第81話 実家への帰省

「つ、疲れたぁー……」


 げっそりしながら何とか実家の前まで辿り着いたティナは、すでに疲労困憊であった。それもこれも、クライヴとの結婚を勘違いされ、根掘り葉掘り質問責めに合ったからだ。


「いやぁ、みんないい人達だったな」


 疲れ果てたティナとは反対に、クライヴは満足げな顔だ。


 クライヴは終始一貫して村の人達の勘違いを正そうとはしなかった。そればかりか、上手く話を合わせつつ絶妙に勘違いされそうな発言をしていた。手口が姑息過ぎて腹立たしい。


「いいですか! 絶っ対に両親にだけは変な事を言わないで下さいよ!」

「もちろんだ。まぁ、村中に知れ渡ってるからティナのご両親がどう思うか知らないがな」


 いい笑顔で言われるとちょっとイラッとくる。これは絶対に確信犯だ。おばちゃんの勘違いから始まったこの状況を、最大限に利用する気満々だ。


 ティナは猛烈な不安を覚えながら家の呼び鈴を鳴らした。


 ちなみにこの呼び鈴は魔道具だ。鈴のように軽やかな音ではあるが、家の奥にある工房まで聞こえるような仕組みになっていた。もちろん父のお手製だ。


──出てこない。もしかして、留守かな? そういえば、村中あんなに騒いでたのに二人とも来なかったもんなぁ。


 ティナがイケメン夫(もちろん誤解である)を連れて帰ってきたという騒ぎに両親は現れなかった。留守、もしくは工房に籠もっていて気付いていないのかもしれない。


 ティナがもう一度呼び鈴を鳴らそうとした時、ドタドタという騒々しい音が近付いてきた。なんだいるんじゃないかと思ったと同時に、突然腕を引っ張られた。


「わ……っ!」

「ティナ! 父さんは結婚なんて認めんぞっ!!」


 クライヴに引っ張られてすぐに玄関のドアが勢いよく開く。勢い余ったドアは、壁にあたりバァンと痛々しい音を出した。


──あ、危な……クライヴ様が引っ張ってくれなきゃ、ドアにぶつかってた。


 内側から勢いよく開かれたドアにあたっていたら絶対痛い。顔面強打で鼻血ものだったかもしれない。


「クライヴ様、ありがとうございます」

「いや、ティナが無事ならそれでいい」


 ティナを支えたままの体勢でクライヴがニコリと微笑む。だが、これに怒りを露わにしたのは父親だった。


「な、なっ! 娘から離れんかっ!」


 父がビシリとクライヴを指差す。この時点で出会いが最悪だ。ティナが訳を説明しようと口を開く。しかし、ティナよりも早くクライヴが動き出した。


「失礼致しました。私は特務隊の副隊長を務めているクライヴ・ウォルフォードと申します」


 拳を胸に当てて頭を垂れるのは武人の礼だ。無防備に頭を下げることで敵意はないと示している。


──クライヴ様……ちゃんとした挨拶できたんだ。じゃなくって言ってるし。


 クライヴの思わぬ一面にポカンとする。


 今回ティナの家に来たのは、凄腕(?)魔道具職人である父に魔道具制作を依頼するためだ。私的ではなく公的な場と判断しているのだろう。


 ティナと父が揃って口をあけて固まっていると、またも足音が聞こえてきた。

 

「あらあら、騒がしいと思ったら。まぁ、ティナ。おかえりなさい」

「お母さん」


 場にそぐわぬ、おっとりした声。父の後ろから現れたのはティナの母であった。可愛らしい花柄のエプロンを付けているという事は、やはり工房にいたようだ。あれは母の仕事用のエプロンだ。


「アナタったら、お客様を立たせっぱなしにするなんてダメじゃない」


 めっ、と子供を叱るような口調で母親が父親を嗜める。立たせている事よりも、いきなりドアを開けた方を叱ってほしい。娘がケガするところだったのだが。


 幸か不幸か、のんびり屋で天然の母の登場で、一気に場の空気が変わった。この母にかかれば父も口を挟む事は出来ない


「さぁさぁ、話しは中でしましょうか」

「お、おい、リンジー…」

「うふふ、お隣の奥さんから聞いていたの。ティナが旦那を連れて来たって。ちょっと手が離せなくて出迎えに行けなかったけど……どうせうちに来るだろうから待ってたのよ」


 ふわふわと花を漂わせていそうなのんびり屋の母の先導で、リビングへと場を移す。ティナとクライヴが並んで座り、向かいには父が腰を落ち着ける。母は鼻歌を歌いながらお茶の準備をしていた。


