第117話 ルドラが仲間入りして

 新しく特務隊の仲間入りしたルドラ。彼のメインの仕事は、怪我をした隊員の治療に決まった。


 というのも、特務隊の医師であるフィズが、ここ最近体調が優れないからだ。病気ではないそうだが、大事を取ってしばらく休んでもらうことになった。


 ルドラが現れたのは実にちょうどいいタイミングだったそうだ。特務隊としては、フィズの代理が見つかり、かつ四家の者が入隊する。ルドラとしては堂々と城内に入れる。まさにお互いの利益が合致した契約だった。


『隊長め、何が事情があるだ。俺のティナに何かあったらどうしてくれるんだ』


 怨嗟の言葉を吐きながら最後まで納得しなかったのはクライヴだ。番いを何よりも大切にする獣人族だからこそ、ルドラがティナのそばにいることが嫌らしい。


 このままでは仕事に支障が出かねないとして、レナードに頼まれてティナが説得することになった。


──あれは説得って言うか……。


 その時のことを思い出したティナは、顔が熱くなるのを感じた。


 最初はちゃんとした説得だった。ムスリとするクライヴに、ルドラとはただの友人だと何度も説明した。


『本当の本当にあいつのことは何とも思ってないのか?』

『ルドラはただの友達です』

『……本当に?』

『…っ……私が好きなのはクライヴ様です』


 このようなやりとりを繰り返すこと数十回。後半はただ「好き」を何度も言わされた。そのおかげもあり、最後にはクライヴも満面の笑みを浮かべていた。


 何とか納得してくれたのはいいが、ティナの精神面はゴリッゴリに削らた。なにせ、一部始終をエイダに見られていたのだから。変な噂が広がらないよう祈るばかりだ。


 ちなみに、あの日不在だったトラ夫婦は、帰って来るなりルドラと対面することになった。「そうか」「隊長殿の決めたことならしかたないな」と実にあっさりしていた。



 ルドラが特務隊へと馴染みつつある、とある日。庭ではルドラとリュカが勝負をしていた。


「どうした、少年。足元がフラフラだぞ~」

「くっ……まだまだっ!」

「その意気やよし。けど──」


 そう言うなりルドラが軽やかにバックステップを取る。それに食らいつくように、リュカが大きく足を踏みだした。


「うわっ!」


 驚きの声と共にリュカがズベッと地面に倒れ込んだ。それでも反射的に受け身を取る辺り、さすがの反射神経だ。


 すぐに起き上がろうとしたリュカの頭を、ルドラが軽く小突く。どうやらこれで勝負ありのようだ。


「もっと周りを見ないとダメだぞ~」

「また負けたー! なんでこんな所に穴が……」


 よく見るとリュカの足元には小さな穴があった。


 見覚えのある穴に、ティナは何ともいえない気持ちになる。そんなティナの腕の中では、子トラ姿のエイダがのほほんと大きなあくびをしている。


 何を隠そう、この穴の犯人はエイダだ。穴掘りブームが再到来しているエイダは、庭で遊ぶたびに砂まみれになりながら穴を量産しているのだ。一応ティナがあとから埋め直してはいるのだが、どうやら埋め忘れがあったらしい。リュカには悪いことをした。


「あはは、負けたから腕立て伏せ100回ね~」

「くっそー!」


 当初、ルドラと相性が悪いと思われたリュカだったが、二人はこうして実戦形式で訓練をする仲となった。ただ、今のところリュカが全戦連敗中である。


──ルドラって結構強いのよね。


 ルドラに負けて悔しそうにしながら腕立て伏せ100回の刑をくらったリュカと、笑いながらそれを見守るルドラを見て、そんな事を思う。


 動物にも強者と弱者がいるように、獣人族にも戦闘向きの種族とそうではない種族がいる。戦闘に向いているのは、レナードやクライヴのような肉食獣がほとんどだそうだ。祖となる動物の特性が大きく影響してくるらしい。


 その点からいうと、ヘビ獣人はあまり戦闘向きの種族ではない。その分、薬学に精通していたり、隠密行動が得意だったりするらしい。


 だが、素人目のティナから見てもルドラの強さはなかなかだった。上手く相手の動きを読み、隙を突いて一撃を入れる。まさにヘビのようにつかみ所がない動きをしていた。


 それに、先程のように周囲を観察する能力にも長けている。リュカだけでなく、レオノーラにも勝負を挑まれているのだが、そちらも全戦全勝するほどなのだ。


 そんなティナの視線にルドラが気付く。


「ティナ~、見た見た? オレってば結構強い──おっと」

「ちかづくなっ!」

「おーおー、今日もちびっ子は元気だなぁ」

「あっちいけ!」


 毛を逆立てて牙を剥き出しにするエイダは、以前よりも迫力が増している。そういえば、ジスランと何かやっていたが……まさかあれは威嚇の仕方を教わっていたのではないか。


 とりあえず、ティナはエイダの背中をポンポンと叩く。フスフス鼻息を荒くしていたエイダだったが、ティナにあやされた途端にぐるぐる喉を鳴らしだす。単純なところが実に可愛い。


「変わり身はっや~。てかさ、こいつなんで獣化してんの? もう人化できるんだろ?」

「そ、それは……」

「まだ変化が安定してないとか?」


 確かにそれも間違いではない。大分、人化に慣れてきたとはいえ、眠たいときや驚いたときなど突然獣化したりすることもあるのだ。


 しかし、ここ最近エイダがあえて獣化して過ごしているのには理由があった。


 それは────寒いから。


 「こっちのほうがあったかい」と言いだしたのはエイダなりの知恵か。それともいまだに人化した姿を見たことがないジスランとアグネスの教えによるものか。確かに服を着込むより、毛皮のほうが温かそうだ。


「おい、ちびっ子。人化できるなら人化しろ。そして、そこをオレに譲れ」

「だめ! だっこ、エイダだけ!」

「ほ~、こんなぷにぷにのトラを抱っこするなんて、ティナも重くて大変なんじゃないか」

「うにうににゃにゃいもん」

「あはは、よく伸びる~」


 むにーっとエイダの頬を伸ばしながらルドラが笑う。エイダも反撃しようとしているが、前足が短くて届いていない。エイダには悪いが、可愛いしかない。


「ルドラ、あんまりエイダちゃんをいじめないで」

「いやぁ、面白くて」

「うわーん、ティナおねえちゃーん」


 爪を出したエイダがひしっと抱きついてくる。


 どうにもエイダはルドラが苦手らしい。フィズと同じヘビ獣人だから苦手意識を持っているのか、顔を合わせる度に威嚇するのだ。


 ぐずるエイダを宥めていると、突然うしろからガバッと誰かに抱きつかれた。驚いたティナは、うっかりエイダを強く抱きしめてしまう。「ぐぇ」と小さなうめき声が聞こえて、慌てて力を抜いた。


「クライヴ様!?」


 首だけで振り向いてみれば、すぐそばに不機嫌なクライヴの顔があった。


「このヘビ野郎、何を譲れだと?」

「さすがは犬。耳だけはいいな」

「犬じゃない。俺はオオカミだ。このヘビ野郎」

「あ゛? やんのか?」


 二人がバチバチと火花を散らす。この二人は顔を合わせればいつもこうだ。手が出ないだけまだマシなのだが、毎日これを見るのも疲れてくる。


 ティナがケンカを止めようとした時。何かがこちらに向かって飛んできた。滑るように音もなく飛ぶその姿には見覚えがあった。


「……テオさん!」

「やっほーい! ただいま帰ったんよ~」


 そこにはリュックを背負ったトラフズクがいた。

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