第80話 ノルド村へ到着
「クライヴ様、うちの親の前で絶対に変な事を言わないで下さいよ」
「お嬢さんを俺に下さい、とかもダメか?」
「ダメに決まってます」
予定ではそろそろノルド村へ到着する。住民全員顔見知りという小さな村だ。クライヴのように見目の良い者を連れて帰れば、大騒ぎになるのが目に見えている。
一応、両親含め村の皆には、仕事仲間として紹介するつもりだ。だが、こんな状況では不安しかなかい。
「ティナは俺の番いなんだから挨拶くらいしておいていいと思うんだ。それに、その方が余計な虫が付かなくてすむ」
この調子である。念入りに釘を刺しても、「ティナは俺の番いだ」とか言いふらしそうで非常に恐ろしい。
「そもそも付き合ってもいないのに変な挨拶されたら困ります。うちの村は小さいんだから、滞在中気まずくなるじゃないですか」
「それなら今すぐ付き合──」
「お断りします」
もはやこのツッコミも手慣れてきた。
即答で切り返したせいで、クライヴがあからさまにショックを受ける。それを無視して、ティナは気持ちを切り替えるように大きく息を吸い込んだ。
都会とは違う澄んだ空気。土の匂いや紅葉する草木。楽しそうに囀る鳥の声。そのどれもが懐かしい。
──王都へ引っ越してから一度も帰って来てないから久しぶりだなぁ。
故郷を後にして早数年。使用人募集に行ったらファーストキスを奪われ、番いだと言われ、挙げ句の果てに誘拐されて、今は子トラの母親代わりときた。平凡とは程遠いが、目まぐるしい毎日は嫌ではない。
両親に今までの事をたくさん話したい。数日の滞在ではあるが、弾む心は抑えられないでいた。
「……お、見えてきたぞ」
「わぁ、懐かしい!」
遠くにうっすらと建物の影が見え始める。あそここそ、ティナの故郷・ノルド村だ。
「さすがに貸し馬屋はないので、ローズとブルーノはうちの小屋で預かりますね」
「ティナの家に小屋があるのか?」
「はい。うちは村の端っこにあるので。二頭なら何とか大丈夫だと思います」
クライヴがどんな小屋を想像しているのか分からないが、貸し馬屋のようなしっかりした小屋ではない。どちらかと言えば、物置に近い。それでも、軽く片付けて敷き藁を敷けば、何とか仮の馬小屋として使えるだろう。
そうして掃除の算段をたてている間に村が近くなる。
「村の入口に誰かいるな。ものすごく見られているが、来客は珍しいのか?」
「あー……そうかもしれません。外から来るなんて馴染みの商人くらいなので」
そう答えながらローズの背をひらりと飛び降りる。馬上のままでは村人に警戒されそうだからだ。クライヴもティナに倣って馬を下りる。
クライヴの見つけた人物は、立ち話中だったおば様達だった。俗に言う井戸端会議中のようだ。もちろん顔見知りなので、ティナは片手をあげて大きな声で呼びかけた。
「おばちゃーん! 久しぶりー!」
「……ティナちゃん?」
「おや、本当だ」
おば様達がティナを見てホッとしたような顔になる。やはり多少なりとも警戒されていたようだ。
「やだよぉ、誰かと思ったじゃないか」
「ティナちゃんったら、突然帰ってくるんだもの。びっくりするじゃない」
「まぁまぁ、すっかりキレイになって」
おば様達が一斉に喋り出す。彼女達に捕まると長い。だが、久々だとこうしたやりとりも懐かしくさえ感じる。
「仕事のついでに立ち寄ったんです。こちらは──」
「あらあらあら! えらいかっこいい人じゃないかい」
「おやまぁ、もしかしてティナちゃんの良い人かい?」
「ああ! それでわざわざ里帰りを!」
「えっ、いや違──」
「ちょっとー! ティナちゃんが旦那連れて来たわよー!」
そう言って、おば様の一人が大声をあげる。ティナが口を挟む隙もない。
あわあわするティナを尻目に、他のおば様達はクライヴへと詰め寄った。
「結婚の挨拶かい? こんな田舎までよく来たねぇ」
「いえ、ティナの故郷へ来れてとても嬉しいです」
「あのティナちゃんがお嫁に行くのかい。感慨深いねぇ」
「そうそう、うちの犬を一日中観察してたあのティナちゃんが……」
「ヘビを首に巻いて散歩していたあのティナちゃんが……」
田舎故にご近所さんが親戚と化している。改めて聞くとなかなかに恥ずかしい幼少時を暴露され、ティナは大声で割って入った。
「へ、変な事言わないで下さいっ!」
「ティナちゃんの動物好きはすごかったからねぇ」
「そうそう、一人で森に入ったり──」
「やめてーー!」
おば様達の言葉を慌てて遮る。
おそるおそるクライヴの様子を窺うと、微笑ましいととばかりに笑みを浮かべていた。
「ティナは今でも動物好きですよ。動物達も彼女の心根の優しが分かるようで、とても懐いています」
同意するようにローズがブルルと鳴く。
クライヴの言葉は嬉しいが、『動物達』とは特務隊のメンバーを指しているのではないか。それはそれで違う気もする。
「あらやだ、こんな素敵な人が旦那だなんて……うらやましいねぇ」
「ティナちゃんの事よく分かってるじゃない」
「お兄さん、名前は何て言うんだい? 王都の人?」
「クライヴと言います。王都の出身です」
ニコリと微笑んだクライヴにおば様達が少女のようにポッと頬を染める。
やはりクライヴは見た目だけならかっこいいようだ。あの弾丸トークに対応するのもすごい。
──ではなくて、なぜクライヴは誤解を訂正しないのだ。あんなに事前にお願いしたではないか。そんな怒りをこめてクライヴの袖を引っ張る。
「クライヴ様、どういう事ですかっ! 誤解を招くような事、言わないで下さい!」
「ん? 俺は肯定はしてないぞ」
うぐっ、と言葉を詰まらせる。
確かに先に誤解をしたのは、おば様達だ。だが、それを助長したようなクライヴも共犯ではないだろうか。
「そこはちゃんと否定して下さい!」
「……否定する暇がなかったしな」
クライヴがすまなそうな顔をするが微妙な間が怪しい。絶対わざとに違いない。その証拠にどこかご機嫌だ。
知らん顔をするクライヴを睨んでいる間に、村人がわらわらと集まってきた。
これが田舎の恐ろしいところである。ティナ達は、あっという間に村人に囲まれてしまった。
「ティナちゃんが旦那を連れて来たって?」
「うぉ! イケメン!」
「ティナ、おめでとう!」
「こんなかっこいい旦那だなんて!」
「こりゃ、めでたい!」
田舎は吉報が早い。
もみくちゃにされたティナは遠い目になった。もはやこうなっては違うと言っても聞く耳持たずかもしれない。
──せめて、お父さんとお母さんにはしっかり話さないと……。
こうして、ティナとクライヴが恋人という誤解は、一瞬にして村へ広まってしまうのであった。
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