「ティナったら突然帰ってくるんだもの。事前に連絡をくれたら歓迎の準備ができたのに」

「ふん、歓迎などいらんっ」


 鼻息も荒い父親に、母親はまたも「あらあら」とのんきに笑っていた。


 ほどなくしてカモミールティーが差し出された。清涼感のある香りがふわっと広がり、心がホッと安らいでいく。このハーブは母が裏庭で栽培しているものだ。


「それじゃあ、まずは自己紹介からかしら。私はティナの母のリンジーよ。こっちが夫のヨハン」

「ふん!」

「改めまして、私はクライヴ・ウォルフォードと申します。特務隊の副隊長を務めています」

「あ、あのね! いま私も特務隊で働いているの。クライヴ様は上司であって、決してそういう仲では……」


 村中の誤解を解くのはもはや至難の業だ。せめて両親だけでも本当の事を知って欲しい。そんな思いでティナは必死になって説明した。


 ようやく念願の特務隊で働けるようになったこと。今はとても充実した日々を過ごしていること。もちろんクライヴの番いに認定された事や、誘拐された事などは伏せている。それを言ったら余計に話しがややこしくなるのは明らかだ。


 最後に帰省した理由を説明した。


「──と、いう訳でお父さんに魔道具の依頼をしに来たの。結婚報告だなんて勘違いだから」


 全てを説明し終わると父と母はどこか納得したような顔をしていた。昔から恋愛よりも動物観察ばかりしていたからかもしれない。ちょとt複雑だ。


「ティナの未来の旦那様ではないのね。残念だわ~」

「本当にウチの娘とは何もないのかね? ティナは親から見ても優しくて良い子なんだぞ」


 「結婚なんて認めん」とか言っていたくせに親の欲目がすご過ぎる。母も母で恋バナの予感に目を輝かせないで欲しい。


 クライヴが何と答えるか不安になり、ちらりと顔色を窺った。偶然にもクライヴもこちらに視線を向ける。


「ティナは仕事も一生懸命で特務隊の皆に好かれています。保護している子供の面倒もよく見てくれて、とても素敵な女性だと思います」


 クライヴの返しに内心でホッとする。あれだけ釘を刺したからか、上司として無難な返しだ。


 とりあえず、いつまでもこの話題を続ける訳にはいかない。本題は魔道具なのだ。


「それで、そういう魔道具は作れそう?」

「自動で着脱か。収納とも違うし……うーむ……」

「中々に難しそうね」

「服にも核石を付けて共鳴させれば・…いや、しかし……」

「服に取り付けられるくらい核石を小さくしたら、加工が出来なくなるわよ」


 二人は専門的な話しを始めてしまった。ああでもない、こうでもないと意見を出し合う。


 この二人がこうなると時間がかかる。職人気質でもある父は難題であればあるほど燃えるタイプなのだ。母も職人ではないが、助手という形で父をフォローしているため、当然魔道具についての知識は豊富にある。


「やはり難しいでしょうか? 王城の職人には無理だと言われてしまったんです。お恥ずかしい話、私達獣人族には死活問題で……」

「なぬっ! 王城の職人も匙を投げただと」


 クライヴの一言に負けず嫌いの父が反応する。どうやら父の職人魂に火が付いてしまったようだ。


「やってやろうじゃないか! 無理難題を叶えてこそ新の魔道具職人と言える!」

「難しいようであれば小型の収納でも十分ですので」

「何を言う! 絶対に作って見せようじゃないか! よしっ! そうと決まったら早速設計図を考えるぞ!」


 そう言うなり父は慌ただしく部屋を出ていってしまった。こうなると徹夜上等で工房に籠もるだろう。父の迫力にクライヴが戸惑っているような気がしないでもない。


「父は新しい魔道具を開発するのが好きなんです。難題であればあるほど燃えるようでして」

「うふふ、そこが素敵なのよね」

「お母さん、惚気はいらないから……」


 母の惚気話しが始まると、出会いから事細かに話しが始まる。未だにラブラブなのはいい事だが、誰かれ構わず惚気るのはやめてほしい。


「とりあえず、クライヴ様には客間に泊まってもらうね」

「あら、ティナの部屋じゃなくていいのね」

「だーかーら! クライヴ様とは何でもないから。ほら、お父さんの手伝いしなくていいの?」

「あら大変。クライヴさん、どうぞゆっくりしていってね」


 そうして母もリビングを後にした。


 あの顔は絶対に恋バナ展開を期待している。口説かれ中だと知られないようにしなければ。


「クライヴ様、騒がしくてすみません……」

「いや、明るいご両親じゃないか。魔道具については……受けてくれたと考えていいのか?」

「はい。ああなったら何年かかろうが研究しまくって何とか開発すると思います」


 特務隊念願の魔道具は、こうして始まりの一歩を踏み出したのであった。

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