第21話 妖艶な美女

 ティナ達の前に現れたのは、誰もが目を奪われるような美女であった。


 ウェーブがかった鮮やかな緑色の長い髪。ぽってりとした赤い唇。目は茶色に近い暗めのオレンジ色で、左の目元にあるほくろが色っぽい。豊満な胸やくびれた腰がはっきりと分かるくらいの黒いロングドレスは、歩く度に深いスリットから魅惑的な太ももが見え隠れしていた。上着には真っ白の白衣のような服を羽織っている。


──誰? すごい色っぽい人……。


 妖艶な美女だなんてありきたりの言葉では言い表せないほどの美貌。フェロモンたっぷりと言えばいいのか、色気がすごいと言えばいいのか。とにかく未成年直視禁止のセクシーさである。


 一瞬にして場を支配した美女は、ティナの隣へとやってくるとプリシラへニコリと微笑みかけた。


「可愛らしいお嬢ちゃん。アナタがこの子を責めるのはお門違いよぉ」

「な、何よ……突然現れて……」


 謎の美女は赤い紅をさした唇の口角を上げた。その笑みは美しいのだが、どこか背筋がゾクリと冷えるものがある。


「いいことぉ? 私達にとって番いは絶対的な存在。唯一無二で替えの効かない大切な人。番い以外を愛する事などあり得ないのよぉ」


 美女が蠱惑的な笑みでプリシラへと語りかける。優しげな声色ながらも言葉の端々には、どこか毒気が含まれていた。


「そんな……そんなのまだ分からないじゃない!」


 納得がいかないとばかりにプリシラが唇をきつく噛む。ティナに突っかかってきたのも想いの強さ故。それほどクライヴに惚れ込んでいるのだろう。


「無駄よぉ。あなたが何をしようと番いが変わることなどないの。これ以上この子に突っかかるならアナタが痛い目を見ることになるわぁ」

「っ……!」


 あんなに強気だったプリシラの目がじわじわと潤んでいく。恐らくプリシラも番いについて頭では理解しているのだろう。


 そんなプリシラへ美女がおもむろに近付いていく。思わず怯んだプリシラは身を強張らせた。お供のメイドもどうしたらいいのか分からないようで顔を青ざめさせていた。


「ふふっ、いい子だから今日はもうお帰りなさい。こわいこわ~いオオカミが来たら……喉元食い千切られちゃうわよぉ」


 ずいっと顔を寄せた美女の瞳孔が縦に割れる。獲物を捕らえるように冷たく無機質な瞳に見つめられ、プリシラは震える手を握りしめた。


 ティナからは美女の背中しか見えないので、その変化には気付いていない。プリシラが美女に怯えているのだけは分かった。


「っ…! お、覚えていなさいよ。わたくしは諦めませんわっ!」


 そう捨て台詞を吐くと、プリシラは踵を返して足早に去っていった。その背にメイドが慌てるように続いていく。諦める様子のないプリシラに、美女は「困った子ねぇ」などと言いながら、その背を見送っていた。


 プリシラ達の姿が見えなくなると、美女はティナへと振り返った。


「さぁて……騒がしくしちゃったし、私達も移動しましょうかぁ」

「えっ……あ……」


 美女の視線を追うと、本棚の隙間からこちらの様子を見ている人達が見えた。プリシラとの騒ぎを気にして覗き見ていたのだろう。


「ね? 長居は無用よぉ」

「はい、すみません……」


 ティナは周囲の視線を感じつつも本を元の場所へと戻していった。美女も快く片付けを手伝ってくれる。


 それから、美女に連れられるように庭園のベンチへと移動した。


「あ、あの……先程は助けて頂きありがとうございました」

「気にしないで。アナタを見殺しになんてしたら副隊長にシめられちゃうものぉ」


 パチリとウインクを返される。その色っぽさときたら、危険な夜のお店に迷い込んだようであった。どこか気怠げな話し方もとてつもなく色っぽい。色香にくらくらと酔いそうになりながらも改めて尋ねてみた。


