第50話 もふもふ勢揃い

 とある日の昼下がり。今日も空は青く澄んでいて、夏の強い日射しがジリジリと照りつけている。


 そんな中、隊舎の近くにある木陰では、もふもふ達による『ティナを囲む会』が開催されていた。その名の通り、勢揃いである。


 まず、ティナの背後には茶褐色の巨体を誇るヒグマ。そしてティナの右には、滑らかな毛並みが美しいサーバルキャット。左にはキットギツネと白ウサギ。膝の上にはトラ。足元にはとぐろを巻く鮮やかな緑色のヘビ。おまけに木の上にはオオワシとトラフズクまでもがいる。


 何も知らないものが見たのなら、ティナが野生生物に襲われているのではと勘違いするだろう。実際は、全員が特務隊の隊員なので襲われる心配はない。


 皆へのお礼を考えていたティナに対して、「それならブラッシングがいい」という一言を皮切りに、僕も私もとなりこうなったのだ。ちなみに、レナードとクライヴは仕事で不在である。


「気持ちいい?」

「グゥ~……」


 ブラシで喉元を梳かしながら尋ねると、大変ご満悦な返事が返ってくる。声の主は、ブラッシング一番手をゲットした子トラだ。


 誰が一番手になるか揉めているところ、子トラがティナの膝の上を独占したのだ。さも自分が一番だと言わんばかりに。一応幼児が相手のため、異論を唱える者はいなかった。


 ティナ自慢のブラッシング用具から子トラ用に選んだのは、獣毛のソフトブラシである。このブラシの用途は艶出しだ。子トラには毎晩ブラッシングをしているので、艶出しだけでも十分なのだ。


「はい、終わったよ」

「ガゥ!」

「次、ボク~」


 終わりの合図を受けて子トラが膝から下りる。それと入れ違いに膝の上に飛び乗ってきたのは、子トラより一回り小さなキットギツネだ。どうやら子トラをブラッシングしている間に順番が決まったらしい。


「リュカ君なら……スリッカーかな。仕上げは、コームで整えて……」

「存分にモフっていいよー」


 さぁ来い、とばかりにリュカがコロンと横になる。その様子を子トラがジッと観察している。先輩らしさゼロだが大丈夫だろうか。


「あー……気持ちいい」

「ブラッシングはマッサージ効果がありますからね」


 どうやらリュカもブラッシングを気に入ってくれたようだ。とろんとした表情をしているの。フッサフサの尻尾をコームで念入りに梳かし、リュカの番は終了となった。


「次。次は僕の番」


 三番手は真っ白の毛並みに赤いつぶらな瞳が愛らしいウサギだ。リュカよりもさらに小さい。


「キャロルさんの獣化した姿は初めて見ました。すごく可愛いですね」

「ふふふ~、ようやく僕の魅力に気付いたね。さぁ、存分に触るがいい!」


 リュカと同じくコロンと横になる。見た目と仕草は可愛いのに、そこはかとなく卑猥さを感じさせる。やはり可愛くてもキャロルはキャロルという事だろう。


 キャロルには、ふわふわの毛並みを考慮して、サイズの小さいスリッカーをチョイスした。


「うわ~……絶妙な力加減……」

「わっ、こんなに抜け毛が。そういえばウサギは結構頻繁に毛が抜けるんでしたね」

「そうそう、キッチンに毛を持ち込みたくないから基本的には獣化しないんだ。あっ、そこ……気持ちいい~」


 毛玉になりやすそうな耳裏を梳かすとリラックスしたのか、キャロルが両手足を伸ばしてでろんと伸びた。凝っているようなので、ブラッシングついでに腕のつけ根などもマッサージもしてあげる。


