第51話 ツンデレさん、再び

『最近見かけないけど、いかがお過ごしかしら。貴方と話したい事がたくさんあるの。書庫で待っているわ』


「何だこれ? 果たし状か?」


 一緒に手紙を読んでいた――というか、勝手に覗き込んできたクライヴの眉間に深いシワが刻まれる。


 上質な紙を惜しげもなく使用したこの手紙は、伯爵家ご令嬢プリシラからの手紙だ。宛先はクライヴではなくティナだ。これは今朝、特務隊宛の手紙と共に届けられた。


「えぇと……以前プリシラ様とお話しする機会がありまして」

「書庫で絡まれたっていうアレか?」

「いえ。あの後にも一度お会いしました」

「それだけで手紙が届くか? まさか脅されたりしてるんじゃないだろうな?」


 ひどい言われようである。


 だが、プリシラは元々ティナを敵視していた。クライヴへ恋心を抱いていたプリシラが、突然現れ番いとなったティナへちょっかいを出してきたのだ。


 しかし、どこからかそれを知ったクライヴは、一言物申すためにプリシラの家へ乗り込んだ。そして、恋する乙女に対して「お前を好きになる事はない」とハッキリ言い放ったのだ。あげくの果てに「今後の態度次第では家を潰す」という脅しまでかけた。はっきり言ってやり過ぎである。


 恋に破れて泣くプリシラをたまたまティナが見つけて慰めたのが親しくなったきっかけだ。最初は威圧的なお嬢様だと思ったプリシラは、話してみるととても可愛らしい人だった。


「プリシラ様は良い人ですよ。庶民の私とまた話したいと言ってくれましたし」

「裏でもあるんじゃないか。もしかしたら何か企んでるのかも……」


 今までうんざりするくらい恋文を送られてきたクライヴは中々に疑い深い。この手紙もプリシラからだと分かるや、一緒に確認すると言い出したほどだ。


「私もプリシラ様とお話ししたいです。なので、明日仕事が終わったら会いに行ってきます」

「だが、ティナに何かあったら……」

「何もありませんから。絶対に付いてこないで下さいね」

「ぐっ……!」


 じとりとした目を向ければ、クライヴは分かりやすく押し黙った。


「子トラちゃん、明日はお出かけしてくるからお留守番お願いしても大丈夫?」

「ガゥ!」

「わぁ、いい子だね~。ありがとう」


 膝に飛び乗ってきた子トラの頭をこれでもかと撫でる。幼児がお留守番をするのだから、大人のクライヴも見習って欲しい。


 ティナに冷たくされたクライヴは、渋々プリシラと会うのを認めざるをえなかった。納得はしていないまま……。




◆◆◆◆◆◆




 翌日の仕事終わり、宣言通りティナは書庫へと足を運んでいた。


 もちろんクライヴはいない。少し強めに言ったのが効いたのか、子トラと一緒に留守番をしている。


「ティナ!」

「プリシラ様。お久しぶりです」


 書庫の手前――庭園にあるガゼボにいたのはプリシラとお付きのメイドであった。どうやらガゼボで本を読んでいたらしい。


 このガゼボからだと書庫の出入口がよく見える。もしかすると、ティナが来るのを待っていてくれたのかもしれない。


 ティナは礼儀として一礼するが、プリシラがいそいそと近付いてくる。


「元気そうで良かったわ。貴女、あれから全然見かけないんだもの」

「すみません、色々忙しくて……」


 誘拐されてクライヴの家で療養していたとは言えない。捜査上の問題もあるし、貴族のご令嬢に話すことでもないだろう。


「てっきりわたくしとは会いたくなかったのかと思ったわ」

「い、いえ、そういう訳では……」

わたくしの最初の態度からすれば当たり前よね……」

「ほ、本当に忙しかっただけです。お手紙頂けて嬉しかったです」

「そ、そう。それなら別にいいのよ」


 つんと澄ました顔をするプリシラだが、口元が若干ニヤニヤしている。このツンデレぶりが大変愛らしい。


「……あれ? プリシラ様、お化粧変えましたか?」


 今さらだが、少しキツい印象のあった風貌がどこか和らいでいる。よく見るとアイラインが以前よりも控え目だ。口紅も赤から健康的なピンク色に変わっている。


「そう! そうなのよ! 貴女に言われてお化粧を変えてもらったの。そうしたら──」

「お嬢様、まずは御友人を座らせてあげて下さい」


 興奮するプリシラの言葉を遮ったのは、お付きのメイドであった。


 今までに見たメイドとは違う人物だ。切れ長の瞳に背筋がシャンと伸びて、いかにも出来る女性といった風貌だ。


「ティナ、紹介するわ。このメイドはアニーよ。少し前にウチで働き始めたの。仕事は出来るのだけれど、ちょっと口が悪いのよ」

「それはお嬢様が我が儘だからです。誰も言わないので、このアニーが心を鬼にして世の常識を教えている次第です」

「何よそれ! わたくしが非常識みたいじゃない」


 アニーは、わざとらしい溜め息をつくとティナへと向き合った。お仕えする家のお嬢様を無視するとは中々に肝の据わったメイドである。


「新しくプリシラお嬢様付きのメイドとなりました、アニーと申します。ティナ様がお嬢様の身なりをご指摘して下さったと聞きました。心より御礼申し上げます」

「い、いえ……私はちょっとした提案をしただけす」

「それが有難いのです。私がお仕えするまでお嬢様の癇癪を恐れて誰も何も言わなかったのです。あの厚化粧とド派手なドレスで外を歩かれていたかと思うと……ゾッとします」

「ひどいわ、アニー! 言いすぎよ!」


 真っ赤になったプリシラがアニーの肩を掴みガクガク揺さぶる。ズバズバ指摘してくれるメイドが新しく傍に来たことで、見た目の改善がなされたようだ。大変よく似合っているのでとても良いと思う。


