第86話 フクロウ宅急便

 今日はティナも砦に宿泊することとなった。ノルド村へ戻るには時間が遅かった事もあり、祖父が泊まりを強く勧めてきたのだ。


──クライヴ様、どうしてるかなぁ……。


 与えられた客間のソファに腰をかけ回想に耽る。


 あのお茶会の後、クライヴはさっそく仕事をするべくアレクに引きずられるように部屋を出て行った。何でも砦の中を見て回るらしい。


 ティナの方はというと、祖父とお茶をしながらおしゃべりに花を咲かせた。祖父が終始ニコニコしながら聞いてくれたので、つい喋りすぎてしまった。そのまま夕飯も共に食べ、この客間に案内されたのだ。


──すごく驚いてたなぁ……。


 クライヴはアレクに連れられていった時もずっと放心していた。何だか申し訳ないことをした。


 一応父親の名誉のためもあるので、積極的に口にしなかったのは事実だ。なぜならば、貴族籍から除名されるという事は、あり得ないことだからだ。悪事を働いて縁を切られたという事でもない限り滅多に起こり得ない。実際のところは大恋愛からの除籍、家族も本人も納得のうえとはいえ、周囲がどう思わかは別なのだ。


──王都ではあまり知られたくないっていうのもあったし……。


 この国唯一の辺境伯家と血の繋がりがあると分かれば、厄介ごとに巻き込まれかねない。それは昔から父に教えられてきたことだ。


「クライヴ様や特務隊の皆なら大丈夫だろうけど」


 彼らがティナの出自について何か企むとは思えない。むしろ「ふーん、そうなんだ」で終わりそうだ。


 そんな事を考えていると、コンコンと何かを叩くような音が聞こえた。ドアをノックする音とも違う。


 あたりを見回すと、窓からこちらを覗く鳥がいた。


「テオさんっ!」

「やほー! トラフズクの宅急便なんよー!」


 急いで窓を開けると、飛び跳ねるようにテオが中へと入ってきた。なにやら首から巾着袋のような物を提げている。


「よくここが分かりましたね? クライヴ様に会ったんですか?」

「いんや、たまたま番いちゃんが見えただけ。副隊長は飲み会してたんよ」

「飲み会?」

「嫌々参加してるのが遠くからでも丸分かりやったよ。まぁ、歓迎会ってヤツやね」


 そういえば視察に来る前に「あそこに行くと手合わせだ宴会だって疲れるんだよ」とか言っていた。


「というか、おじいちゃんってば……私には早く寝ろって言ったのに」


 みんなで集まるのならティナも行きたかった。何だか一人だけ除け者にされた気分だ。


「テオさんは参加しなくていいんですか?」

「自分は個人的に来てるだけだかんね。てか、おじいちゃんって?」


 ぴょんとソファに飛び乗ったテオが首を傾げる。ティナもその隣へと腰を下ろした。


「えーと……ここの総司令官は知ってますか?」

「もちろん、エヴァンスおうは有名人やもん。隊長副隊長が揃って恐れるくらいやし」

「…………」


 それはいったいどういう意味だろうか。祖父は確かに強いと聞いた事がある。他国が領土拡大を狙って攻めてきた際も、祖父を筆頭に砦の軍で追い払ったと聞く。


 だが、屈強な獣人族が恐れるほどとは……。一応祖父は人族なのだが。それに、そこそこの年齢だ。


「あの、その人が私の祖父です」

「…………んん?」


 テオがものすごい角度で首を傾げる。フクロウ科なだけあり角度がすごい。距離が離れているわけでもないのだから絶対聞こえているだろうに。


「テオさん、トラフズクって聴覚が良いですよね? 絶対聞こえてますよね?」

「はて?」

「ですから、そのエヴァンスおうが私の祖父です」


 すっとぼけるテオに対してハッキリそう口にする。すると、首を傾げたままの体勢でテオが倒れになってしまった。瞬きもせずに動かないので突いてみてが、反応はない。


「驚きすぎですよ。クライヴ様も驚いていましたが、そんなに驚く事ですか?」


 ティナはピクリとも動かないテオを抱き起こす。首を傾げたままなので倒れないようクッションにもたれかかるように置いた。


