お姫様は王子様に憧れる
ティナがクライヴと結婚して六年が経った。
獣人貴族・ウォルフォード家の女主人になるというのは大変だったが、ティナが悩む度にクライヴや義理の両親が丁寧に教えてくれた。そのおかげもあり、今では三人の子育てとちょっと手のかかる夫の相手をしつつも、屋敷内の切り盛りができるようになった。
女主人として、妻として、母として、充実した日々を送っていたティナだったが、今日は朝から忙しさに追われていた。というのも、今日は──。
「あーちゃん、誕生日おめでとう!」
「あーちゃん、三歳おめでとう!」
そう、今日はウォルフォード家の末娘・アリアの三歳の誕生日なのだ。このためにティナは、女主人としての仕事を早々に終わらせ、誕生日会の準備を進めてきた。
子供たちのケーキは毎年ティナ自ら手作りしている。料理人に作ってもらった方が断然おいしいのだが、自分も幼いとき母に作ってもらうケーキが毎年楽しみだった。そういった思い出を子供たちにも作ってあげたいのだ。
ケーキ作りはそこそこ大変だが、母から教わったレシピは未だにちゃんと頭に入っている。それよりも大変なのは、子供たちにバレないようにすることだ。
なにせ子供たちはオオカミ獣人だ。嗅覚が非常に優れている。「ははうえどこ~」とか言いながら、ティナの匂いを辿ってキッチンまで来かねないのだ。
そのため、毎年この日は使用人のみんなが子供たちをキッチンから遠ざけてくれる。遊びという名の見張りがつくのだ。庭から聞こえてきた楽しそうな声は、きっとみんなで追いかけっこでもしていたのだろう。彼らの優秀さには頭が上がらない。
そうして出来上がったケーキを、アリアの兄である双子のフィルとルイが運んでくる。夕食後にケーキがあると言ったら、自分たちが運ぶと言いだしたのだ。妹のためにケーキを運びたいのだろうが、二人とも足元を見ていないので少々危なっかしい。クライヴなど椅子から腰を浮かし、ハラハラと見守っている。
「わぁ! アリちゃんのケーキ~!」
本日の主役であるアリアが、大好きなフルーツがふんだんに乗ったケーキを見て目を輝かせた。はやる気持ちが抑えきれないのか、足までジタバタさせている。子供用のイスは少し高めになっているので、後に反り返らないかが心配だ。
そうこうしているうちに、フィルとルイが無事テーブルまでケーキを運びきった。存分に褒めてあげると、二人は大変得意げな笑みを浮かべていた。
「アリちゃんイチゴ! イチゴほしい!」
「ちゃんとあるから少し落ち着きましょうね」
「いま取り分けるから座って待ってような」
ついに椅子から身を乗り出したアリアをクライヴが落ち着かせる。ケーキ運搬を終えたフィルとルイも、いつの間には席についていた。子供たちは食べる準備完了のようだ。
ケーキを凝視する子供たちからの圧を感じつつ、ティナはケーキを皿へと取り分けていく。
「はい、どうぞ」
つやつやのフルーツが乗ったケーキを目の前に、アリアが「ふわぁ~」と感激の声を漏らす。すぐに「いたらきまーす」と行儀よく挨拶をし、フォークで豪快にイチゴをブッ刺した。
それを見ていたフィルとルイは、何やら自分のイチゴをフォークの上に乗せ始めた。何をするのかと見ていると、二人はそのイチゴをアリアへと差し出した。
「あーちゃんにあげる」
「ボクのもあげる」
「わぁ! にーに、あいがと!」
イチゴが二つになってより豪華になったケーキを見て、アリアが満面の笑みで笑う。
子供たちのやり取りを見ていたティナは、チラリとクライヴへと視線を向けた。目が合ったクライヴは口の端を上げてコクリと頷いた。
「それじゃ、フィルには父様のイチゴをあげよう」
「ルイには母様のイチゴをあげるわね」
ぽっかり空いた場所にそれぞれイチゴを乗せる。元通りになったケーキに、フィルとルイは「わぁ」と嬉しそうな声をあげた。やはり二人も本当はイチゴが食べたかったらしい。それでも妹に譲るなんて、優しい子たちだ。
「アリアも三歳か。もうレディの仲間入りだな」
「うん。アリちゃん、もうレディーなの」
「その服も似合ってる。最高に可愛いぞ」