「あの……特務隊の方ですよね?」

「ええ、そうよぉ。一応特務隊の医師という事になってるわぁ」

「お医者様だったのですね。改めまして、私はティナと申します」

「聞いているわ。ウチの副隊長の番いちゃんでしょ? 私はフィズ、ヘビの獣人よ」


 医師でヘビ――となると、もしや彼女は毒蛇だったりするのだろうか。ヘビの毒は致死毒もあれば医療に活用できるものもある。危険な匂いのする美しさもどことなく毒蛇っぽさを感じさせる。


 動物好き故の悪い癖で、ついついフィズを凝視してしまう。そのせいかフィズが小さく首を傾げた。


「もしかして、ヘビは怖いかしらぁ?」

「あっ、いえ。むしろ可愛いと思います。つぶらな瞳に滑らかな体。触ると意外とむにむにして気持ちいいですよね!」


 思わず力説するとフィズの瞳がぱちぱちと揺れる。


「ふふっ、アナタはヘビも平気なのね。すごく嬉しいわぁ。ヘビ獣人だなんて怖がられたり気持ち悪がられる事の方が多いもの」

「とんでもない! ヘビを神様の使いと崇める地域もあるんですよ。懐いてくれると寄ってきますし、腕に巻き付いて甘えてもくれます」

「…………それ、ヘビの話よね?」

「はい、ウチの裏庭によく来てたヘビです。とっても賢いヘビさんでした」

「そ、そう……」


 ティナの実家の裏庭には小さな家庭菜園がある。働く両親に代わって庭の手入れをするのはティナの役割だった。そこにいつの頃から小さなヘビが来るようになったのだ。


 「こんにちは」とか「今日も鱗がキレイだね」なんて話しかけているうちにヘビの方から近寄ってくるようになった。頷いたり首を傾げたり意思疎通も出来ていた。段々仲良くなって肩に乗せたまま一緒に出掛けたりもした。ご近所さんはヘビを見て悲鳴を上げていたが。


──いつからか遊びに来なくなったんだよね。元気にしてるかなぁ……。


 思い出に耽るティナを見つめながら、フィズは軽く首を傾げていた。


 普通のヘビは人に懐くことなどない。飼育されていてもまずありえない。ヘビ獣人としては、それが本当にヘビだったのか気になるところであった。


 さらに、ティナがヘビを怖がらないのも予想外であった。ヘビがとぐろを巻いているだけで大の男ですら悲鳴を上げる事もあるのだ。ただの動物好きという訳ではなさそうだ。特務隊の面々がティナを気に入るのが分かった気がした。


「ところで、さっき獣人族の本を読んでいたようだけど……何か知りたい事でもあるのぉ?」

「あ、えっと……」


 番いについて知ろうとしていたとは何となく言いにくい。口ごもるティナを見て、フィズは見透かしたようにクスリと笑みを浮かべた。


「番いについて知りたいのではなくて?」

「えっ?」

「ごめんなさい。片付けるときに何の本か見えちゃったわぁ」


 ティナが選んだ本は『獣人族の番い』『獣人族の恋愛観』『番いの心構え』など、タイトルだけで何を調べていたか丸分かりであった。


 小悪魔な笑みを浮かべるフィズにティナは観念して話し始めた。


「実は番いがどんなものか知ろうと思ったんです。その……クライヴ様の番いと言われてもピンと来なくて……」

「そうよねぇ、人族と獣人族では感覚が違うもの」

「はい。なぜ私なのかがさっぱり分かりません……」


 ティナが本音を吐露すると、フィズは頬に手を当てて「あらあら」と呟いた。その仕草も様になっていて色っぽい。


 フィズはそのまま何かを思案し始めた。そしてポンと手を叩いた。


「そうだわ。今日は私とお泊まりしない? お姉さんが色々と教えてあげる」

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