第22話 女子会
結局、ティナは隊舎内にある寮にお泊まりすることとなった。
もちろん最初は断った。突然お邪魔すれば他の人に迷惑をかけるし、そもそもお泊まり道具もない。そんなティナのことなど気にする様子もなく、フィズはこう言った。
『レオノーラも呼んで三人で女子会しましょ。私達のこと、た~っぷり教えてあげるわぁ』
あれはイケない匂いがした。魅惑のセクシー美女に上目遣いであんな事を言われてみろ。断れるはずがない。
そんな訳でティナは隊舎へと戻ってきた。この時間だと自宅組はもう帰宅していないらしい。通されたのは空き部屋だという一室だ。
「誰も使ってないけど掃除はちゃんとしているから安心して。着替えはコレを使ってねぇ」
そう言ってフィズは一旦自室へと戻っていった。レオノーラにも声をかけてきてくれるそうだ。
──レオノーラさんも寮に住んでるんだぁ。
寮があることは知っていたが、誰が住んでいるのかまでは知らなかった。このエリアは事前に清掃不要と言われていたのだ。自分の職場とはいえ、普段入ることのないエリアにいるというだけで何だかドキドキしてくる。
とりあえずフィズやレオノーラが来る前にシャワーを浴びる事にした。借りたシャンプーで髪を洗い、手早く浴室を出る。そして、着替えを手に取り困惑した。
──フィズさんが貸してくれた夜着……。
それは白いワンピース型の夜着であった。暑くなってきたこの季節でもサラリと着れる肌触りの良い服だ。それは有難い──有難いのだが、ちょっとフリルとレースが多過ぎではないだろうか。
フィズの親切を無碍にするわけにもいかず、可愛すぎるフェアリーな夜着を無の境地で纏う。濡れ髪をタオルで拭き終えると、ちょうどいいタイミングでノックが響いた。
「子リスちゃん、フィズから聞いたわ。女子会なんて楽しそうね。あっ、夕飯も持ってきたわよー」
「わぁ、良い匂い! ありがとうございます!」
レオノーラを部屋に招き入れると、さっそくテーブルにご飯が並べられていく。
「キャロルがいればお菓子も作らせたんだけど……あいにく出掛けちゃったのよね」
「こんな時間に!?」
「まっ、どうせ女のところでしょうけど」
「キャロルさん……」
知りたくもないキャロルの生活を知ってしまい、思わず軽蔑してしまいそうになる。ウサギ獣人とは全員がああなのだろうか。
「そういえば、それフィズから借りたの? 可愛いわね」
「あ、はい。フィズさんが貸してくれました。こういう服は初めて着ました」
「すごく似合ってるわよ。子リスちゃんのイメージにぴったり。フィズにしてはまだまともな服ね」
「えっ……?」
それはどういう意味だろうか。聞き返そうとしたが、扉をノックする音に遮られてしまう。レオノーラが「どうぞ」と返事を返すと扉が開けられた。
「あらぁ、私が最後? 待たせちゃったかしら?」
「――っ!!」
鼻血が出るかと思った。黒のネグリジェ……いや、総レースの黒のベビードール。むっちむちのけしからん谷間にレースから透けて見えるくびれた腰。あまりにも刺激的な姿にティナは硬直した。
「ちょっとフィズ。いつも言ってるけど上着くらい羽織りなさいよ」
「やぁねぇ、素っ裸じゃないんだから問題ないでしょ」
そう言うなりフィズは、さっさとイスへと座った。とても目のやりどころに困る。
レオノーラの口ぶりから察するに、今日が特別というわけではなく、普段からこういう格好をしているのだろう。ティナが借りた服に対して、レオノーラが「まだまともな服」と言った意味が身に染みて理解できた。
それから、三人で食事をしながら会話に花を咲かせた。フィズの服装がセクシー過ぎるという話しから始まり、城下の美味しいスイーツの店から可愛い雑貨屋の話しまで、さまざまな話題で盛り上がった。
食事が終わってからは、みんなでベッドの上へ移動した。寝転んだり横座りになったりして、パジャマパーティーみたいでティナもすっかり楽しんでいた。
そして、いつしか話題は獣人族の番いについてになった。
「番いってそんなに不思議かしら? 人族だって一目惚れとかあるじゃない」
「私たちからすればそっちの方が不思議よねぇ。一目惚れってどんなものなのかしらぁ?」
「うーん……見た目が好みだから惹かれるんですかね」
無難に答えてみたものの、ティナの説明に二人は首を傾げていた。「あの人かっこいい」みたいな感情を獣人族は持ち得ていないようだ。
「見た目で好きになるって……人族は不思議ねぇ」
「番いっていうのはね、何て言えばいいのかしら……魂に刻み込まれたかのように惹きつけられるの。他の人には何も感じないのに、番いだけには愛しさが溢れて好きで好きで堪らないのよ」
