第116話 新しい隊員

「どーもー、特務隊臨時隊員になったルドラでーす」


 現れたのは先日ぶりのルドラであった。不法侵入していざこざがあったことなど忘れたかのように、人懐こい笑みを浮かべていた。


 そんな飄々とした態度のルドラを見て、隊員達からは大きな声が上がる。


「はあああぁぁっ!?」

「どういうことっ!?」

「なんでこいつがっ!」


 ルドラに特に嫌悪感を抱いているクライヴ、レオノーラ、リュカが勢いよく立ち上がる。だが、こうなることをある程度予想していたのか、レナードは冷静であった。


「落ち着きなさい。もう一度言いますが、これは決定事項です。異論は一切認めません」

「横暴すぎるだろっ!」

「隊長、何であいつの肩を持つのよっ!」

「こちらにも事情があるんですよ」

「どんな事情っ!?」


 クライヴ達はまくし立てるようにレナードを質問攻めにする。三人のあまりの剣幕にレナードも眉根を寄せていた。


 当のルドラは、混乱極まる現場を見てケラケラと笑っていた。この場で楽しそうなのはルドラ一人だけだ。


「いやぁ、残念ながら隊長さんが断れない理由があるんだなー」

「はぁ!? 隊長はお金とか権力とかに屈しないんだぞ。……はっ! ま、まさか隊長の奥さんを人質に──ったぁ!」


 不吉な予想を口にしかけたリュカに、レナードの鉄拳が振り落とされる。どうやら奥様の話しはレナードの逆鱗に触れるらしい。流石は番い至上主義の獣人族だ。


 ギャーギャーと大騒ぎの中、ティナはエイダを宥めるので手一杯であった。抱っこする手を離したら、今にもルドラに噛みつきそうだ。


「あいつ、わるいやつ!」

「えっと……一応私の友達だから噛みつくのは止めてあげてね」


 そうお願いすると、エイダがものすごいしかめっ面になる。苦い薬を飲んだ時よりすごい顔だ。頭を撫でてあげると、渋々ながら唸るのを止めてくれた。


 それにしても、隊長であるレナードが断れない理由とは何だろうか。二人とも怪我はしていないようなので、力で言うことを聞かせたという訳でなさそうだ。そうなると、ルドラが優位になるもの……。


 そこでティナは、ふとあることを思い出した。


 それは番いについて調べていた時のことだ。たくさん読んだ本の一つに、獣人貴族である四家について書かれているものがあった。ついつい気になって熟読してしまったのだが、その本には特務隊の成り立ちについても詳しく書かれていた。


 特務隊は基本的に獣人族のみで構成される。しかし、獣人族だからといって誰でも入れるわけではない。入隊するには、きちんとした試験が行われる。ティナは知らなかったが、トラ夫婦もレナードによる入隊試験を受けていたそうだ。


 だが、それらが免除される特別な存在がいる。それは──。


「確か……四家に連なる人は無条件で隊に入れたような……?」


 ポツリと呟かれたティナの言葉に、全員の首がぐりんと一斉にこちらを向いた。


「何それっ!?」

「ティナ、それ詳しくっ!」

「は、はい。えっと、もともと特務隊は四家の当主達が隊長を務めていたそうです。その名残なのか、いまでも四家の──特に当主は隊に入ることが推奨されているそうです」


 それは建国に携わった四家をこの国に留めておきたいという思惑か。はたまた獣人族のパワーバランスを考慮してのことか。現に今も、四家の当主であるレナードが隊長を務めている。副隊長のクライヴも四家の次期当主だ。


 それを聞いた隊員達は、嫌な予感を感じたらしい。眉間に深いしわが寄る者、わなわなと唇を震わせる者、完全に動きを止めた者までいる。


「ま、まさか……」

「う、嘘でしょ!?」


 隊員達の視線を受けてルドラがニヤリと笑う。悪い顔だ。


「そのまさか。オレの家、四家の一つだもん」

「「「「「 はああぁぁぁ!!?? 」」」」」


 天地がひっくり返るほどの大絶叫が巻き起こる。あまりのうるささにエイダが耳を塞いで顔をしかめていた。


「いやぁ、いい反応してくれんね~」

「当然の反応です。ティナ嬢のストーカーの不法侵入者が、四家の者だなんて誰も思いません」

「あははは、すっごい言われよう」

「だいたい、ナジャ家は今までどこにいたんですか? ここ何十年も一切音沙汰がなかったではないですか。四家われわれのうちでは行方不明扱いとなっているんですからね」


 突如として始まったレナードの説教に、ルドラが「あらら~」と目を泳がせる。


 ティナは行方不明という言葉に小さく首を傾げた。それに気付いたルドラが、説教から逃げるようにこちらへとやってくる。


「ティナは四家について知ってる?」

「う、うん。本で読んで少しだけなら」

「お、知ってるんだ。そうそう隊長さんとこのオルセン一族、犬っころのとこのウォルフォード一族。あとはカメのトルトゥーガ一族とオレの家のナジャ一族。一応この四つが四家って言われてるんだ」


 ルドラの説明に「へぇ」と相づちを打ち。


 クライヴとレナード以外の四家については、何の獣人なのかすら知らなかった。情報を秘匿したいのか、どの本にも書かれていなかったのだ。


「それで、行方不明っていうのは?」

「ああ、それね。昔の話しになるんだけど、特務隊が創設されてしばらくは、四家がリーダーとなって国の防衛に尽力してきたんだ。だけど、時代と共に平和になって、四家も自分たちの役割を改めることにした。ヒョウとオオカミは特務隊に残り国を守ることを、カメは市井に混じって裏から支えることを選んだ。んで、そうなるとウチは特にすることもないな~って」

「…………ん?」

「だってさ、この三家だけでも戦力は十分──むしろ過剰なくらいじゃん。それならウチはいなくてもいいかな~って。そんで、ご先祖様は世界中の毒を研究しに行こうって考えたみたいだよ」

「そ、そうなんだ……」


 ルドラのご先祖様は大分軽いノリだったらしい。ルドラの性格からすると、なんとなく分かる気がする。そういえば、ティナの村にいた時も突然いなくなった気がする。


 ナジャ一族が今まで行方不明とされていた真相に、他の者達も奇妙なものでも見たかのような視線をルドラへと向ける。彼らの場合「毒の研究」あたりに反応したのかもしれない。何と言ったって、特務隊にも毒の研究が大好きなセクシー美女がいるのだ。


「あれ? そういえば、カメの一族って……?」

「ああ、チャド爺さんの家がそうだ。今は孫が当主をしてる」


 いつの間にか隣に来ていたクライヴがそう説明してくれる。


 あの雑貨屋の店主──のんびりとしたお爺さんは先代当主らしい。王都に住む獣人族なら彼のことを知らぬ者はいないと言われるほどの人物で、何でも知っている生き字引のような存在だそうだ。そんなにすごい人とは知らなかった。


「嘘だ……こいつが四家だなんて……」

「信じたくない……」


 リュカ達はルドラが四家の者だという事実をまだ飲み込めないでいた。呆然とした様子にティナは苦笑するしかない。


 四家というのは獣人族にとって特別な存在なのだ。だからこそ認めたくないという気持ちがあるのだろう。


「まぁまぁ、これからは仲間としてよろしくね~」

「「 いやだぁぁぁ! 」」


 この日、一部の隊員の絶叫と共に、特務隊に新たな仲間が加わった。

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