第119話 フクロウの帰還

「やっほーい! ただいま帰ったんよ~」


 すい~っと滑空してティナ達の前に着地したのは、一羽のトラフズク──もとい、獣化したテオだった。


 テオを見た途端、エイダがティナの腕からぴょんと飛び降りる。そのまま、一直線にテオの元まで駆けていった。


 そういえば、エイダはテオにも時々遊んでもらっていた。任務帰りで眠そうなテオを追いかけ──いや、あれは遊んでいると言えるのだろうか。


「テオ、おかえり」

「おー、エイダ。久しぶりやんね。元気してたん?」

「うん」

「お、ちょっと見ない間に大きくなったんちゃう? 子供の成長は早いんね~」


 エイダがちょこんとお座りをして、しっぽをゆらゆら揺らす。かなりご機嫌だ。テオが帰ってきてよほど嬉しいのだろう。


 可愛いお出迎えにテオだけでなく、ティナも相好を崩す──が、次の一言に絶句することとなる。


「テオ、おみやげ」

「ん? ……んん?」

「おみやげちょーだい」

「…………嘘やろ? お出迎えしてくれた理由ってそれなん?」


 テオがくちばしを開けて唖然とする。エイダの目は期待に満ちてキラッキラだ。どうやらテオが背負っているリュックの中身を、お土産だと思っているようだ。


 エイダには悪いが、ノルド村にはお土産になるような物はない。そもそもあんな小さなリュックにお土産は入らない。


 それを証拠づけるかのように、スーッとテオの目が泳ぐ。それを見たクライヴがクッと笑いを堪えた。


「土産はないようだな」

「ない?」

「せっかく出迎えしたのに残念だったな」

「むぅ……」


 不満げに顔をしかめたエイダは、クルリときびすを返す。そしてティナの元まで足早で戻ってきた。なんという変わり身の早さ。ポツンと残されたテオが憐れすぎる。


「……自分、めっちゃ泣きそうなんやけど」

「次からは土産を忘れないことだな」 

「仕事やったのに……。つーか、副隊長! よくも身代わりにしよったな!」


 バサリと宙を舞ったテオがクライヴの肩へと飛び移る。ムキーっと怒りをあらわにして、器用に地団駄を踏む。


 テオが言っているのは、魔道具の実験体として差し出されたことだ。元々テオはエイダの伝言を届けるためにノルド村へやってきた。そこを捕獲してティナの両親に差し出したのがクライヴだ。


