第23話 賑やかな朝
「………ん」
何だかふわふわとした柔らかな手触りに、ティナはぼんやりと目を覚ました。寝起きの重たい瞼で、ゆっくりと瞬きを繰り返せば、ぼやけていた視界が少しずつ鮮明になっていく。
「おはよう、子リスちゃん」
「よく眠れたかしらぁ?」
「っ……!」
悲鳴を上げそうになり、慌てて息をのんでやり過ごす。サーバルキャットと緑のヘビがこちらを覗き込んでいたのだ。
──そ、そうだ……昨日は寮に泊まったんだった……。
ようやく状況を把握したティナを見て、サーバルキャットとヘビがクスクスと楽しげに笑う。悪戯成功と言わんばかりの笑顔が憎めない。
ひとしきり笑い終えると、レオノーラはベッドから軽やかに飛び降りた。前脚を伸ばし、ググっと伸びをする様子は、本物の動物にしか見えない。フィズもグッと伸びをしているが、一般的にヘビが背伸びをするのかは謎である。
「結局子リスちゃんの部屋に泊まっちゃったわね」
「ふふっ、いつの間にか寝ちゃったものねぇ」
昨夜、ベッドに寝転がって話し込むうちに全員寝てしまったらしい。二人が獣化してくれたので一人用のベッドでも三人で寝ることが出来た。ちなみにフィズは人化して全裸を晒したが、あの後すぐにヘビ姿に戻っている。
「さて、私達も着替えてきましょうかぁ」
「そうね、一旦部屋に戻りましょう」
そう言うと、二人はサーバルキャットとヘビ姿のまま部屋を出ていった。レオノーラが器用に前脚でドアを開けるという手慣れっぷりである。見ているこちらとしては、シュルシュルと移動するヘビがサーバルキャットに踏まれないかヒヤヒヤものである。
静かになった部屋でティナは顔を洗うと、昨夜フィズから渡されていた服に袖を通す。セクシーな服ではなく、城内で働く使用人服だ。これならこのまま仕事をする事が出来る。
フィズから借りたナイトウェアを畳んでいると、早くも二人が戻ってきた。人化した二人は、レオノーラが隊服、フィズが黒のスリット入りドレスに白衣という格好だ。
「子リスちゃん、朝ご飯食べに行きましょう」
「いっぱい食べて大きくならないとダメよぉ」
ティナは思わずフィズの胸元へと視線を落とす。
思い出すのは昨夜の出来事――確かに大きかった。むっちむちのたゆんたゆんであった。フィズが胸のことではなく、ティナが小柄なことに対して言っているのは分かる。分かるのだが、どうしてもたわわな胸に目がいってしまう。
「……子リスちゃん、アレを基準にしちゃダメよ」
自分の胸のささやかさに秘かに打ちのめされていると、レオノーラに生温かいを向けられた。どうやらティナの考えていることはバレバレだったようだ。レオノーラも中々に良いものをお持ちのようで大変うらやましい。
レオノーラに曖昧な笑みを返して三人で食堂へと向かう。時間はまだ7時少し前といったところ。食堂からは既に良い匂いが漂っていた。
二人に続いて食堂へと入る。そこには配膳をするキャロル、食事を受け取るルーク、席に着きもぐもぐと咀嚼するダンの三人がいた。
三人共、ティナに気付くなり驚きの表情をしていた。いや、ダンだけは無表情でよく分からない。
「あっれー、子リスちゃんがこの時間にいるの珍しいね? 早番か何か?」
「いえ、寮に泊まらせていただきました」
「三人で女子会をしたのよ。あ、私の肉多めで」
「うふふ、と~っても楽しかったわよぉ」
「なっ! この痴女と泊まっただと! 副隊長に対する裏切りではないかっ!」
フィズを痴女扱いしたルークは、ヒールで足を踏まれぐりぐりされていた。どこかで見たような光景だ。こちらのお姉様も腕っぷし──いや、脚っぷしがお強いようだ。
キャロルからトーストとサラダ、とろとろの半熟オムレツ、フルーツが乗ったトレーを受け取る。ちゃちゃっとこれらを作るのだから、キャロルの料理の腕前は本物だ。あの軽薄さがなければ見直せたかもしれない。
席について気付いたが、朝食は一人一人異なっていた。
レオノーラは朝からがっつりのステーキ、フィズは鳥のソテー、ルークは魚のムニエル、ダンは肉に魚に果物と種類も量も多い。キャロルはティナとほぼ変わらないが野菜多めのメニューであった。祖となる動物の特徴が出ていて、ちょっと面白い。