レオノーラの説明に今度はティナが首を傾げた。番いというだけで無条件に好きになるという感覚が分からない。
「なぜ私なんでしょうか。クライヴ様なら引く手あまただと思いますけど……」
「それ、副隊長が聞いたら号泣するわよ。子リスちゃんに好かれたくて必死なのに」
「そういえば、番いってあっちの相性が最高って聞いた事があるわぁ。もしかしたら、そういう判断基準なのかしらぁ」
「「 あっち? 」」
フィズの言葉にティナとレオノーラが揃って尋ね返す。なぜだかフィズは意味深な笑みを浮かべた。
「うふふ、夜のお相手ってこと。きっと、とっても気持ち良──」
「フィズ! 子リスちゃんに何て話しを聞かせてるのよっ!」
レオノーラが慌ててティナの両耳を塞いでくれたが、バッチリ聞こえてしまった。妖艶美女がセクシーな姿で言っていいセリフではない。艶めかしすぎて生々しい。
「あらぁ、副隊長と結婚したら毎晩すごいと思うわよぉ」
「ちょっと! まだ二人は付き合ってもいないんだから、その話はアウトよ!」
「やぁねぇ、副隊長ってば随分悠長なんだからぁ。既成事実作っちゃえば早いのに」
「それは捕まるってば! だいたい副隊長がエロい事ばっか考えてるって思われたらどうするのよ」
「男なんだから考えてるでしょ? それとも副隊長は不の──」
「フィズ---!!」
ティナの耳はレオノーラによって塞がれてはいるが、距離が距離なのでほぼ聞こえていた。苦笑いをするティナに気付いたのか、レオノーラがおそるおそる手を離す。
「こ、子リスちゃん……聞こえた?」
「…………はい」
「え、えーと……フィズは羞恥心ってものがないの……ごめんね」
「んもう、失礼ねぇ。男女のすべき事なんて種族問わず共通でしょう?」
フィズは屈託のない笑顔でとんでもない事を言ってきた。どうやら妖艶美女はもの言いがド直球のようだ。
「えーと……そ、そうだわ。この前、獣化した副隊長をブラッシングしたんですって?」
「は、はい。換毛期だからブラッシングのしがいがありました」
あからさまに話を変えたレオノーラにティナは内心で感謝の言葉を述べた。フィズが少し不貞腐れているが見なかったことにしておく。
「私もブラッシングしてほしいわ~。イヌ科ほどじゃないけど、私も抜け毛がすごくて……」
「えっ、いいんですか? 私で良ければぜひ! サーバルキャット姿のレオノーラさん……うわぁ、ものすごく見てみたいです!」
「あら、じゃあ見てみる?」
その言葉にティナは目を輝かせた。
ワクワクしていると、レオノーラの姿が歪んだ。霧の中のような、蜃気楼のような――不思議な感じで輪郭がぼやけていく。そして次の瞬間、レオノーラが消えた。
「じゃーん! どぉ?」
レオノーラの着ていた夜着から、ドヤ顔のサーバルキャットがひょっこりと顔を出す。小さな顔にスレンダーな体、黒の斑点模様が実に美しい。
「す、すごい! 獣人族の変身なんて初めて見ました! 本当に一瞬で変身しちゃうんですね! うわぁ、サーバルキャット……かっこいい……!」
「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいわ。そうだ、せっかくだからフィズも変身しなさいよ?」
「私はただのヘビだけどぉ……まぁ、あんまり期待しないでちょうだい」
そう言うとレオノーラの時と同じくフィズの体がぼやけていく。輪郭が宙に溶けるかのように分からなくなっていき、バサリと服が落ちる。黒レースの下着──ではなく夜着がもそもそ動き、顔を出したのは鮮やかな緑色のヘビであった。
「ふああぁ! なんてキレイな緑色……鱗ツヤツヤ……ヘビ姿でも色っぽい!」
「本当にヘビも平気なのねぇ……」
「流石は子リスちゃんだわ……」
ティナの目の前にはサーバルキャットと緑のヘビが並ぶ。二人で首を傾げていて、とてつもなく可愛い。
「獣化するのはあっという間なんですね。人化も同じような感じなんですか?」
「えっ……ま、まぁそうね」
何やらレオノーラが口ごもる。不思議に思っていると、緑のヘビが面白そうに笑った。
「うふふ、せっかくだからそっちも見せてあげるわぁ。女同士だから平気よねぇ」
「フィズ! まっ……」
レオノーラが止めようとしたが、それよりも早く緑のヘビの輪郭がぼやけていく。獣化の時と同じで、ぐにゃりと輪郭が歪んだかと思うと、人の輪郭がぼんやりと見え始めた。
「ふぅ、こんな感じよ。戻ると裸なのが困っちゃうのよねぇ」
「フィズーーーー!!」
そこには、髪をかき上げる全裸美女がいた。
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