第82話 魔道具工房見学

「クライヴ様、おはようございます。よく眠れましたか?」


 実家へ帰省した翌日。リビングへやって来たクライヴへそう声をかければ、しばしの間じっと見つめられた。


「クライヴ様?」


 寝ぼけているのだろうかと思い声をかけるも返答はない。もしや意外と朝に弱いのか。そう思った時、焼いていたベーコンがパチリと跳ねた。慌てて視線をフライパンへ戻す。


「朝ご飯すぐ出来るので、座って待ってて下さい」

「……新妻の手料理……ものすっごくいい」

「はい?」


 クライヴが何か言ったようだが、ジュージュー焼く音でよく聞こえない。「いい」とか聞こえた気がしたので、きっとベーコンが好きなのだろう。


 焼き上がったベーコンを皿に載せ、先に準備していたものと合わせてテーブルへ並べていく。今朝のメニューは、薄く焼いたパン生地に好きな具材を乗せ、巻いて食べるラップサンドのようなものだ。この地域では朝食の定番である。


 ノルド村には王都のように朝から開いているパン屋などない。そもそもパン屋自体がない。パンは自分の家で焼くのが普通なのだ。


 そしてティナがなぜ朝ごはんを作っているのかというと、父が昨日から工房に籠りっきりだからだ。必然的に母もそれを手伝っているのでここにはいない。昨夜からそうなるだろうなとは予測して、少し早起きしておいて良かった。


「お待たせしました。簡素な食事ですがどうぞ」

「ティナの手作り!」


 なぜかクライヴが感動している。パン生地とベーコン、それと目玉焼きを焼いて、数種類の野菜を切っただけなのだが。感動する意味が分からない。


「えぇと、飲み物はミントティーでも平気ですか?」

「ああ。昨日のカモミールティーも美味しかった」


 どうやら母お手製のハーブティーは口に合ったらしい。


 そういえば、犬もハーブでリラックすると聞いた事がある。ただし、ハーブを与える時は薄めなければいけなかったはずだ。ローズマリーなど与えてはいけない種類もある。


「うーん……クライヴ様は獣人族だから平気かな」

「ティナ、俺のこと犬扱いしてないか?」


 クライヴからもの言いたげな視線を投げかけられる。どうやら思っていた事をうっかり口に出していたようだ。


 誤魔化すように笑みを浮かべながら、さりげなく話題を切り替えた。


「そ、そういば、砦の方向にはいつ行く予定ですか?」

「明日には行くつもりだ。向こうで二、三泊するようになると思う」

「では、私は村で留守番してますね」


 元々そういう予定だ。クライヴが仕事をしている間、ティナは実家でのんびりする。一応、砦にも知り合いはいるが、仕事の邪魔になりたくないし行くつもりはない。


「そういえば、ヨハン殿とリンジー殿は?」

「二人は昨日から工房に籠もってます。キッチンを使用した形跡があるので、一応ご飯は済ませたのかと」


 おそらく食事そっちのけで難題の魔道具に挑む父に母が軽食でも作ったのだろう。洗った皿が乾いているので大分前に食事を済ませたのかもしれない。二人共お客様そっちのけで研究に没頭するあたり、いかがなものか。


