第20話 書庫での出会い
「それでは、お先に失礼します」
「ええ、今日もご苦労様でした。気を付けて帰って下さいね」
一日の勤務を終え、ティナはレナードへ挨拶をして執務室を後にした。いつもならこのまま通用門を通り帰宅する。しかし、隊舎を出て目指した先はいつもと違う場所だ。
──えーと……確か、ここを曲がって……。
記憶を頼りに目的の場所を目指す。聞いた話によれば、花と蔦のレリーフが施された扉だったはずだ。
「あった! ここが書庫……!」
ティナが仕事帰りに立ち寄ったのは、城内にある書庫であった。クライヴから城勤めであれば誰でも利用できると聞き、ずっと気になっていたのだ。
ルークとの出会いで自分の無知さを痛感したティナは、獣人族について調べようとここへやってきた。番いについても知識を深めるつもりだ。
少し重めの扉を開けて中へと入ると、古い紙の匂いが鼻をついた。それよりも驚いたのは蔵書数の多さであった。
──う、うわぁ……すごい! 王都の本屋なんて比べものにならないくらい!
広々とした室内には本棚が規則的に配置され、そのどれもに隙間なく本が並べられていた。よく見れば、壁一面も本棚と化している。梯子があるのは高い位置の本を取るためだろうか。ともすれば圧迫感を感じそうだが、天井からは陽の光が差し込み、書庫全体を明るく照らしていた。
あまりの壮大さにティナが呆気に取られていると、横からくすりと笑う優しげな声が聞こえてきた。
「こんにちは。初めてですか?」
「えっ? あっ、すみません……初めてで驚いてしまい……」
声の主は入ってすぐのカウンターに座る女性であった。おそらくこの人が司書なのだろう。確かここで身分証を見せなくてはならない。ティナは準備していた身分証を司書へと渡す。そこには名前と年齢の他、所属先が書かれていた。
「はい、確かに確認しました。初めてとの事でしたので簡単に説明しますね」
司書は手元の名簿にティナの名前を書き込むと顔を上げた。どうやら利用者名簿があるようだ。
「館内の本は自由に閲覧頂けますが、外への持ち出しは厳禁です。乱暴に扱って破いたり破損しないようにして下さい。探し物が見つからない際や、高い所が届かない際は、お気軽に職員へ声をかけて下さいね。以上、ご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」
返された身分証をしまい、司書の優しげな笑みに見送られて中へと進む。
こんな山のような蔵書の中から目的のものが見つけられるのかとも思ったが、何だか宝探しのようでワクワク感もある。とりあえず端から順番に見ていくことにした。
さすが王城の書庫ということもあり、政治関連や法律関連に貴族名鑑と様々な専門書が並ぶ。そうかと思えば、大衆小説や詩集、料理本までもが取り揃えてあった。
蔵書数は多いが、各棚には分類が書かれているので思いの外、探しやすくなっていた。途中で動物関連の棚を見つけた時は思わず立ち止まってしまった。今回は探している本が別にあるので泣く泣く通り過ぎる。
──あ、魔道具の本もあるんだ。珍しい。
魔道具とは核石と呼ばれる不思議な力を持った石を利用した道具の事だ。見た目よりもたくさん入る鞄や、水を温める道具など使用用途は多岐にわたる。魔道具の製作は非常に高度な技術が必要で、職人は数えるほどしかいない。
少し興味をそそられたが、ここも通り過ぎる。明日も仕事があるのでたくさん本を読む時間はないのだ。
──国の成り立ち……風土記……あった!
