第63話 口は災いのもと
ある日、レナードから全員へ召集がかかった。なんでも大事な報告があるらしい。
外でエイダを遊ばせていたティナも、何かあったのかと不安に思いながら食堂へと向かう。意気揚々とついてくるエイダは、おやつの時間と勘違いしているのかもしれない。
食堂についてみれば、既にみんなが揃っていた。夜行性のテオまでもがいるということは、やはり重要な案件なのだろうか。クライヴに手招きされて、隣へ腰を下ろす。エイダは膝の上をご所望なので抱っこしておく。
だが、レナードは話し出す気配はない。どうしたのかと不思議に思っていると、二人の人物が現れた。数日ぶりに見かけるフィズとアルヴィンだ。
「あらぁ、もう揃っていたのぉ。それじゃ改めて紹介するわねぇ。この人が私の番いよぉ」
そう言って、フィズがアルヴィンの腕を抱く。アルヴィンは照れくさそうにしながら「あー……ども」などと挨拶をする。
そうか、これはフィズの番いが見つかった報告か。幸せそうな二人にティナも自然と笑みを浮かべる。
だが、周囲の反応は少々違っていた。
「ねぇ……まさか大事な報告って、これ?」
訝しげに切り出したのは、レオノーラだ。それをきっかけに次々と不満の声が上がる。
「何か大事件でもあったのかと思ったではないか」
「……事件じゃなくて良かった……」
「フィズとおっちゃんのラブラブ具合を見せられてもさー」
「とりあえず、全隊長さんがまだ生きとって安心したんよ」
「フィズの餌食になるなんて、ご愁傷様」
口々に上がるのは、お祝いの言葉とは程遠い。隊員達の無関心具合が酷すぎる。
ティナがクライヴの番いだと判明した時は、獣化してまで様子を見に来ていたではないか。この違いは何なのだろうか。ついでにフィズへの信頼のなさもひどい。
「おっちゃん……」
リュカの「おっちゃん」発言に、アルヴィンが地味に傷付いていた。静かに項垂れる様子は哀愁すら漂っている。
彼は実力で全隊長まで上り詰めただけあり、がっちりとした体格をしている。その上、壮年の男性らしく顎ヒゲを生やしていた。ちょっと可哀想だが、15歳のリュカからすれば「おっちゃん」と感じるのだろう。
「大丈夫、渋くてとってもかっこいいわよぉ。私はどんなアルヴィンでも愛してるわぁ」
落ち込むアルヴィンを慰めるフィズは、組んだ腕にしなりとしなだれかかった。無意識なのか意図的なのか、豊満なお胸がバッチリ腕に当たっている。
それはアルヴィンも気付いたらしい。盛大に戸惑っている。どうやら全隊長とはいえ、妖艶美女の誘惑には勝てないようだ。
「おぉ~、うらやましい」
「エロウサギ」
「サイテー」
「キャロルさん、最低です……」
年中発情期野郎ことキャロルの最低発言に、レオノーラとリュカだけでなく、ティナも軽蔑の言葉を投げかけた。
ちなみに、隣にいたクライヴが秘かにドキリとしているのには気付かなかった。
「ちょ、ちょっと誤解しないでよ! 僕だってフィズは御免だよ! お願いするなら可愛い女の子に──っ!」
誤解も何もない。最低発言には変わりない。
キャロルがさらに変態発言をしそうになった所で、レナードが鋭い視線を向けた。隊長であり、獰猛な肉食獣でもあるレナードの厳しい一瞥に、キャロルは慌てて口を噤んでいた。
「まぁ、そんな訳よ。私達結婚することになったからぁ」
「あー……なんだ。その……よろしくな」
まさかの電撃結婚。どうやら番いの報告ではなくこちらがメインだったようだ。
幸せそうなフィズに、照れながらも笑みを浮かべるアルヴィン。二人の雰囲気は幸せそのものだ。つい数日前に番いと判明したばかりだとは思えない。
どうやら二人は同じ王城内にいながら、会うのは先日が初めてだったそうだ。
フィズは普段から隊舎内で研究しているため、隊舎を出ることはまずないらしい。アルヴィンもアルヴィンで、他人を懐に入れたがらない獣人族に配慮して、特務隊の隊舎へは必要最低限しか訪れなかったそうだ。ある意味、今回の二人の出会いは運命的だったのかもしれない。
「やはりヘビ女からは逃げられなかったか……」
「もはや生贄だよね」
「ルーク、リュカ? 何か言ったかしらぁ?」
フィズの美しくも凄みのある笑みに、ルークとリュカがビクリとした。笑みで黙らせるとは、中々の技術だ。
「結婚は彼もちゃんと同意してるわよぉ」
「っていうかさ~、フィズが既成事実を作っちゃったんなら逃げられないでしょ」
