第120話 魔道具の完成

「じゃじゃーん」


 トラフズクの姿がゆらりと歪む。瞬き一つの間に現れたのは、羽角のようにぴょんと立った髪が印象的な青年だった。


 その光景に、この場にいた全員が驚きから口を開ける。


 それもそのはず、人化したテオは隊服をしっかり身にまとっていたのだ。本来であれば、人化すると衣服は纏っていない。つまり裸のはずなのだ。


「驚いた? 驚いたやろ~?」


 みんながポカンとしているのを見て、テオは自慢気に口角を上げた。


「いやぁ、自分もこんな早く完成するとは思わなかったんよ」

 

 魔道具の完成──ティナもこんなに早く出来上がるとは思っていなかった。魔道具職人を天職だと豪語する父なら、未知の魔道具でもいずれは完成させると思っていた。だが、依頼をしてからまだ一ヶ月も経っていない。


「ほらほら、すごいやろ?」


 そう言ってテオが再度獣化する。トラフズク姿のテオがが足元でぴょんぴょん跳ねるが、脱げ落ちるはずの服は変化と共にどこかへと消えていた。


「んん~、驚きすぎて声も出ないんか? ほんじゃ、もういっか──っ!」


 調子に乗ってテオがまた人化しようとした、その時であった。


 ガシッという勢いでクライヴがテオの頭を鷲掴みにする。その顔には明らかに怒気がにじみ出ていた。


「え? えっ? ふ、副隊長? な、なんか怒ってるん?」

「よくも……よくもティナの前で変質者のような真似をしてくれたな……」

「えっ……い、いや……ちゃんと服は着てるんよ?」


 問答無用とばかりにクライヴが鋭い眼光で睨みつける。オオカミの睨みをもろに受けたテオがブワッと毛を膨らませた。


 多分クライヴは、番いであるティナの前で裸体をさらそうとしたことを怒っているのだ。テオは魔道具が完成したから変化したのであって、別に変質者ではないと思うのだが。


 「ひぃ」というか細い声を出すテオが、潤んだ目をティナへと向ける。だが、ティナが助け船を出すよりも早く別の声が割って入った。


「すごい、すごーい! うわー、ボクもそれ欲しい!」

「エイダもほしい」

「いや、それよりも助け──うぎゃー! あ、頭っ! 頭握りつぶされるぅぅ!」


 テオが断末魔のような叫びをあげる。クライヴがギリギリと頭を握ったのだ。


 リュカとエイダは、魔道具に感動していて聞いちゃいない。ルドラに至っては「わぉ、痛そう」などと、完全に他人事だ。


 もはや、この場でクライヴを止められるのは(テオを助けようというのも)ティナしかいない。


「クライヴ様、テオさんを離してください」

「このフクロウには常識を教える必要がある」


 常識──「あなたがそれを言いますか」と強く思う。しかし、そこは心の中にしまっておく。今はテオの小さな頭がクライヴに握りつぶされないかの方が心配だ。


「いいですか? フクロウの目は頭蓋骨に固定されているんです。あまり強く握りすぎては視力に影響するかもしれません。最悪、目が飛び出るかも」


 想像したのか「うぇ」と嫌そうな声が聞こえてくる。リュカだ。


「それに、頸椎を損傷したら大変なんですよ。人の頸椎は7個、フクロウは倍の14個もあって、この違いが首の可動域を広くしているんです。顎の下の辺りには血液をためる袋のようなものがあって、それが破裂でもしたら頭に一気に血が上り……最悪死に至ります」

「「「 ………… 」」」

 

 ティナは早口で、トラフズクの頭部圧迫に対する危険性をまくしたてる。必死なあまり、周りがいつのまにかシンとしているのに気付いていない。


「番いちゃん、的確な解説ありがとう……」

「えっ?」


 気のせいだろうか。テオがカタカタと小刻みに震えている。


 実はこの時テオは、物理的に頭を潰される危険性よりも、自分の構造を知り尽くしているティナの方に恐怖を感じていた。妙にリアルな知識はどこで得たのか。このまま頭を握り潰されて死のうものなら、解剖されるのではないか──そう思って怯えていた。