「工房っていうのは、家と繋がっているのか?」

「はい、家の奥にあります。良かったら見てみますか?」

「いいのか? 邪魔にならないのなら是非見てみたい」


 クライヴは分かりやすく目を輝かせた。


 そういえば道中でも魔道具を楽しそうにいじっていた。案外こういうのに興味があるのかもしれない。


 そうして朝食を済ませた後、ティナはクライヴを連れて、家の奥に併設する魔道具工房へと向かった。


 ちなみにティナが作った朝ご飯はキレイに完食された。おまけに皿洗いまでやってくれた。


「ティナ、俺は尽くすタイプだぞ。こんな旦那はどうだ?」

「はいはい。それ、両親や村の人達の前で言わないで下さいね」

「ティナが冷たい……」


 皿洗いの御礼を言ったらこれである。もはや慣れすぎて口説かれている気がしなくなってきた。


「あっ、工房は変なものが多いので気を付けて下さいね」

「変なもの?」

「はい、噛みつくものもあるので」

「はっ?」


 クライヴが驚くのも無理はない。魔道具とは生活を便利にする道具がほとんどなのだ。噛みつく魔道具なんて意味が分からないだろう。


「むやみに触らなければ大丈夫ですよ」


 説明するより見てもらった方が早い。そう思いながら、ティナは工房のドアへと手をかけた。


 音を少しでも遮断するため分厚めに作られた扉を力一杯低く。すぐにクライヴが手を貸してくれたが、ドアが開くと同時に息をのむ気配がした。


「……ティナ、何かいる」


 クライヴが見下ろす先にいるのは、お座りをする犬のようなもの。父の無駄なこだわりで尻尾や耳もちゃんとあるが、この子も魔道具だ。手入れがしやすいからと部品が剥き出しなのを除けば造形は犬である。


「レックス二号と言います。こうやって工房の入口で番犬をしています」

「レックス二号……」


 名前を呼ばれたレックス二号は、お座りをしたまま首を傾げた。父の無駄なこだわりがすごい。


「レックス二号も魔道具です。家族以外の人が工房へ入ると噛みつく設定になっています。今回は私が一緒なので大丈夫です」

「……なぁ、ものすごく見られてる気がするんだが?」

「私が自分の意思で連れて来たのか確認しているんです。もしクライヴ様が強盗で、私が脅されて連れて来たと判断したら噛みつきます」

「せ、性能がすごいな……」


 こう見えてレックス二号は非常に優秀だ。個人的にはそういう細かい識別能力を付与するのなら、見た目も犬に近付けてほしかった。レックスが作られた頃は、見た目の異様さに恐怖を抱いたくらいだ。


 それにしても、魔道具の番犬を戦々恐々と見下ろすオオカミ獣人。そして堂々とする犬型魔道具。とてもシュールな光景である。


「父と母は設計室にいると思います。どうせ集中しているでしょうしスルーしますね」


 入って左にあるのが設計室だ。その前を通過して、中央の大きな台の前で止まる。ここがメインの作業場だ。台の上には、器具や材料が雑多に転がっていた。


「お見せできませんが、あちらの部屋は保管庫です。加工前の核石や注文を受けた魔道具を保管しています」

「保管庫の中にもレックスがいたりするのか?」


 クライヴがそう言うと、保管庫の向こうからカシカシとドアを引っ掻くような音が聞こえてきた。それを聞いたクライヴの顔が引き攣る。


「お察しの通り、あそこにも番犬がいます。あの子はレックス一号です」

「一号……」


 クライヴの目が何号までいるんだと問うてくる。そればかりは制作者である父しか分からない。


「父が個人的に作った魔道具は保管庫には入れず工房内に置いてあります。例えば、これは火をおこす魔道具です」


 作業台に無造作に置かれていた笛のようなものを手にする。これは父が、火起こしが面倒だからと開発したものだ。


「これは吹くと火が出ます。吹き方で火力を調整出来るので、暖炉の火を付けたりするのに便利です。小さいので野宿にも持っていけます」

「へぇ、これは便利だな」


 クライヴが興味を示したが、室内なので実演はやめておく。家が火事になってはたまったものではない。


「似たようなもので、水が出る魔道具もあります。『出す』というより『収納』するといった方が近いでしょうか」


 ちなみにこの魔道具は使い勝手が悪くお蔵入りしている。水道が普及しているのだから当然だ。


「その他にも収穫を補助する魔道具などもあります。父が作るのは生活に関わるものがメインなんです」


 そう説明すれば、クライヴがドアの前でお座りを続けるレックス二号へと視線を向ける。一応あの子も防犯として生活に関わると思うのだが。


「まぁ、父は変わった魔道具を作るので、自動着脱の魔道具も案外何とかなるかもしれません」

「それだと有難いが……」


 レックスを見たせいか、クライヴが不安な表情を隠せないでいる。クライヴの中で父は変わり者認定されたのかもしれない。


「クライヴ様の屋敷にもレックスを番犬にどうです?」


 クライヴが即答で断ったのは、言うまでもなかった。 

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