第79話 伝書フクロウ、現る
辺境視察のため出発した旅は、早くも四日目に突入していた。
初日にクライヴと一つのベッドで眠るいうハプニングはあったが、何だかんだ爆睡してしまった。自分は大概図太い神経をしているらしい。
何はともあれ、あれ以降何の問題もなく旅は進んで………いや、違う。問題はなかったがいくつか事件はあった。
まずは二日目。盗賊に襲われている商人をクライヴが救出した。そしてその日の夜、ティナに絡んできた酔っぱらいをクライヴがぶん投げた。それはもう見事な背負い投げで。
さらには三日目。前日に捕らえた盗賊の残党が白昼堂々襲ってきた。ティナがケガをしそうになり、クライヴがブチ切れてしまった。その場の全員瞬殺(正確には殺していない)である。
万が一取りこぼしがいて、また襲撃されては大変という事で、その日の夜は同じ部屋へ泊まる事になった。もちろん、そこはちゃんと二人部屋だ。ベッドも別々である。
そうして四日目が今日だ。この辺りまで来ると町や村──民家ですら少ない。よって、今夜は野宿となっていった。
「ようやく明日には到着出来そうだな」
「……ソウデスネ」
なぜかティナは後ろから抱きしめられていた。
目の前にはパチリと爆ぜる焚き火。煌々と燃える炎は暖かい。クライヴがギューギューに抱きしめてくるから背中もぬくぬくだ。
ご飯を食べる時は普通に隣同士に座っていたはずなのに、なぜナチュラルに抱きしめられているのだろうか。
「あの……本当にこのままで寝るんですか?」
「当然だ。こうしていれば何かあってもティナを護れるからな」
「で、でも……」
多分クライヴは例の盗賊を警戒しているのだろう。それに、この旅で初の野宿だから余計神経を尖らせているのかもしれない。
だが、年頃の乙女としてはこの体勢はツラい。
密着する体、すぐそばで感じる息遣い。意識するなと言う方が難しい。こんなの眠れる気がしない。
「ティナ、座ったまま寝るのがツラければ寄りかかって構わないからな」
違う。横になって眠れない事を憂慮しているのではない。
そう言ってやりたいが、クライヴが気になって眠れないなどと口にできるはずもなく口を噤む。なぜクライヴはこんなにも平然としているのか。こういう時は下心なしで真面目だから余計たちが悪い。
焚き火の明かりに照らされたクライヴの横顔から慌てて視線を逸らす。周囲を警戒するクライヴの表情は、いつもより凛々しい。
──べ、別にドキッとなんてしてないもん! ちょっとかっこいいだなんて全然思ってないんだからっ!
ティナは少しでも気を紛らわすために焚き火を凝視した。しばらく火が爆ぜる音だけが響く。
何か話した方がいいか。そんな事を思い始めたとき、クライヴが「ん?」と声をあげた。
クライヴは空を見上げている。ティナも同じように空を見上げるが、異変らしきものは見つけられない。せいぜい見えるのは、月と星くらいだ。
「……あれ?」
一生懸命目をこらしていると、空にポツンとした黒い影がある事に気が付いた。その影は段々近付いてくる。やがて、その影がハッキリとした形として視認出来た。
「あれは……鳥?」
羽ばたくというより滑空しているな動き。あの飛び方はフクロウなどに多いが……。
そんな事を思っていると、謎の影が言葉を発した。
「やっほーい」
羽ばたく音もなく軽やかに着地したのは、ピンと立つ耳のような
「テオさん!」
「番いちゃん、数日ぶりやね。ところで……お邪魔やった?」
コテリと首を傾げたテオにティナは現在の状況を思い出した。自分は今クライヴに抱きしめられているのだ。
カァっと顔を赤くするティナが弁明をするよりも早く、クライヴが口を開く。
「道中色々あったんだ。気にしなくていい」
「色々って……めっちゃ気になるんけど。まぁ、聞かないでおくんよ」
テオはめちゃくちゃ言葉を濁しながらも追求しないでくれた。ティナとしては大変ありがたい。
「それで、何か緊急の案件か?」
「いんや。散歩ついでにちょっと伝言頼まれただけなんよ」
「伝言だと? 隊長からか?」
「いんや、エイダから」
言いながらテオがよっこらせとその場に座り込む。鳥らしからぬ格好だ。
「まさか、エイダちゃんに何かあったんですか?」
「大丈夫大丈夫、何も心配するような事じゃないんよ。『まりがんのおにくおいしかったー』だってさ」
「…………はい?」
たっぷり間を開けてから出てきたのは間の抜けた声であった。
『マリガン』とは確か王都にある高級レストランのことだ。行ったことはないが、厚切りステーキが有名だと聞いた事がある。
「隊長がわざわざ予約してエイダを連れてったんよ。そしたら余程お気に召したらしく、番いちゃんに教えるってきかんくて」
なるほど、いつもの「ティナおねえちゃん、これおいしーよ」か。エイダは美味しい食べ物があると、必ずティナに報告してくるのだ。一口食べさせてくれたりもする。
「え、えーと……いい子に留守番しているようで何よりです」
「今のとこはいい子やね。みんなエイダには甘いし」
「……いや、隊長が一番甘やかしてないか。普通幼児をマリガンに連れていくか」
「同じネコ科だし可愛いんじゃん? お菓子あげたりもしてるようやし」
「ああ、そういえば……」
どうやらレナードは時々エイダにお菓子を与えているらしい。そういえばエイダはレナードを少し警戒している節がある。餌付けというヤツだろうか。
あんなに紳士的で穏やかなレナードを警戒するなんて不思議でならない。強者を恐れる本能だろうか。
「えっと……帰ったらお話し聞かせてね、と伝えてもらえますか?」
「任せといてーな。副隊長からは何かあるん?」
「そうだな……食べた分ちゃんと運動しろと伝えてくれ」
神妙な顔のクライヴについ吹き出しそうになった。
確かにエイダは、よく食べよく眠る。食べた分運動しなければすごい事になりそうだ。
「副隊長達は、明日には到着予定なん?」
「ああ、先にノルド村へ行く予定だ」
「番いちゃんの生まれ故郷やね。ご両親には連絡してるん?」
「いえ、手紙を書いても間に合わないので」
そもそも辺境視察ついでに里帰りをする事が決まったのは、つい先日だ。手紙を送っても絶対に間に合わない。
たまに父も母も魔道具修理で留守にする事もあるが、多分この時期なら家にいるだろう。
「……ちなみに、ご両親へ挨拶するような関係には──」
「なってません!」
トラフズクがてへっと笑う。絶対この状況を見てからかったに違いない。
「テオ、俺とティナは一つのベッドで一夜を明かした仲だ。ご両親への挨拶はきちんとする」
「えっ? なんなん!? その超意味深な発言。この数日で何があったん!?」
「それは二人だけの秘密だ。なぁ、ティナ?」
クライヴまで悪ノリしはじめる。無駄に良い声で耳元で囁くので、心臓が破裂するかと思った。
「……クライヴ様、悪ふざけが過ぎますよ」
「間違いでは──っ!」
ギンッと睨みつければ、クライヴがビクリと肩を揺らす。なぜかテオまでもがヒュッと細くなる。
この後、クライヴが説教されたのは言うまでもない。
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