「えへへ~」
レディは口の周りを生クリームだらけにしないと思うのだが。まぁ、まだ子供なので良しとしよう。
クライヴが褒めた服は、誕生日プレゼントとしてクライヴが特注したものだ。可愛いことには可愛いのだが、ちょっとフリフリが多くて実用性には欠ける。それでも、アリアが大層気にいているのは、絵本で読んだお姫様に強い憧れを抱いているからだろう。
「アリちゃんはもうじんかできるから、かわいーおようふくきれるの!」
むふんと自慢気に鼻を鳴らす娘に、クライヴがデレデレと締まりのない顔になる。向かい側でフィルとルイがケーキを狙っているので気を付けてほしい。
本来獣人族が獣化期を経て人化できるようになるのは、四歳前後とされている。しかし、アリアは誕生日の一ヶ月前──つまりまだ二歳の時に人化が出来るようになった。まだ完全習得とまではいかないが、ある程度は自分の意思で変化ができる。異例の早さにクライヴや義理の両親は大いに驚いていた。
アリアは生まれたときから気配に敏感だった。それゆえ、コツを掴むのも上手いのだろうというのが大人たちの見解だ。多分、年上の子たちに教わったのも大きかったのだろう。アリアより半年ほど先に生まれたノアも人化が非常に早かった。
ちなみに「エイダちゃんのおしえかたはヘタ」というのが二人の総意だ。エイダは大変不服そうだったが、ティナとしてはふんばる子トラが思い出され、苦笑するしかなかった。
「アリアは大きくなったら何になるんだ? お花屋さんか? お菓子屋さんか?」
「えっと……えっとね~……」
「あのね、あのね! フィルは大きくなったら父様みたいになる!」
「ルイも! 父様みたいに特務隊に入るんだ!」
考え込むアリアに被せるように、フィルとルイが勢いよく割り込んでくる。
二人は以前、野外演習にこっそり付いていったことがある。そこでクライヴ達が戦うのを間近で見て、特務隊に強い憧れを抱くようになったのだ。最近ではよく庭でちゃんばらごっこをしている。
クライヴ曰く、フィルは直感で体が動くタイプ、ルイは頭を使って戦うタイプだそうだ。双子でも戦い方は似ないらしい。
「そうか~、父様みたいになりたいのか。今度休みの時に訓練しような~」
息子たちにリスペクトされたのがよほど嬉しいのか、クライヴはものすごくデレデレしていた。
クライヴのことだから、アリアにも「とーさまのおよめさんになる」とか言ってほしいのだろう。よく分からないが、娘を持つ父親はそういうのに憧れるらしい。
アリアが言葉を話し始めた時など、「とーちゃ、しゅき!」と言われて感動でむせび泣いていた。まぁ、アリアが生まれた直後は泣かれてばかりいたので、気持ちはわからないでもないが。
そんなアリアはというと、首を右に左にと傾げて考え込んでいた。三歳になりたての幼児にはまだ難しい質問だったのかもしれない。
だが、急に何かを思い出したようにハッと目を見開いた。ティナはその顔に何となく嫌な予感を覚えた。
「アリちゃんねー。ルドラのおよめさんになる~」
予感的中である。三歳にして嫁入り宣言。しかも、満面の笑顔で。
案の定クライヴの笑顔が凍り付いた。
「ア、アリア……そ、それは……なぜ……」
「あなた、落ち着いて」
アリアがルドラにご執心なことをティナは知っている。クライヴに知られたらいろいろ面倒になりそうなので、アリアには「父様には内緒よ」と教えていたのだ。
やはり子供に「内緒」というのは難しいらしい。そう痛感しつつ、現実を飲み込めないでいるクライヴの肩を叩く。クライヴはしばらくわなわなと肩をふるわせて動揺していたが、やがてその気持ちが怒りへと変わっていった。
「あのヘビ野郎っ! うちの可愛い娘になにしやがった!」
「はいはい。とりあえず、落ち着いてちょうだい」
こうなることが分かっていたから黙っていたというのに。ティナは立ち上がったクライヴをどうどうと宥めた。
そこへ、可愛い声が割って入る。
「とーさま、ルドラいじめちゃだめー」
アリアは子供用のイスをうんしょうんしょと降りると、こちらにやって来てクライヴをぺちぺち叩き始めた。どう見ても攻撃力ゼロだ。