「……こいつなら頸椎の一つや二つ損傷しても大丈夫だと思うが」


 そう言いながらもクライヴは、手の力を緩めてくれた。頸椎損傷して大丈夫な人はいないが、とりあえずティナはホッと胸をなで下ろした。


 ──が、これで終わりとはならなかった。


「とりあえず、ティナから離れろ」

「へ? ぬおおぉぉっ!」


 次の瞬間、フクロウが空を舞った。


 クライヴがテオを空中へと投げ捨てたのだ。それも思いきり力を込めて。


 憐れ、テオはボールのように一直線の軌道で飛んでいった。


「クライヴ様……」


 非難の意味を込めてクライヴを睨めば、分かりやすくそっぽを向かれた。


 呆れ混じりの息を吐いていると、サクッと芝生を踏みしめる音がした。


「なんの騒ぎですか?」


 こちらへ向かってやって来たのは、穏やかに微笑みつつもどこか険しい雰囲気のレナードだ。


「すまん、隊長。うるさかったか?」

「ええ、主にテオの悲鳴が」

「大丈夫だ。既に一発シめておいた」


 しれっと答えるクライヴだが、その悲鳴をあげさせたのは誰だったか。しかも、シめた理由は別ではないか。


 そんなテオはというと、思いきり投げられても空中で華麗なUターンをしていた。さすがは鳥類だ。そのまま、すぃーっと飛んで戻ってくる。


「副隊長、さっきから自分に当たり強すぎやんっ!」


 ティナ達の頭上を数回旋回したテオは、ムキーッと怒りながらリュカの肩へと着地した。地面におりなかったのは、小さな狩人がふりふりとお尻を振って待ち構えていたからだろう。


「テオ、魔道具の件で戻ってきたのですか?」

「ん? ああ、そんなとこなんよ」

「進捗状況はどうですか?」

「それがな……な・ん・と、はやくも完成したんよ~。効果は……あー……さっき見せたとこ」


 そう言ってテオが口ごもる。以外と根に持つタイプのクライヴから威圧感たっぷりの視線を感じたのだろう。


 だが、レナードはこれだけで状況を把握したらしく、溜息交じりの息を吐いた。


「その足環が魔道具なのですか?」

「そ、これが出来たてホヤホヤの魔道具なんよ」


 テオがひょいっと右足を上げる。そこには伝書鳩が付けるような金属製の足環がはめられていた。よく見ると、魔道具に使う核石が埋め込まれている。


「番いちゃんのお父さんが言うには、魔道具は常に身につけておく必要があるらしいんよ。自分の場合、耳飾りなんて無理やし、コレが一番邪魔にならんのよ」


 なるほど、と心の中で頷く。


 トラフズクには耳たぶなんてないし、ネックレスも邪魔になる。確かに足環が最も適している。


「すると、魔道具は個々に合わせた形状が作れるのですか?」

「そうそう、指輪でもネックレスでも大丈夫らしいんよ。えーっと、何だったかな……核石に複合機能を付与してあるから、土台は自由に変えられるとか何とか……」


 テオがコテリと首を傾げる。


 魔道具を作るには専門的な知識を必要とする。テオが理解できないのも無理はない。


「まぁ、そんなわけで、みんなの希望を聞いたらもう一回向こうに行ってくるんよ」

「分かりました。各自希望を提出してもらうようにしましょう」


 そうして業務報告を終えたテオが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。ぐるりと首が90度回る。


「そうそう、番いちゃんに伝言預かってるんよ」

「え? 父からですか?」

「いんや、アレクから」


 予想外の名前に、ティナは目を丸くする。


 アレクとは、代々北の防衛戦を担うエヴァンス辺境伯家の跡取りのことである。実はティナの従兄だったりする。


 その辺はややこしい事情があるのだが、この場でその事実を知っているのは、クライヴとレナードとテオだけだ。


──アレクがわざわざ伝言? な、なんだろう……。


 ちょっと熱血で若干暴走しやすい従兄を思い浮かべ、ついつい身構える。「ちゃんと食べてるか~?」とかならいいのだが…。


「えっと、どんな内容でしょうか?」

「それがな『雪が深くなる前にそっちに行く予定ができたからよろしくな~』だってさ」

「えっ?」

「「 ………… 」」


 驚くティナのそばでは、クライヴとレナードが眉根を寄せて硬直していた。

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