きたい。あれでは隠れたことにすらなっていない。


「こっちには気付いてないみたいだね。とりあえず、捕獲してくるよ」


 第一発見者のリュカが静かに、かつ素早く茂みへと近付いていく。その間にも、白いしっぽはフワフワと揺れている。


 リュカはルイの背後に回り込むと、フワフワ揺れるしっぽをむんずと掴んで、茂みから引きずり出した。


「よし、一人目捕獲!」

「うわぁ! リュ、リュカ!? な、なんで見つかったの!?」

「しっぽが丸見えなんだよ」

「えっー!」


 純白の毛色の子オオカミが本気で驚く。どうやら完璧に隠れているつもりだったらしい。


 子オオカミはじたばたもがいたが、びくともしないと分かると、あっさり大人しくなった。諦めが早い。


「ルイ、他のみんなはどこにいる?」

「えっとねー、それは内緒」


 ルイが小さな肉球おててでむぎゅっと口を塞ぐ仕草をした。


 友達をかばっているのだろうが、ある程度は予測できる。間違いなく他の子供たちもこの近くにいる。なにせ子供たちは、隊舎で悪戯を仕掛けるときもチームプレーをしているからだ。


 案の定、少し歩いたところですぐに次なる奇襲を受けた。


「ノーラお姉さま! 覚悟ですわっ!」


 勇ましい声で飛びかかってきたのは獣化したクローディアだった。身軽さを活かし、木の上に潜んでいたらしい。死角からレオノーラへと襲いかかる。


 だが、狙った相手が悪かった。


 レオノーラは獰猛なサーバルキャット。向けられた敵意には容赦しない。たとえそれが幼い子供でもだ。


 レオノーラは苦もなくクローディアの攻撃を避けると、地面に着地したクローディアの首根っこを押さえ付けた。ふぎゃ、と憐れな悲鳴がこだまする。


「甘いわね。奇襲をかけるなら黙ってやりなさい」

「ふふん、甘いのはそちらですわよ」


 捕まってもドヤ顔をするクローディアに、レオノーラの形の良い眉がピクリと動く。


「あー……もしかして、そっちに気を取られてる隙に、フィルが襲う作戦やった?」


 どこか気まずげな声に、全員がテオの方を振り返る。


 いつの間にやら人化したテオの腕には、一匹の子オオカミが捕獲されていた。クライヴによく似たグレーの毛色──双子の兄・フィルだ。


「いやぁ、突然襲われたもんで、反射的に捕まえちゃったんよ」

「捕まっちゃった……」


 フィルがしょんぼりとうなだれる。


 おそらくサイズ的にフクロウなら確実に狩れるとでも思ったのだろう。ああ見えてテオは、特務隊でも上位の実力者だというのに。


「いやー、なんか視線感じるなぁと思ったんよ。どこかのトラに毎日よだれ垂らされとったおかげかね」

「フクロウのくせにやるじゃん」

「だーかーらー、フクロウちゃうー!」


 なぜかフィルがますますしょんぼりしていく。多分「こんな奴に捕まったのか」とか考えているのだろう。


「とにかく、これで三人確保できたな」


 順調と言えば順調だ。だが、懸念事項もある。


 子供たちを捕獲する度、クライヴたちの手もふさがっていく。ここで警備隊チームと出くわしたら、クライヴとジスランで対応しなくてはならない。いくら獣人族とはいえ、手がふさがっていては戦えるものも戦えない。


