第77話 ハプニングは初日から
「つ、着いたぁ……」
「予定より大幅に遅れたな……」
疲労困憊気味のティナ達は、ようやく一日目の目的地である街へと辿り着いた。既に辺りは真っ暗になっている。
本来なら夕方には着く予定が、途中で大雨に降られて足止めを余儀なくされてしまったのだ。幸いにも通り雨ではあったが、道がぬかるんでしまったせいでグンと進むペースが落ちてしまった。
「ローズ、ブルーノ、お疲れさま。頑張ってくれてありがとね」
ぬかるみの中でも頑張って歩いてくれた二頭に労いの言葉をかける。二頭もどこか疲れたように短く鳴いた。
この街にも貸し馬屋の支店があるそうで、二頭は明日の朝まで預かってもらう事になった。本当はブラッシングをして一日の頑張りを労ってあげたいが、ティナ達も急いで今夜の宿を探さなければならない。
そうして、本日の宿を探しに来たのだが――宿屋でまさかの事態に直面した。
「えっ! 空いてないんですかっ!?」
「ごめんなさいねぇ。ほら、雨が降ったでしょ。次の街まで行けなくなった人が多くて満室になっちゃたのよ」
「そんな……」
この街に宿屋は二つしかない。既に一件目の宿でも満室で断られている。ここも満室なら野宿が確定だ。
雨に濡れてしまったのでシャワーを浴びたかったが、空いていないものは仕方ない。しょんぼりしながら野宿を覚悟した時、カウンターの奥から恰幅の良いおじさんが顔を覗かせた。
「おっ、客か?」
「ああ、アンタ。宿泊希望なんだけど空きがなくってね」
どうやら二人は夫婦のようだ。申し訳なさそうに説明する女性にこちらが恐縮してしまう。ここは早々に立ち去るべきかと思った時、男性の口から思いがけない言葉が飛び出した。
「あ? さっきキャンセルが出ただろ」
「なんだって? アタシは聞いてないよ?」
「そういや、お前は別な接客してたな。悪ぃ、伝え忘れてた」
「アンタねぇ……」
「雨があがったんで出発するんだとよ。あんたら、一部屋でよければ泊まれるけど……」
そういって店主らしき男性がこちらへと視線を向けた。言葉を濁したのは、ティナとクライヴが夫婦ではないのを察してかもしれない。
普段であればティナも判断に悩んだかもしれない。だが今は野宿回避──何よりシャワーを浴びたい。一も二もなく、その言葉に食いついた。
「泊まります! 一部屋でも大丈夫です!」
「ティ、ティナ……?」
「あいよ。部屋は二階の右奥だよ」
「本当に助かりました。ありがとうございます!」
置いてけぼりのクライヴをよそに、ティナは二人分の宿泊費を支払った。もちろん経費だ。
店主の簡単な説明によると、一階が食堂らしく食事代は別らしい。道理で先程から美味しそうな匂いがしてくるはずだ。
「クライヴ様、まずはシャワーを浴びてからご飯を食べに行きましょう」
「あ、ああ……」
「雨に濡れて気持ち悪かったから泊まれて良かった~」
意気揚々と階段を上るティナとは違い、クライヴの内心は激しく動揺している。一部屋を二人で使用するのだ。ティナは無事泊まれる事を喜んでいて、その意味に気付いていない。
「えーと……216号室は……あった!」
鍵に付いている番号と部屋番号を照らし合わせる。間違いがないことを確認すると鍵を開けてドアを開けた。
部屋は一人部屋らしくさほど広くはない。だが、整理整頓は行き届いていて清潔感がある。とりあえず荷物を置いて中身を確認することにした。
「やっぱり着替えも濡れちゃてる。クライヴ様の荷物はどうですか?」
「あー……俺のも濡れてるな。新しく買うにしても今からじゃもう閉まってるだろうし……」
大きな溜め息をついたクライヴに、ティナは含み笑いを浮かべた。こういうこともあろうかと、アレを持ってきているのだ。
「クライヴ様、こんな時にとっても役に立つ物があるんです。それは……これです!」
「石?」
ティナが得意気な顔で取り出したのは、手のひらサイズの置き石のようなモノだ。美しいコバルトブルーの石で、中には文字のようなモノが刻まれている。