「あらぁ、女だって積極的じゃないと。彼だって途中からは──」
「うぉい! その話しをここでするかっ!?」
懲りないキャロルのエロ発言に、フィズが当然のように答える。どうやら、出会ってから数日での電撃結婚の裏には、色々とあるらしい。
「うん。つまり、全隊長さんは責任とって結婚するって事やんね」
「まぁ、男なら据え膳食わねば何とやらってね」
「……それこそヘビ女の目論見通りではないか」
好き勝手言われているフィズだが、美しい笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
番いを見つけた獣人族は、なぜ皆こうも猪突猛進なのだろうか。ティナにも初対面かつ公衆の面前でのキスという苦い思い出がある。
「ところで、結婚するって事は仕事は辞めるの?」
「全隊長……辞めたら大変……」
レオノーラとダンの言葉に答えたのはレナードであった。
「二人とも仕事は続けます。住まいは今まで通りで、新居が見つかり次第そちらへ移る予定です」
「えっ? それって大丈夫なの? 夜に声が──いでででっ!」
またも卑猥な発言をしようとしたキャロルに、レオノーラの一撃が決まる。ヒールで足をグリグリされているようで、悲痛な叫びが響き渡る。
ティナも一応エイダの耳を塞ごうかと思ったのだが、既に飽きて寝ていたのでセーフだった。
「お前ら……身内だとこんなに愉快なんだな」
「お恥ずかしい限りです」
しみじみと呟いたアルヴィンに、旧知の仲でもあるレナードが大きな溜め息をついた。
「そういや、クライヴ。お前らはいつ結婚すんだ? いや、もうしてんのか?」
アルヴィンの視線がクライヴへと向けられた。アルヴィンはティナがクライヴの番いである事を知っている。以前、城内の通路で会った事もある。
悪気のないアルヴィンの言葉に食堂が静まり返る。
クライヴがティナに絶賛アプローチ中だというのは、特務隊の中では周知の事実なのだ。未だにクライヴが玉砕中だということも……。
「ティナとはいずれ必ず結婚する」
「んっ? いずれ? まだ結婚してねぇのか?」
「……ティナの許しさえあれば今すぐにでも結婚するさ」
「んん?」
意味が分からないとばかりにアルヴィンがティナの方へと視線を向けてきた。気のせいでなければ、他の皆からの視線も痛い。
「あ、あの、そもそも付き合っていません」
「…………は?」
瞬きの回数が一気に増えたアルヴィンが、もう一度クライヴへと視線を戻す。若干憐れむような目に変わっている気がしないでもない。
「……あんなに惚気といてまだ付き合ってもないだと?」
「ことごとくフラれてるもんねー」
「やーい、フィズに先越されてやんの~」
「……副隊長……ドンマイ……」
クライヴへの集中砲火がティナにも飛び火してきて大変いたたまれない。正確にはフったのではなく、受け入れてないだけだ。
それでもまぁ、今なら前向きに考えてもいいかと思い始めている。もちろんこの場でそんな事は言えないが。
ティナが秘やかにそう思っていると、クライヴが勢いよくテーブルを叩いた。
「だーっ!! うっさい! お前らに俺の気持ちが分かるかっ! 超絶可愛いティナがすぐ近くにいるのに手が出せないんぞ! 俺だってティナとイチャイチャしたいっつの!」
「あっ、言っちゃった」
「この流れでこれはマズいわね」
「男の欲望丸出しねぇ」
「あかんね、これは」
隊員達から一斉にツッコミが入れられる。そこで我に返ったのか、クライヴの顔が一気に青ざめた。
「ティ、ティナ……?」
「クライヴ様がキャロルさん並みに最低だとよく分かりました」
「いや、違っ……俺はティナ一筋で……ティナ以外には欲情しな──」
そこまで言いかけたクライヴが口を噤む。愛しい番いからのかつてない冷たい眼差しは、それだけの効果があった。
「やっぱりクライヴ様の番いは辞退したいです」
先程までちょっとはクライヴとの関係を前に進めてもいいと思っていたのだが、百步……いや千歩くらいは引いた気がする。隣でクライヴが必死に謝ってくるが無視しておく。
「つか、番いって辞退出来んのか?」
「無理よぉ。身をもって体験したでしょう?」
「だよなぁ……」
フィズとアルヴィンがそんな事を呟いていたのだが、ティナの耳に届くことはなかった。
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