第99話 告白
ニヤニヤしながら近寄ってきたアグネスは、明らかに何かを企んでいる様子だった。
──な、なんか、嫌な予感が……。
アグネスは「二人きりの時間を作ってやろう」とか言っていた。まさかとは思うが、何かするつもりなのだろうか。予想のつかないアグネスの行動に不安が込み上げる。
「なんだ? 夜食ならないからな」
「そのくらい分かっている。あ、いや、やはり小腹が空いたな」
「はぁ? ついさっきは満腹とか言ってなかったか?」
「こ、この姿だとすぐ腹が空くのだ」
アグネスの大根役者っぷりがすごい。話しの切り出し方も態度も不自然でしかない。案の定、クライヴも形の良い眉をひそめていた。
「まさか、今から狩りに行くつもりか?」
「う、うむ。ジスと共に出掛けようかと思う」
「……ジスランは眠そうだが?」
クライヴの言葉にティナもジスランへと視線を向ける。ジスランは自分が巻き込まれているとは知らず、大きな口を開けてあくびをしていた。あれは完全にお腹いっぱいで寝る一歩手前だ。どことなく目もしょぼしょぼしている。
「そ、そんなことはない。ジスも腹が減ったと言っていた」
「そんなに腹が減ったなら、お前一人で行けばいいだろうに」
一層、不審そうな目になるクライヴに、アグネスがうろたえる。
「と、とにかく、私達は出掛けてくる。遅くなるかもしれん。いや、間違いなく遅くなる。朝までには帰るから心配するな!」
「いや、別に心配はしないが……」
トラは食物連鎖の頂点に君臨する猛獣だ。暗闇の森の中であっても、彼らを襲おうとする者はいないだろう。
しかし、これではあまりにも無自然すぎる。探るような視線を向けられたアグネスは、逃げるようにジスランの元へと向かっていった。
「ほら、ジス! 起きろ! 出掛けるぞ!」
「む? どこへ行くのだ?」
「散歩だ。あ、いや、狩りだ。行くぞ!」
そう言ってアグネスは、むにゃむにゃと眠そうなジスランをどつき起こした。そればかりか、早く立てとばかりに問答無用で頭突きをかます。
そしてそのまま、ジスランを追い立てながら二人は森の中へと消えていった。眠いのに文句ひとつ言わないジスランは夫の鑑かもしれない。
「何なんだ、あいつ?」
「…………」
訝しむクライヴに何と返せばいいのか分からない。アグネスが一生懸命場を整えてくれたのは有難いが、残されたこちらとしては微妙な空気だ。
──クライヴ様と二人きりになるために一肌脱いでくれたみたいです、なんて言えるわけがない……。
ティナは乾いた笑いでやり過ごすしかなかった。
「まぁ、あいつらは放っておいても死にはしないだろう。俺達は先に寝るか。明日は一日中移動になるからな」
そう言ってクライヴが寝袋の準備をし始める。
このまま就寝してしまえばアグネスの気遣いを無駄にしてしまう。それに、明日はずっと移動の予定だ。話すチャンスは今しかない。
そう感じたティナは、慌ててクライヴを呼び止めた。
「あ、あの、クライヴ様っ……!」
「ん? どうした?」
振り返ったクライヴは、ティナが勢い余って大きな声を出してしまったからか、少し驚いた顔をしていた。
「……あ、あの、ですね……」
「うん?」
あんなに何を言うか考えたのに、いざその時となると全てが吹っ飛んでしまった。一生懸命思い出そうとすればするほど、頭の中は真っ白になっていく。
──な、何て言うんだっけ……えっと……えっと……!
ティナが口ごもっていても、クライヴは急かさず待っていてくれる。その優しさに後押しされるように、ティナは大きく息を吸い込んだ。
「あのっ! お、お付き合いの件……よろしくお願いしますっ!」
勢いよく頭を下げる。
──言った! 言えたー!