「ふふふ~、ただの石ではありません。濡れた服をひとまとめにして……その上にこれを置きます。そして石のここを触ると……」
ティナが文字の部分を触ると、石が淡い光を帯びた。それと同時にぶわりと風が巻き起こる。春の日射しのような心地の良い暖かさの風だ。
摩訶不思議な様子にクライヴが目を見開く。
「これは……魔道具か?」
「はい。以前、馴染みの商人から買いました。荷物や着替えが濡れてもすぐに乾くので、旅には重宝します」
「すごいな。確かにこれは便利だ」
「はい、クライヴ様もどうぞ。お日様に当てたみたいにふかふかになりますよ」
そういって石をクライヴへと渡す。クライヴはすぐには使用しないで、石をまじまじと観察していた。興味津々の様子がちょっと可愛らしい。
「早くシャワー浴びないと食堂が閉まっちゃいますよ」
「ん? ああ、俺は後からでいい」
「えっ? いや、でも……」
「レディーファーストだ」
「いえ、クライヴ様が先に……」
「それなら一緒に入るか?」
クライヴがニヤリと笑う。ティナが遠慮しないよう気を遣ってくれているのが丸分かりだが、顔がいいだけに心臓に悪い。
不覚にも顔を真っ赤にさせたティナは、乾かしたばかりの着替えを持って立ち上がった。
「結構です! 一人で入りますっ!」
「そうか、残念だ」
「~~っ!」
ティナの反応を楽しむようにクライヴが笑いを堪える。耳まで真っ赤にしたティナは着替えを握りしめたまま脱衣所へと駆け込んだ。
勢いそのままに服を脱ぎ捨てると、浴室のドアを開けて一気にシャワーを頭から浴びせる。
──もうっ! もうっ! 一緒に入る訳がないじゃない!
わしゃわしゃと頭を洗いながら心の中で文句を叫ぶ。
気を遣ってくれたのだろうが、クライヴの事だから本気だった可能性もある。いや、さすがのクライヴもそこは弁えているはずだ。そう思いたい。
頭からつま先までキレイになった頃には気持ちも多少落ち着いてきた。
クライヴも雨に濡れて冷えてしまっているはずだ。早く交代しなければと浴室を後にした。
「クライヴ様、お待たせしました──って、何してるんですか?」
タオルで髪を拭きながら部屋に戻ったティナは、目の前の光景に目を瞬かせた。そこには、濡れた服を乾かすために貸した魔道具を楽しそうに使うクライヴがいたのだ。
「ティナ、これ楽しいな! 服だけじゃなくリュックも乾いたぞ!」
「……そ、そうですか」
どうやら楽しくて色々な物に試していたらしい。床には着替えだけでなく色んな物が並べられている。まるで、おもちゃにはしゃぐ犬──ではなく、少年のように目を輝かせている。
「クライヴ様、楽しいのは分かりましたからシャワー浴びてきて下さい」
「ああ……って、ティナ! それじゃ風邪引くぞ」
「えっ? あ、髪のことですか? ちょっとそれ貸して下さい」
ティナは魔道具をクライヴから受け取ると、石を自分の髪にかざした。そして起動スイッチの文字の部分へと触れる。先程と同じように暖かな風が巻き起こり、みるみるうちに髪が乾いていく。
「この通りです。服のように直接当てるとパサパサになるので離して使用するのがコツです」
「おぉ!」
なぜかクライヴが拍手をする。これは大道芸でも何でもない。
「クライヴ様の髪も乾かしてあげるのでシャワー浴びてきて下さい」
「本当か! よし!」
そう言ってクライヴは着替えを持って脱衣所へと駆け込んでいった。どうやらクライヴは思いの外、この魔道具を気に入ったらしい。
ティナの実家には変わった魔道具もたくさんある。もしかするとクライヴは今以上に目を輝かせるかもしれない。そんな事を思うとどうしても笑いがこみ上げてきた。
きっと髪を乾かす時も良い反応をしてくれるだろう。しばらくエイダの世話をしていたせいか、ついつい子供を相手にしているように感じてしまう。
宿屋の店主が一部屋でいいのかと尋ねた本当の意味を知るのは、食事の後になってからだった。
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