「あぁ……もう最高~……」

「キャロルさん、終わりましたよ」


 リラックスし過ぎて動かなくなったキャロルを抱き上げて芝生へ下ろす。でろんと伸びたままご満悦そうだ。とりあえずそのままにしておく。


「次は私ねぇ」


 次に膝に乗って来たのは、鮮やかな緑色の美しいヘビだ。


 さっきまですぐ隣で観察していた子トラは、いつの間にか少し距離を空けていた。ヘビ姿とはいえ、やはりフィズの事は少し苦手らしい。


「フィズさんは濡れタオルで体を拭きましょう。このくらいの冷たさは大丈夫ですか?」


 ティナの差し出した冷えタオルにフィズが顔を乗せる。


 変温動物であるヘビは、自分で体温調節が出来ない。いくら夏の暑い日でも冷やしすぎは要注意だ。


「そうねぇ……ちょうどいい冷たさだわぁ」

「良かった。では、拭いていきますね」


 濡れタオルで緑の体を優しく拭いていく。ヘビの体は小さく細いので、力加減には細心の注意が必要だ。


「はぁ、スッキリしたわぁ」


 フィズの番は拭くだけなのですぐに終わってしまった。しゅるしゅると満足気に元の場所に戻っていく。


「じゃ、次は私~!」


 嬉しそうな声で反応したのは、サーバルキャットのレオノーラだ。流石に膝の上には乗りきらないので、ティナがレオノーラの元へと移動する。


「レオノーラさんも獣毛のソフトブラシかな……子トラちゃんよりは大きめのブラシで……」

「うふふ、楽しみ~」


 何のブラシにするか少し悩んだ後、カゴからお目当てのブラシを取り出す。伏せの状態でスタンバイするレオノーラは、待ちきれないとばかりに尻尾を揺らしていた。


「力加減は大丈夫ですか?」

「ちょうどいいわ。はぁ……気持ちいい……」


 サーバルキャットのしなやかな筋肉をマッサージするようにブラシをかけていく。梳かす度に喉がグルグル鳴るのが可愛らしい。


「はい、終わりましたよ」

「ありがとう。これは癖になりそうだわ」

「…………」


 レオノーラの終了を聞いて、のそりと顔を上げたのはヒグマであった。じっとこちらを見つめてくるので次は彼の番なのだろう。


 ティナは大きなヒグマの正面へと移動した。


「ダンさんの獣化した姿も初めてですね。やっぱりヒグマは大きいですねぇ」


 体重はゆうに200キロは越えているだろうか。とにかく大きい。


 ティナがまじまじと観察していると、突然ダンが頭を伏せた。鋭い爪を隠し、身を小さくするかのように丸くなる。


「……クマは……みんな怖がる……」

「ダンさんって分かってるから怖くないですよ?」


 ポツリと呟かれた言葉の意味が分からずティナは首を傾げた。黒い瞳がティナの本音を探るかのように見つめてくる。


「ダン。番いちゃんは怖がらないから安心せーな」

「小娘、もう遠慮なくブラッシングしてやれ」


 頭上から鳥類コンビの言葉が降ってくる。


 どうやらダンは、ティナが怖がると思っているようだ。心優しいダンらしい。


「ダンさん、僭越ながらブラッシングさせて頂きます。ご覚悟を!」


 ティナはやる気満々で一番大きなブラシを取り出した。目をパチクリさせるダンを無視して、前脚へとブラシを当てる。


「おぉ、ダンがタジタジになってる~」

「珍しい光景ねぇ」

「流石お姉ちゃん!」


 ブラッシング終了組がワラワラと集まってくる。ウサギやらヘビやらキツネやらが足元をチョロチョロするので踏みそうでちょっと怖い。


「もしかして、ダンさんが普段獣化しないのは私に気を遣ってますか?」

「…………」

「私は気にしませんよ?」

「…………」


 ダンからの返事はない。それが答えな気もするが、代わりに頭上から答えが返ってくる。


「ダンはな、任務の途中で獣化したら周りに怖がられたことがあったんよ。ヒグマって体が大きいし……なんというか……仁王立ちになると余計でかいかんね」


 仁王立ちのヒグマ。確かに驚くかもしれない。


「でも、獣化する程の事態だったんですよね? 優しいダンさんの事ですから、他の人を庇おうとしたんじゃないですか」

「……ほほーう。やっぱ番いちゃん、分かる子やね」

「小娘は妙なところで鋭いな」


 ダン本人は黙っているが当たりだったようだ。


 というか、先程から反応のないダンに対してレオノーラが猫パンチを繰り出している。だんまりしているのはアレが原因ではないだろうか。ちょっと痛そうだ。


 ブラッシングをしながらティナはふと思い出した。以前この場所でクマが爪研ぎをしたような跡を見かけた気がする。あれはダンによるものだったのではないだろうか。庭を散歩するのが好きなのに、ティナに気を遣っているとしたら……。


「ダンさん。私は獣化するのは大歓迎ですよ。ヒグマの仁王立ちもぜひ見てみたいです」


 動物好きの血がうずく。野生のクマを観察しようものなら命が危ない。安全かつ間近で観察出来る機会があるなら願ってもいない事だ。


 ティナの期待に満ちた視線を受け、ダンがのそりと顔を上げる。それから、じっとティナを見た後、諦めたように息をついた。


「…………時々なら……」

「わぁ、ありがとうございます! 出来れば、手を! 爪や肉球も見てみたいです!」

「…………」


 ティナの勢いに負けたのか、茶褐色の巨体がごろんと横たわる。どうやら手を見せてくれるらしい。


 ティナ興奮気味に大きな手を覗き込んだ。


「す、すごい……爪が立派! さ、触ってもいいですか?」

「………少しなら……」


 ダンの了承を貰ったティナは、さらに目を輝かせた。


「やった! わぁ、肉球ぷよぷよ。これがクマの大きな体を支えてるんですね。爪は……なるほど出し入れは出来ないのかぁ。筋肉もすごい。これで殴られたらひとたまりもない」


 ティナはここぞとばかりにあちこち観察した。ぶつぶつ呟きながら、爪を触り肉球を触り観察しまくる。あとで記録を付けるためにも細部までじっくり触らせてもらう。


「やっぱ番いちゃんは最強やね」

「な、なんて節操なしの小娘だ」


 順番待ちの鳥類コンビが頭上で苦笑いをする。


 この日の夜、多くの者の匂いがついたティナへクライヴが激しい嫉妬をするのは言うまでもない。

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