「エイダちゃん、頑張ってー!」

「リアーナちゃんも頑張ってー!」

「目にもの見せてやるのよ!」


 捕獲済みの子供たちが元気な声援をおくる。


 少なくとも、この声が届く範囲に二人はいるということだ。それなら、早めに二人を確保して、隊長のところまで送り返さねば。


 しかしここで、クライヴは別のことが気になった。


「お前ら、なんで俺らを襲う気満々なんだ?」

「父様たちを倒したらボクたちの勝ち!」

「粉の袋を破ったらボクたちの勝ち!」

「つまり、私たちが最強なのですわ!」


 むふんと鼻を鳴らす子オオカミと子ヒョウに、クライヴは予想が大きく外れたことを悟った。


 てっきり警備隊チームを強襲すると思っていたが、子供たちは自らで勝ちを掴みに来たらしい。まさか第三勢力が出来上がっているとは。


「それなら、負けてられないねー」

「子供に負けたら子リスちゃんに笑われるわね」

「そやね。かっこ悪いところ見せられんね」

「お前ら、手が塞がってるからって観戦ムードになるんじゃない。そっちも狙われる可能性があるんだから警戒は怠るな」


 なにせ、残ったうちの一人はエイダだ。一番厄介といっても過言ではない。


 一番年長ということもあるが、エイダは小さな頃から隊員たちに鍛えてもらってきた。もともとの身体能力も高い。人化と獣化の使い分けも、他の子たちより格段に上だ。


 最大限に感覚を研ぎ澄まして周囲を警戒していると、後方の茂みががさりと揺れた。反射的に全員が振り返る。


「──っ! そっちはダミーだ!」


 クライヴが声を張るとほぼ同時に、音のした方とは逆の茂みからエイダが飛び出してきた。人化したままのエイダは、軽やかな走りで一番近くにいたジスランを狙う。


 狙われたジスランは、背を向けていたにもかかわらず、大きく横へと飛んだ。粉袋を破ろうとしたエイダの一閃が空振りに終わる。


 その隙を狙って、クライヴがエイダ捕獲へと動き出す。


 だが、エイダもそこは想定していたようだった。着地と同時に器用に前転すると、あっという間に体勢を整えた。そして、迫りくるクライヴに向かってにんまりと笑った。


「くらえっ!」


 エイダがクライヴめがけて何かを投げつける。


 石、木の枝、場合によっては武器──クライヴは走りながら目を細めて「何か」を見極めようとする。しかし、予想に反して、その「何か」は空中でうねりと動いた。


「リアーナかっ!?」

「シャーッ!」


 噛みつく気満々のヘビは獣化したリアーナだった。リアーナは毒蛇を祖に持つヘビ獣人。ある程度毒を調整するとは思うが、噛まれればひとたまりもない。


「誰だこんな作戦たてたのはっ!」

「むふふ、エイダだよ。頭から潰すのは基本だもーん」


 エイダが得意気に腕を組んで、小悪魔な笑みで笑う。作戦的に間違いではないが、何というえげつない作戦か。観客側からも「うわぁ」という声が聞こえてくる。


 クライヴは片足で走っていた勢いを殺し、間一髪ながらも体をひねってリアーナを回避した。だが、地面に落ちたリアーナが体をくねらせて、再びクライヴへと襲いかかる。


 噛まれないよう捕獲するには、頭を押さえつけるしかない。クライヴはリアーナが再度飛びかかってきたところを捕まえることにした。


 迫り来るリアーナ。迎え撃つクライヴ。謎の緊張感が走る。


 だが、そこへ大きな巨体が割って入った。


「これ、遊びもほどほどにせんといかんぞ」

「うぎゅ!」


 しゅるしゅると地面を走るリアーナをジスランが前足で踏みつける。子供たちの狙いがクライヴに向いた隙を狙ってのことだった。


 クライヴはリアーナが潰されていないか気になったが、尻尾をくねらせて抵抗を試みているので無事なようだ。ジスランもちゃんと力加減をしているのだろう。そうなれば、残りは──。


「むむっ、みんな捕まっちゃった」


 のんびり観戦している隙を狙い、エイダの死角から一気に距離を詰める。そして、後から羽交い絞めにして捕獲した。もちろんちゃんと力加減はしている。


「これで全員捕獲か……」

「うぎゃ! はなせー!」

「大人しくしてないと昼飯は抜きだからな」


 途端にエイダが大人しくなる。食いしん坊は相変わらずだ。


「はぁ、とんだ演習になったな」

「とりあえず、子供たちを戻してきましょうか」

「そうやね。制限時間もまだ──」


 この時のクライヴたちは、子供たちを捕獲したことでほんの僅かに油断していた。


 パキッという木の枝が折れた音がしたかと思えば、クライヴたちの頭上から大きな網が降ってくる。全員一斉に回避行動に出たが、間に合わなかった。


「ぬおぉー、とれん!」

「ちょっ……ジスラン、余計絡まるから動かないでよ」

「ひぃ! つ、爪っ! 危ないんよ!」

「ちっ、油断したわ」

「全員子供たちは逃がすなよ!」


 網の中はカオスだ。もがけばもがくほど網からは抜け出せない。子供たちを抱えているからヘタに刃物を使うわけにもいかない。


「よし、今だ!」

「行け行けー!」


 そこへ残っていた警備隊チームが一斉に飛び出してきた。これはマズいと思うが、思うように動くことができない。


 その間に、警備隊チームは鮮やかな手際でクライヴたちの粉袋を切り裂いていった。無情にもそこで制限時間を知らせる笛の音が鳴り響く。


「ま、負けた……」


 警備隊チームの生き残りは九人。特務隊チームは全滅。まさかの大敗だった。


「うわー、全滅してやんの。だっさーい」

「エイダ……誰のせいだと思ってるんだ」


 元凶たる子供たちが揃って首を傾げる。可愛い。可愛いけども、今ばかりは小憎たらしい。


 足取り重く戻ったクライヴたちは、レナードから全滅したことに対し、小言を言われる羽目となった。


 しかし、午後の部でも特務隊チームは大敗を喫することとなる。その裏には、またしても厄介な第三勢力の介入があった。

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