「つ、番いちゃん、めっちゃお嬢様やん!」

「いえ、私は生まれも育ちも庶民ですので」

「嘘やん! エヴァンス家って言うたら超名門やん!」

「跡取りはアレクですから」

「それや! あのアレクと従兄やて? あいつ、自分ら獣人族と普通に闘えるんよ!? エヴァンスおうといい、本当に人族なんか怪しいんよ!」


 ひどい言われようである。間違いなく二人は人族だ。ただ、北の防衛戦であるこの地を代々守る家として、幼少時より血の滲む努力をしてきただけだ。


「うわぁ……副隊長、番いちゃんを嫁になんて出来るん? あの鬼を説得なんて無理やん……死ぬっ!」


 テオが独り言のようにブツブツと呟く。


 鬼とは誰のことだろうか。祖父もアレクも多少過保護なところはあるが、そこまでひどくはないと思うのだが。というか、普通は挨拶をするのなら父の方ではないのか。


 突っ込みどころ満載ではあるが、ティナはまるっとこの話題を放り投げた。


「そういえば先程、『宅急便』と言ってましたが何でしょうか?」

「えっ? ああ、衝撃的過ぎて忘れるとこやった。番いちゃんにお届けもんがあるんよ」


 そう言ってテオは、鉤爪を器用に使い首から巾着袋を外した。そして、紐を咥えるとティナに差し出してきた。お使いをしてきたフクロウみたいで大変可愛らしい。


 お礼を述べて受け取り、中を開ける。そこには片手サイズの透明の球体が入っていた。取り出して明かりに透かしてみるもキラキラと輝くだけで何の変哲もない。


「これは……?」

「いやー、急ぎだったから声を届けるしか出来んくてね。えーと、こうやったかな?」


 テオがくちばしで球体を数度突く。すると、透明な球体はボウッと淡い光を帯びた。


『ティナおねえちゃーん! きょうはね、にこんだおにくをたべたよ。キャロがおおもりにしてくれたー』


 球体から聞こえてきたのは王都で留守番をしているエイダの声であった。


『あとねー、やいたおにくと──』

『肉の話ばかりね』

『エイダは何よりも食い気だから』


 レオノーラとリュカの声も聞こえてくる。


『いいこにしてるからはやくかえってきてねー』

『……いい子だと?』

『獣化してても人化しててもヤンチャだよね~』


 怪訝そうなルークの声と苦笑交じりのキャロルの声も聞こえてきた。そこで光が収まり声も聞こえなくなった。


「あの……何だか皆さん疲れてませんでしたか?」

「うんうん、とにかく番いちゃんが早く帰ってくるのを皆心待ちにしとるんよ」


 テオが虚空を見てフッと笑う。それだけで留守中の状況が窺い知れた。エイダは元気いっぱいに留守番をしているようだ。


「これ、私の声も届けられますか?」

「残念ながら無理なんよ。急いで作らせたから簡単な機能しか付与できんくてなぁ」

「作らせた……? まさかこのためにですか?」

「そそ。番いちゃんにメッセージを届けたいっていうエイダのために、隊長が王城の魔道具師に作らせたんよ」


 それは職権乱用にならないだろうか。以前クライヴも言っていたように、レナードは大分エイダに甘いらしい。


「スピード製作やったから声を保存する時間も短くてな。エイダ、記録されてないのに延々とこれに話しかけてたんよ」

「すごく想像できます。エイダちゃんの事だから食べ物の話がほとんどでしょう?」

「当たり。数日分のメニューを全部報告してたんよ」


 この魔道具に向かって一生懸命話しかけているエイダの姿がありありと浮かぶ。エイダがいい子に留守番をしているというのに、ティナの方が会いたくなってしまった。


「そうそう。ダンがな、エイダが少し重くなった気がするって言うんよ」

「…………」

「特務隊一の力自慢が言うなんて……やっぱ食べ過ぎかね?」


 エイダへの返事として食べ過ぎ注意と伝えたのは言うまでもない。

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