「やー、朝食に子リスちゃんがいるなんて新鮮だね。朝から可愛い子がいると元気が出るなぁ」
「あらぁ、私とレオノーラはカウントされないのかしらぁ」
「…………小娘の方がよっぽど静か――ぐふっ!」
「あ、ごめーん。手が滑ったわ」
「……リンゴ……美味しい」
賑やかな食卓に自然と笑みがこぼれる。王都に出てきてから一人暮らしだったので、こういう雰囲気はとても楽しい。
「そういえば、寮に住んでいるのは皆さんだけですか?」
「あとはリュカとテオがいるよー。むしろ、通いなのは隊長と副隊長だけだね」
「リュカはいつもギリギリまで寝てるのよ。テオは夜行性だからもう寝てるはずね」
キャロルとレオノーラが答えてくれる。テオという人物は名前だけは聞いていた。確かフクロウの獣人だったはずだ。
ティナが記憶を辿っていると、それに気付いたフィズが話しかけてきた。
「もしかして、まだテオとは会ってないのかしらぁ?」
「あ、はい。まだお会いしてません」
「そうなの? それなら、ちょっと狩っ──連れてきましょうか?」
狩る、と言いかけたのは気のせいだろうか。
レオノーラの物騒な言葉に、同じ鳥類のルークが眉をひそめる。サーバルキャットがフクロウを狩るなんてシャレにならない。そんな血まみれのご対面は遠慮したい。
「肉食獣こわっ! 僕みたいな草食動物は心臓も繊細でか弱いんだから、怖いこと言わないでよ」
「……ウサギ……美味しい……」
「ダン! こっち見ながら怖いこと言うんじゃない! しかも、それ鶏肉だから!」
キャロルとダンの会話はもはや漫才だ。ダンとしては冗談なのかもしれないが、表情が乏しいので判断が難しい。
特務隊で草食動物なのはキャロルだけだ。しかもほぼ全員がウサギを捕食する種族である。キャロルからすれば中々にスリリングな生活なのだろう。
そんな事を考えていると、ルークがギロリと睨みを利かせてきた。
「おい、小娘。副隊長が出勤したらすぐ声をかけるのだぞ。お前がここにいることを知らず、通用門に迎えに行って無駄足をさせてはならん」
ルークの言う事はもっともである。お泊り会は急遽決定したので、クライヴはティナがすでに隊舎にいることを知らないのだ。
「えっと、クライヴ様はいつもどのくらいの時間に来ているんですか?」
「む、誰か知っているか?」
「私は知らないわぁ」
「私もー」
「僕も朝食の後片付けしてるから知らないや」
雑……いつぞやのレナードの言葉が甦る。まさか誰も上司の出勤時間を知らないとは。
以前、クライヴ本人から一度隊舎に来てからティナを迎えに来ているとは聞いた事があった。玄関で待っているのが確実かもしれない。
「ふん、さっさと結婚すれば副隊長に迷惑をかけないものを。小娘の考えは全くもって理解出来ん」
「あーもう、副隊長にこっぴどく怒られたの忘れたの? ルークも懲りないねー」
「あら? 副隊長を怒らせて、よく生きているわねぇ」
「子リスちゃんに手を出すなんて自殺行為よ。アンタ、バカじゃない?」
「人聞きの悪い事を言うな! この小娘に物申しただけだ!」
「それがダメだっていうのにー。ルークが口出ししなくても副隊長は一生懸命頑張ってるじゃんかー」
何となく気まずい話題になり、ティナは会話に加わらずリンゴを口に放り込んだ。甘みが強く、とってもジューシーだ。
「…………あ」
突如ダンが動きを止めた。それに気付いたティナが声をかける。
「ダンさん? どうかしましたか?」
「……来た……」
どこかで聞いたセリフである。そしてこのシチュエーションは魔窟整理と同じだ。
この後の展開が予想出来てしまったティナは、何となく入口へと視線を向けた。ダンに遅れること僅か、他の皆も何かに気付いたように入口へと視線を向ける。
「なぁ、ティナの匂いがするんだが……誰か知らな──」
現れたのはこちらを見て驚きの表情をするクライヴであった。
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