ようやく見つけた目的のエリアに目を輝かせた。獣人族に関する本は、国の歴史を記す本と同じ棚に置かれていた。戦火から国を守ってきた彼らの歴史もまた古いものだからだろう。
──『獣人族の歴史』……うーん、ちょっと違う。『獣人族の食生活』……面白そうだけど、これも違う。
一口に獣人族の本と言っても多種様々だ。思っていたよりも数が多い。まずは背表紙のタイトルで選んでいき、気になる本を手に取りパラパラとめくっていく。
──あ、これ。こっちもいいかな。
こうして多くの本の中から数冊選び出していった。もとより今日だけで全てを知ろうとは思っていない。これから足繁く通う予定だ。
選んだ本を持って窓際の席へと移動する。あまり人がいないエリアだったようで席もガラガラだ。
席へつくとまずは一番気になる本を手に取った。『獣人族の番い』というタイトルで、もちろん書いてあるのは番いについてだ。
じっくりと一行ずつ読み進めていく。前書きからすると獣人族の研究者が書いたようであった。
『番いとは獣人族の伴侶の事を指す。その番いは、生涯たった一人しか現れないとされる。それ故、番いを見つけた獣人族は番いの愛を得ようと必死になる』
ここまで読んだだけでクライヴの行動原理に納得がいった。何かとティナを気にかけ、口説いてくるのは獣人族からすれば当たり前の行動だったようだ。
『番いの認定基準は未だ解明されていない。とある獣人族の番いが一国の姫君であった事例もある。その者は、獣人貴族ではなかったが、何年もかけて武功を築き上げ姫君の愛を得ることが出来た』
──へぇ~、獣人貴族っていうのがあるんだ。人族の貴族と何か違うのかな。
これについては次回調べてみようと心に書き留めておく。この後もいくつかの事例が記され、著者の主観や取りまとめた結果が書かれていた。
『このように獣人族は番いを決して諦めない。結ばれるまでに十数年かかった事例もある程だ。彼らが愛情深く、一途と言われる所以はここにあるのだろう。獣人族の番いに認定されたのなら彼らから逃れる術はない』
──逃れる術はないって……雑すぎない。
分かりやすく丁寧に書かれていた割には、最後の締めくくりが微妙である。番い認定されている身としては、不安になるというか何というか……。
その後も、番いについて二冊ほど読んだ。書かれていることはほぼ全てが同じであった。獣人族同士での結婚もあるようだが、人族が番いとなるケースが圧倒的に多いようだ。
──だから私が番いを辞退するって言った時、驚いてたんだ…。
本を読んで分かったが、獣人族が番いを諦めるのは相手が既婚者な時くらいのようだ。しかも、その獣人族は生涯未婚を貫いたとか。失恋どころではない。悲哀すら感じさせる。
やはりクライヴの事は真剣に考える必要がありそうだ。というか、断るという選択肢がないように思えてきた。
──今度クライヴ様とちゃんと話してみようかなぁ。
夕焼けがキレイな窓の外を眺めながら前向きに考えてみる。よくよく思えば人族の一般的なお付き合いの始まりだって告白からだ。突然「ずっと前から好きでした」なんて言われたら誰だって嬉しいだろう。
出会いはとんでもないが、クライヴは自分の事を好いてくれている。それならば少し歩み寄ってみるべきなのかもしれない。
「ごめんあそばせ。少しお話をしてもよろしいかしら?」
すぐ近くでした声にティナは我に返って振り向いた。
そこには派手なワインレッドのドレスを着た身なりのよい女性がいた。その後ろにはお付きのメイドらしき女性もいる。
「貴女がクライヴ様の番いだというのは本当かしら?」
「えっ……?」
言葉の意味をすぐに理解できず目を瞬かせる。答えのないティナに変わり、背後に控えていたメイドがご令嬢へと声をかける。
「お嬢様、彼女が副隊長殿の番いで間違いないかと。噂の人物と特徴が一致します」
「そう。ふぅん……どんな女性かと思ったら」
令嬢は値踏みするようにティナを上から下まで見る。そこでようやく自分が座ったままな事に気がついた。身なりからして相手は貴族。これでは無礼にあたる。慌てて立ち上がり、背筋を正すと軽く頭を下げた。
「なぜクライヴ様はこんな女性をお選びになったのかしら。理解に苦しむわ」
「……」
それはティナとしても謎である。今しがた読んだ本には、番いの認定基準は解明されていないとあった。
「
「ティ、ティナと申します……」
プリシラ──すっかり忘れていたが、クライヴへ恋文を送ってきた人物の名前だ。もうこれだけで嫌な予感しかない。
「いいこと?
プリシラは高圧的な態度でであった。自分がいかにクライヴを好きか思い出を織り交ぜて話してくる。そして自分の方がいかにクライヴへ相応しいかと力説してきた。
──どうしよう……帰してもらえそうにない……。
いつの間にか外は夕闇に染まり始めている。書庫内にも灯りがつき始めているが、プリシラの話は一向に終わりそうにない。
延々と続く話に困り果てた時であった。誰かがこちらへ近付いてくる足音が聞こえた。
「あらぁ、こんな所で何をしているのかしらぁ」
ティナ達の前に現れたのは妖艶な美女であった。
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