 それから、ティナとプリシラはガゼボに移動しておしゃべりに花を咲かせた。新しくできたカフェの話から、おすすめの本まで――話が尽きることはない。プリシラの後ろに控えるアニーが時々毒舌なツッコミを入れてくるのの面白かった。


「あっ、そうだわ。この前、お父様のご友人の家でダンスパーティーがあったの。ティナに言われた通り、お化粧を控え目にして、ドレスも淡いクリーム色にして参加してみたの。そしたら……その……」


 プリシラがもごもごと言葉を濁してしまう。ほんのり顔を赤らめているのがとても気になる。


「もしかして、良いご縁がありましたか?」

「そ、そんな! ご縁だなんて! ただ……その……ダンスに誘われただけよ!」

「もしや、とても素敵な方だったとか?」


 ティナの言葉にプリシラが両頬を押さえて俯いてしまう。そんなプリシラの代わりにアニーが口を開いた。


「お嬢様は見てくれだけはいいですからね。まともな格好をされた事でひっきりなしにダンスに誘われたそうです」

「分かります。プリシラ様は綺麗ですもんね。それに、お話ししてみるととても可愛らしいですし」

「……ええ、何とかな子ほど可愛いと言いますしね」


 アニーの言葉には刺々しさがたっぷり含まれていた。お仕えする家のお嬢様にここまで慇懃無礼でいいのだろうか。


「そ、それにね、同世代の女性ともたくさんお話し出来たのよ。思い切って聞いてみたら、やっぱりわたくしの事がキツそうに見えて話しかけづらかったのですって」

「わぁ、新しいご友人が出来たのですね」

「友人……ええ、そう……そうかもしれないわ。最近はよくお茶会に呼ばれたりもするの」


 プリシラは、はにかむような笑みで語ってくれた。


 次から次に嬉しそうに話しをするプリシラは無邪気で可愛らしい。初めて会った時よりも、こちらの方がずっと親しみやすい。


 どのくらいお喋りをしただろうか、ガゼボの近くからバサリという羽音が聞こえた。反射的にそちらに視線を向けたティナは、見てはいけないものを見つけてしまった。


「…………っ!?」


 思わず二度見してしまう。木の上にいる鳥には、とても見覚えがあったからだ。


──な、何でいるのー!!


 絶叫しなかった自分を褒めてあげたい。


 なんと、木の上にはこちらを見下ろすオオワシがいたのだ。明らかにこちらを見ている。これはもう絶対ルークとしか思えない。


──いつからいたの!? まさかクライヴ様の差し金っ!?


 唖然としていると、オオワシがクイッと顎をしゃくるような動作をする。こっちを見るなと言われているようだ。


 一点を凝視するティナに気付いたプリシラは、何事かとそちらへ視線を向ける。


「ティナ? あら、随分と大きな鳥ね」

「え、ええ。本当に大きいですね~」

「あんな鳥は初めて見たわ」

「えっと……山には結構いますよ」


 特務隊の隊舎にはよく出没しますとは言えない。ルークの「こっちを見るなっ!」という視線も怖い。オオワシの眼力は迫力がある。


 何とかルークに帰ってもらえないかと考えていると、プリシラが空を見上げた。あたりはいつの間にか少し薄暗くなっていた。


「すっかり話し込んじゃったわね。ねぇ、ティナ……ここに来るのが大変なら、また手紙を書いてもいいかしら?」

「手紙ですか?」

「こうやってお喋りをする代わりに手紙を書くの。どうかしら?」

「文通ですね! あっ、でも私からはどうやって届ければ……」

「『プリシラ・メイナード』って宛名で王城の通信部に出すといいわ。お父様が王城で働いているからそこに届けられるはずよ」

「えっ? 庶民の手紙が伯爵様に届くのは色々とマズくないですか?」

「あら、お父様はわたくしに友人が出来た事を喜んでいるわよ」

「友人……」

「何よ、嫌なの?」

「ち、違います! プリシラ様は私の事を友人と思ってくれてたんだなぁと。嬉しいです」


 出会いこそあまり良い印象ではないが、身分を越えた友人になれたのは素直に嬉しい。そう本心から話せば、プリシラは口元をキュッと引き結んだ。僅かに口の端が上がっているので、嬉しいのが隠し切れていない。


──プリシラ様のツンデレ……可愛いなぁ。


 ほっこりした気分でお喋り会はお開きとなった。

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