第137話 生垣に潜むのは…

「それじゃ、クロエさんにもよろしくね。結婚式には必ず呼んでよ」

「はいはい。気を付けて帰れよ」


 アレクは窓辺に寄りかかったままティナを見送った。


 メイドに連れられて部屋を出ていったティナは、幾分かスッキリした顔をしていた。少し喝を入れたのが効いたのだろう。あれは何かを決意した顔だ。


「まったく、ティナといいお前といい、世話が焼けるな。…………なぁ、そう思わないか?」


 苦笑いを浮かべたアレクは、開け放たれた窓のすぐ下にある茂みに向かって話しかけた。もとは生垣だったのだが、手入れをサボっていたのか、今では不揃いな形で不格好になっている。


 やや間を空いてから、その茂みが不自然に揺れる。ガサリという音と共に姿を現したのは、アッシュグレーの毛並みのオオカミだった。


 オオカミは不本意そうな顔でこちらを睨んだ後、くっついた葉を落とすようにブルブルッと体を振るわせた。


「それがお前の獣化した姿か。まんまでかい犬だな~」

「犬って言うな。……いつから俺がいたことに気付いてた?」

「そりゃ、あれだけソワソワとうるさい気配を漂わせてたら気付くだろ」


 アレクがクライヴの──というよりも、何者かの気配に気付いたのは、番いの話をした辺りだ。


 最初は侵入者かと思って警戒したが、相手から敵意は感じられない。しばし様子を見ていれば、侵入者の意識はティナへと一心に向けられていた。ティナの一言一句を逃さず聞こうとする気配に、すぐに誰なのか察することができた。


 その時のことを思い出し笑いを堪えていると、クライヴが器用に眉根を寄せた。


「俺がいるのを分かってて結婚の話しを振っただろ。ご丁寧に窓まで開けやがって……」

「聞きやすくてちょうどよかっただろ」

「ティナが風邪をひいたらどうするんだ」

「不法侵入者が何を言ってやがる。だいたい、なんで隠れるような真似をしてたんだ?」


 そう問いかけた瞬間、クライヴが「うっ」と呻くような声をあげた。それから視線を宙へと彷徨わせる。実に分かりやすい。


「ティナとなんかあったのか?」 

「……今朝……ちょっと」

「なんだ、ケンカか?」

「……構い過ぎて叱られたというか……」


 気まずげに話すクライヴの耳は、ぺたりと伏せられている。まるで犬がいたずらをして反省しているかのような仕草だ。


 アレクはクライヴのことを「割とまじめな奴」と思っていた。それだけに、クライヴのこういった姿は驚愕でしかない。まぁ、ぶっちゃけ見ていて面白いのだが。


「獣人族が番いに一途ってのは本当だな。お前のそんな姿は初めて見たぜ」

「ぐっ……」

「ベタベタ構いすぎてティナに叱られたと。そんで、謝ろうと思ってティナの後をつけてきたってところか?」

「後はつけてない。匂いを追ってきただけだ」

「それもどうかと思うけどな」


 キリッと真顔で反論してくるクライヴに、アレクは呆れた視線を向ける。


 普通、女性に「匂い」などと言ったら激怒される思うのだが。獣人族というのは、そのへんのデリカシーがないらしい。ティナの苦労が目に見える。


「言っておくけど、獣化したのはこの家の前でだぞ。さすがの俺でも街中をオオカミの姿で歩くようなアホな真似はしない」

「へーへー、そうですか。犬の姿で住居侵入ってのも、だいぶアホだけどな」

「犬じゃない。俺はオオカミだ」


 グルル、と唸り声を上げながらクライヴが速攻で否定する。先程もそうだが、犬扱いされるのは嫌らしい。


 改めて獣化したクライヴをまじまじと観察してみる。やはりでかい犬にしか見えない。毛並みがいいのはティナがブラッシングでもしているのだろうか。


 そこでふと耳に光るものを見つけた。それがなにか聞こうとした瞬間、クライヴが「あっ」と声をあげる。


「しまった、ティナを追わねば!」


 そう言うなり、オオカミの姿が蜃気楼のようにゆらりと歪む。そして瞬き一つの間に、見慣れた隊服姿のクライヴが現れた。


 初めて目にする獣人族の変化に、さすがのアレクも目を見開いた。


「へぇ、獣人族の変化なんて初めて見た」

「普通なら人前で変化はしないからな」


 なぜか得意げな顔をするクライヴが、意味ありげに耳元を触る。そこには独特の輝きを放つピアスがあった。


「お前、ピアスなんてしてたっけ?」

「これは魔道具だ。これのおかげで、俺たち獣人族は長年の悩みを解決できたんだ」

「長年の悩み?」

「……変化の時の服問題だ」


 そう言われてなんとなく察する。多分デリケートな問題なのであまりツッコまないほうがいいだろう。


「王城の魔道具職人が作ったのか?」

「いや、これを作ってくれたのはティナのご両親だ」


 予想外の人物に再び目を見張る。


「は? ティナの親父さんが作ったのか?」

「そうだが?」

「王城の魔道具職人じゃなくて?」

「そっちには無理だと断られた」


 思わず「嘘だろ」と呟く。王城の職人が出来ないものを作るだなんて。しかも、これはかなり画期的だ。獣人族の誰もが欲しがるに違いない。


 クライヴは事のすごさが分かっていないのか、ティナのもとへ行きたそうに、そわそわしていた。すぐに追いかけたら後をつけていたことがバレるだろうに。


 がしがしと頭をかいたアレクは、アホな侵入者のためにアリバイ作りを少々手助けしてやることにした。


「あー……クライヴ。悪いんだが、レナードへの手紙を書くから少し待っててくれ」

「今から書くのか?」

「大丈夫だ、すぐ終わる。ちょっと待ってろ」


 そう言ってアレクは、懐に携帯しているメモ用紙を取り出した。書く用件は今しがた思いついたもの。


 その間もクライヴは門の方を見てそわそわしている。この位置から門は見えないにもかかわらずだ。


「よし、これを頼む」


 書き終えたメモ用紙を四つ折りにしてクライヴへと差し出す。受け取ったクライヴは、無造作にそれをポケットへと押し込めた。


「それじゃ、俺は行くからな」

「あー……ティナに何か言われたら、俺に用事があったって言えよ。間違っても偶然来たら見かけたとか言うんじゃないぞ」

「分かった。じゃあな」


 挨拶もそこそこにクライヴは一気に駆けだした。その速さたるや、野生動物の全力疾走を思わせる。あれならすぐにティナに追いつくだろう。


「本当に世話が焼ける奴らだな……」


 苦笑しながらもアレクの言葉に棘はない。


 可愛い従妹と手のかかる友人――願わくば二人が幸せになればいい。そう思いながら、静かに窓を閉じた。


 

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