頭が真っ白になっていた割にはちゃんと言えた。緊張と興奮から「よしっ」と心の中でガッツポーズをする。
だが、そこでハッと我に返った。
クライヴからは何度も「好きだ」「結婚しよう」などと言われてきたが、その度にティナは断ってきた。しかも結構冷たくあしらってきた記憶がある。
もうクライヴの心は離れていたら?
いや、獣人族は番いしか愛さない。「待っている」とも言われた──でも……。
「…………」
パチリ、パチリと炎が爆ぜる音と、時折木々がざわめく音だけが響く。
目の前のクライヴからの返答はない。あまりにも長い沈黙に耐えかねて、ティナはゆるゆると顔を上げた。
「……クライヴ、様?」
反応がないと思ったクライヴは、ポカンと口を開けたまま固まっていた。
まさか聞こえなかったのだろうか。せっかく勇気を出したというのに。いや、やはり今頃お付き合いをお願いしたいだなんて呆れているのだろうか。
ティナの不安が一層大きくなりかけた時、弾かれたようにクライヴが動いた。
「……俺の……聞き間違いか?」
「え?」
「ティナが俺と付き合うみたいに聞こえた気がする……」
その言葉に一気に顔が熱くなる。確かにそう言った。言ったのだが、改めて口にされると非常に恥ずかしい。
「そ、その……クライヴ様とお付き合いをしたいと……思いまして……」
今度はどもらないように気をつけながら、もう一度想いを口にする。今度こそ聞こえただろう。そう思ったが、クライヴは信じられないという顔をしていた。
「……俺と?」
「は、はい」
「…………ああ、そうか。これは夢か。うん、夢だな。俺としたことが寝落ち──」
「違っ! わ、私っ、クライヴ様の事が好きなんですっ!」
クライヴがあまりにも信じようとしないので、ティナは半ばヤケを起こした。なりふり構わず大声でハッキリと想いを口にする。これだけハッキリ言えば今度こそ伝わるだろう。もう情緒も何もない告白だが仕方ない。
反応を窺うようにクライヴの顔を見上げようとした、その時──突如目の前の視界が消えた。それがクライヴに抱きしめられたからだとは、すぐに気付けなかった。
「ク、クライヴ様っ!?」
「ティナ! ティナ! 夢じゃないよな!?」
「クライヴ様……く、苦し……」
「ティナがやっと俺のこと……!」
クライヴに抱きしめられたまま、踊るようにくるくると回る。ここまでテンションの高いクライヴは初めて見た。
「ティナが俺のこと好きって……! 俺と付き合うって!」
喜びをあらわにするクライヴに少しホッとする。この様子なら告白は成功かもしれない。
こちらまで嬉しくなったティナは、想いを返すようにクライヴの背に腕を回してみた。すると、ティナに負けず劣らず心音が早いことに気付く。それがなんだかおかしくて小さく笑ってしまう。
「ティナ?」
「いえ。ふふっ、何でもないです」
突然笑い出したティナを見て、クライヴが不思議そうな顔をする。すぐに二人見つめ合って笑みを交わした。
出会った頃は、こんな風に愛おしげに見つめられても困惑するしかなかった。クライヴの好意だって素直に受け取ることなど出来なかった。
「ティナ、愛してる。誰よりも、何よりも、ティナだけを愛してる」
クライヴが麗しい笑みで愛を囁く。裏表のない真っ直ぐな言葉と優しい声が、胸の奥を温かな気持ちで満たしていく。
「……私もクライヴ様の事が……好きです」
「そこは愛してるって言ってくれ」
むっ、と拗ねたように唇を尖らせたクライヴにまた笑い声をあげた。
今はまだ「好き」という言葉しか返せない。これから、お付き合いをしてもっとクライヴの事を知れば、同じ想いを返せるかもしれない。それまで「愛している」の言葉は取っておいてもいいだろう。
だから今は──。
「クライヴ様、好きです」
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