「説明もなしに実験室みたいなとこに放り込まれた自分の気持ちが分かるん? なんか変な犬みたいなのもずっとこっち見てくるし!」

「ああ、それはレックス二号だな」

「名前なんてどうでもいいんよ。絶対自分がやりたくなかっただけやん」

「仕方ないだろう。俺はティナの前以外では変化したくないんだから」

「うぅ、番いでもない人の前で……あんな……あんな……」


 そう言ってテオがガタガタと震えだした。


 魔道具のことになると、周りが見えなくなる両親のことだ。きっといろいろと無理を言ったのだろう。レックス二号も迷惑をかけたようで非常に心苦しい。


「テオさん、うちの両親がすみません」


 両親に代わって謝罪をすれば、テオがハッとした表情に変わる。


「いや、あの……番いちゃんが悪いわけやないんよ」

「でも、獣人族の方は人前での変化を嫌うのに……」


 再度謝罪を口にしようとした時、クライヴがガシッとテオを鷲掴みにした。


「ティナ、気にしなくていい。実験に失敗はつきものだ」

「ぬおっ! く、首っ! 首締まっとるからっー!」


 テオがバサバサと翼を広げて必死に抵抗する。どう見てもクライヴの手はテオの首を掴んでいる。


「ク、クライヴ様! テオさんが死んじゃう!」


 ティナが慌てて仲裁に入ると、クライヴはあっさりその手を離した。クライヴから逃れたテオは、腕立て伏せ中のリュカの背へと緊急避難していった。


「ちっ! ティナを悲しませやがって」

「理不尽すぎやん!」

「そうですよ、テオさんはお仕事をちゃんとしてきたんですから」

「そうやそうやー!」


 ヤジを飛ばすテオだったが、クライヴにひと睨みされると、ひゅっと細くなってしまった。


 クライヴの横暴ぶりにティナが物申すも、ツンとして聞こえないふりをされてしまう。都合の悪いことは聞こえない──叱られたときの犬のようだ。


「んんっ? そういえば、さっきからリュカは何してるん?」


 乱れた羽を繕いながらテオがリュカへと視線を向ける。テオが背中に乗っても、リュカは腕立て伏せ続行中だ。


「勝負で負けたから腕立て伏せしてるんだよ」

「勝負……?」


 相手は誰だと探るように、テオの視線がその場の全員をぐるりと見回す。ティナ、エイダ、クライヴ、ルドラ……そこでテオの視線がピタリと止まった。


「うぉ! こいつ誰なんっ!?」

「わぉ、すごい今さら感」

「は? えっ? 獣人族やんね? 新しく入隊した奴?」

「そうそう。ヘビ獣人のルドラって言うんだ。よろしくね~、フクロウ君」


 ルドラの一言にティナは「あっ!」と声を出しそうになった。テオが最も嫌うこと、それは──。


「フクロウちゃうーー!!」


 禁句に激高したテオが羽を広げ、くちばしをカッと開く。体を大きく見せるこれは威嚇のポーズだ。リュカの背中の上で、ぴょこぴょこ跳ねてルドラを威嚇する。


「あー、もう。人の背中でうっさい、フクロウ!」

「だから、フクロウちゃうーー!!」


 禁句2連チャンにテオの毛が逆立つ。カチカチくちばしを鳴らして怒り心頭の様子だ。


 見かねたティナが、そろりと口を挟む。


「ルドラ、テオさんはトラフズクだよ。フクロウ科のトラフズク」

「ふーん、トラフズク。言いづら~」


 ルドラはあまり興味なさそうな顔だ。この様子だと、ルドラにも「フクロウ」ネタでいじられそうだ。


 苦笑するティナの足元では、エイダが「だっこー」と甘えてくる。エイダを抱き上げるティナに代わり、クライヴが説明を続けた。


「テオ、こいつはフィズの代わりにしばらく医務室担当となる」

「んん? フィズ、どうかしたん?」

「体調不良だ。病気ではないが、念のためしばらく休養させることにした」

「あのフィズが? 体調不良?」


 テオが首を捻る。他の隊員達も全く同じような反応をしていた。そんなにフィズが体調不良なのは信じられないのだろうか。


 先日、ルドラへの引き継ぎでフィズが来ていたが、あの時は元気そうに見えた。話を聞き限り、怠かったり、眠かったり、時々吐き気もするそうだ。


──もしかして……おめでたなのかな。


 フィズの言う症状は、妊娠初期の症状とよく似ている。フィズは番いを見つけて結婚したばかりだ。可能性はなくはない。


 そんなことを思い返しているうちに、腕立て伏せ100回の刑を終わらせたリュカがテオを腕に乗せてやってきた。鷹匠ならぬフクロウ匠のようだ。


「お、100回終わったんだ。お疲れさーん」

「次は絶対負けないからな」

「負けず嫌いだなぁ、少年は」


 二人の会話を聞いていたテオが首を傾げる。きっとヘビ獣人のルドラが小型とはいえ肉食獣のリュカに勝ったことが不思議なのだろう。


「テオ、こいつ四家の奴なんだってさ」

「うぇっ!? 四家のヘビ……まさかナジャ家!?」

「おぉ、当たり~。よく知ってるなー」


 よほど驚いたのか、テオの目がまん丸になる。ルドラは他人事のようにケラケラと楽しげに笑っていた。


「えっ? ナジャ家って生きてたん!? 大分前から行方不明だったやん」

「ボクもナジャ家って断絶したと思ってた~」

「ひどいなぁ。ちょーっと諸国漫遊してただけなのに」

「……そのまま帰ってこなくてよかったのにな」


 ボソリとクライヴが悪態をつく。気のせいでなければ、わざとルドラに聞こえように言っている。


「犬っころ、お前が怪我したら特製の薬を使ってやるよ」

「そう簡単に怪我なんてするか。このヘビ野郎」


 険悪な雰囲気を漂わせる二人に、テオが「はて?」と首を傾げる。


「何なん? この二人、えらい仲悪いやん」

「ああ、それはね……」


 リュカがテオにこしょこしょと耳打ちをする。そこは羽角であって耳ではない気がするのだが…。


「なぬっ! 番いちゃんを巡って三角関係っ!? しかも、いつの間に付き合っとるんっ!?」


 ちょっと詳しく、と近所のおばさまのノリでテオが近付いてくる。根掘り葉掘り聞かれる予感がして、ティナはとっさに話題を変えた。


「そ、そういえば、魔道具はどうなりましたか?」

「ああ、そうやそうや。衝撃的なことがありすぎて忘れるとこやった」


 ポンと手(?)を叩いたテオが地面へと降り立つ。そして背負っていたリュックを器用に外し始めた。


 中から魔道具を出すのだろうか。そう思った時、テオの姿がゆらりと歪む。


──えっ……変化?


 蜃気楼のように姿が滲む──これは獣人族が変化をするときの現象だ。


 これにはティナの周りがギョッとした。なにせ、変化をすると服を着ていない──すなわち裸なのだ。クライヴに至っては、大慌てでティナの視界を塞ごうとする。


 しかし、クライヴの伸ばした手がティナへと届く前にテオが人化した。

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