しかし、クライヴにはこれがとどめの一撃となった。自分よりルドラを庇ったことに大変なショックを受け、絶望的な顔で崩れ落ちる。
「もう、大袈裟なんだから」
「アリアが……アリアがぁ……」
子供たちが不思議そうなものを見るかのようにクライヴを見つめる。ティナは仕方なく、事のいきさつを話すことにした。
「あのね、この前隊舎に遊びに行ったでしょ? その時ルドラに助けてもらったみたいなの」
それは子供たちを連れて隊舎を訪れた時のことだ。
この日はクローディアやリアーナなど、子供たち全員が遊びに来ていた。仲良しな子供たちは、顔を合わせるや否や、さっそく追いかけっこを始めた。
しかし、ティナがちょっと目を離した隙に、アリアが他の子の真似をして木に登り始めたのだ。
上の子たちの真似をしたいお年頃のアリアは、負けず嫌いを発揮して上へ上へと登っていく。だが、ふと下を見てしまったのか、怖くて動けなくなってしまった。恐怖で獣化したアリアは、樹上で震えながらピーピー鳴くばかり。助けようにも結構な高さがある。
そこに現れたのがルドラだった。
「ルドラかっこよかったのー」
ルドラはあっという間に木に登り、アリアを抱きかかえて降りてきた。アリアにしてみたらピンチを助けてくれた王子様のように見えたのだろう。
それ以来、アリアはルドラの話ばかりするようになった。
「大切に育ててきた娘が……」
話を聞いたクライヴがさめざめと泣く。そんな情けない父の背を、息子たちがよしよしとさすっていた。
それで持ち直したのか、クライヴが勢いよく起き上がる。
「アリア、あいつだけはダメだ。陰湿だし、ムカつくし、性格悪いし、ムカつくし!」
ムカつくを二回言った。どれだけルドラのことが嫌いなんだ。
クライヴとルドラは初めて出会って以来、未だに仲が悪い。ルドラはオオカミ──というか、クライヴにだけ効く薬を開発しているし、クライヴもクライヴでルドラと顔を合わせれば突っかかってばかりいる。あれでよく同じ隊でやっていけるものだ。
「父様、ルドラは楽しいよ」
「一緒に遊んでくれるよ」
父を慰めていたはずの双子がルドラ支持へと回る。そういえば、ルドラは二人のチャンバラごっこにも付き合ってあげていた。本人は子供の世話なんて面倒とか言っているが、何だかんだで面倒見はいい方なのだ。
「なんてことだ! フィルとルイまでもがヘビ野郎の毒牙にかかっている!」
「そういうこと言わないの。別に遊んでもらうくらいいいでしょ」
「よくない! あいつのせいでうちの子たちの性格が歪んだらどうするんだ!」
さすがに子供の前でそういうことを言うのはどうなのか。別にルドラは性格が歪んでいるわけではないと思うのだが。
クライヴを諫めようとした時、隣から「むぅ」という唸り声が聞こえてきた。唸り声の主――アリアを見れば、不満そうに口をへの字に曲げていた。
これは……かなりマズい気がする。そう思ったが、時すでに遅し。
「とーさまきらいっ!」
案の定、アリアが盛大にへそを曲げてしまった。憧れの王子様を貶され、もとからぷっくりした頬を、さらに膨らませた。怒り心頭といった様子だ。
愛娘に力いっぱい嫌いと言われたクライヴはというと、糸が切れたかのようにふらりと床に倒れ込んだ。言わんこっちゃない。
「アリア、お父様はルドラのことをいじめた訳じゃないのよ」
「やっ! とーさまなんてだいっきらい!」
嫌いから大嫌いへの昇格。クライヴは今度こそ再起不能のノックアウトとなっていた。
結局この日以降、クライヴはしばらくアリアから無視されることとなった。もちろん毎日のように嘆いていたのは言うまでもない。
「アリアに嫌われた……」
「はいはい、私は嫌いにならないから安心してちょうだい」
怒るアリアといい年して泣くクライヴ。二人を慰めるのは結構大変だった。
なお、どこからかこのことを聞いたルドラは、お腹を抱えて大爆笑したらしい。
オオカミ副隊長は番いを口説きたい すず @suzu0508
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