第12話 オオカミは嫉妬深い

「改めて、初めましてー。ボクはキットギツネのリュカだよ」


 ティナの目の前には、テーブルにちょこんとお座りをする毛玉が一匹。ボリューミーな尻尾をふわふわと揺らし、まん丸のお目々でこちらを見上げてくるのが大変可愛らしい。


「えっと……新しく入りました、ティナです。隊員の方とは知らず失礼しました」


 ぺこりとお辞儀をすれば、リュカも律儀にお辞儀を返す。ソファに座るティナとテーブルに乗ったリュカ。人とキツネが頭を下げあう光景は、なかなかにシュールである。


 そんな仲の良さげな二人を見て、ギリギリと歯を食いしばる者が一名いた。


「リュカ! ティナは俺の番いなんだ! ベタベタすんなっ!」

 

 クライヴのあまりの剣幕にふわふわ毛玉──改めリュカは、体を縮こませた。


「……きゅ~ん……」


 怯えるようなか細い声。大きな黒い瞳がうるうると潤み、小さな体は小刻みにぷるぷると震えている。


 たまらずティナはリュカを抱き上げた。


「クライヴ様、こんな小さな子をいじめないでください」

「ぐっ……ベ、別にいじめてるわけじゃ……」


 愛しい番いから非難の声を浴びせられ、クライヴは「うぐっ」と声を詰まらせた。それを嘲笑うかのように、リュカがニヤリとした笑みを浮かべる。


──コイツっ、わざとだな! この腹黒ギツネめっ!


 自分の可愛さの使いどころをよく理解しているリュカは、クライヴをさらに挑発するようにティナの手にすりすりと擦り寄った。


「~~っ! リュカっ!」


 我慢の限界点が突破したクライヴは、リュカの首根っこを掴んで強引にティナから引き離した。ぷらーんとした無防備な体勢になるが、リュカはまったく怯んでいない。むしろ楽しそうに尻尾を揺らしている。


「やだなー。副隊長ってば、こわ~い」

「俺のティナに気安く触るな!」

「え~、だって抱っこも撫でるのも上手なんだもん。つい甘えたくなっちゃう~」

「こンのぶりっ子ギツネめ」

「あは。ボク達、同じイヌ科じゃない」

「お前と一緒にすんなっ!」


 きゅるんと可愛らしく見上げてくるリュカに、クライヴのこめかみに青筋が浮かぶ。


 オオカミ獣人のクライヴ、キットギツネ獣人のリュカ──大まかなくくりでは、オオカミもキツネもイヌ科に属している。しかし、自然界ではオオカミがキットギツネを捕食することもある。


 そんなパワーバランスであっても、リュカは全くクライヴを怖がっていない。


「クライヴ、リュカ。そこまでにしなさい」


 静かで威厳のある声にクライヴとリュカがぴたりと動きを止めた。たった一声で二人を止めたのはレナードだ。


「クライヴ、まずはリュカを下ろしなさい」

「でも、隊長……」

「下ろしなさい」

「…………」


 クライヴが無言でリュカを机の上に戻す。さすがのクライヴも隊長には逆らえないらしい。


「リュカ、お前はなぜ獣化じゅうかしているんですか。普段は人化じんかしているくせに」

「それはもちろん、副隊長の番いが気になるなーって」

「見た目を活かしてティナ嬢に近付くあたり、お前のあざとさを感じますね」

「……えへへ」


 レナードの威圧に、リュカが乾いた笑いを返す。


「ティナ嬢、驚かせてすみません。この毛玉は我が隊の隊員で、キットギツネのリュカといいます」

「いえ、こちらこそキツネ扱いしてしまい……」

「そこはリュカが悪いのでお気になさらず。この者は若い分、少々行動が短絡的なんです」

「ボク、ここの最年少なんだ~。あ、ちなみに15歳だよ」

「15歳!? その年で特務隊で働いているなんてすごいです!」


 褒められて上機嫌のリュカは、レナードの冷たい視線から逃げるようにティナの膝上へと飛び乗った。ティナのもとにいればレナードもそうそう手を出してこないと判断してのことだ。そういうあたりが、やはり腹黒い。


「お姉ちゃんは動物が好きなんでしょ? せっかくだから触ってみる?」

「い、いいんですか!?」

「うん、特別だよ」


 ほら、と言わんばかりにリュカが、ごろんと横になる。15歳の少年と聞いたが、どこをどう見ても可愛いキツネにしか見えない。


 ティナは、ためらうことなくリュカの体を撫でた。


「ふわふわ……」

「ふふん、そうでしょうとも」


 得意げに笑うキツネがとても可愛らしい。耳元を撫でてあげれば、気持ちよさそうに目を細めてくれた。


 しかし、その隣ではクライヴがムスリとしていたりする。それに気づいているのは、向かい側に座るレナードくらいだ。


「……ティナ嬢は本当に動物が好きなんですね」

「はい! 小さい頃から山に入って観察してたんです」


 嬉しそうな笑顔を見せるティナの膝では、リュカがじゃれついている。その姿は完全にキツネそのものだ。


 レナードは僅かにクライヴへと視線を向けた後、にこやかな笑顔のままティナに尋ねた。


「肉食獣でも触ってみたいと思いますか?」

「ぜひ触ってみたいです。ですが、現実的には無理そうですよね」

「大丈夫です。ウチには絶対に噛みつかない肉食獣がいますので」

「えっ……?」


 レナードのこの口ぶり。もしや特務隊には飼いならされた肉食獣でもいるのだろうか。首を捻っていると、レナードが立ち上がり、こちらへ近付いてきた。


「ティナ嬢、獣人族というのは非常に狭量でヤキモチ妬きです」

「えっ……あの?」

「なので、触るのならそちらをどうぞ」


 そう言ってレナードがリュカの首根っこを掴んで持ち上げる。


 可愛いキツネとのふれあいタイムが終わってしまい、残念に思っていると、膝の上にもふりとした重みを感じた。


───えっ…………い、犬……?


 ティナの膝の上に顎を乗せ、上目遣いで見つめてくるのは、かなり大きな犬。いや、犬にしては大き過ぎる。それに太い足には鋭い爪がある。アッシュグレーの毛並みに、きりりとしたイエローゴールドの瞳──これはどこかで見覚えがある。


「まさかっ……クライヴ様っ!?」

「わふっ!」


 肯定なのか否定なのかよく分からない返事が返ってくる。獣化していても喋れるのではないか。リュカが普通に喋っていたので間違いないはずだ。


「ご安心下さい。その犬は従順ですので、決して噛みつきませんよ」

「えっ……犬!? クライヴ様ではないのですか?」


 レナードは微笑むだけで答えない。未だ首根っこを掴まれたままのリュカに至っては、明後日の方向を見ている。


 困ったティナはもう一度犬(仮)を見た。ふわふわの尻尾を元気に揺らし、その目は何かを期待しているかのようにこちらを見つめてくる。


──ど、どう見てもオオカミだけど……さ、触ってみたい……。


 動物好きの好奇心がうずうずと刺激される。でもこれがクライヴであるのなら、気軽に触るわけにはいかない。相手は特務隊副隊長というお偉いさんなのだ。


──でも、オオカミなんて普通なら触ることすら出来ないよね。


 手を伸ばしては引っ込め、また手を伸ばす。


 散々葛藤したティナであったが、もふもふの魅力には抗えなかった。意を決したように、そっと手を伸ばし犬(仮)の頭を撫でる。


「わぁ、ふわふわ……」


 想像以上に柔らかい毛並みに思わず感嘆の声が漏れる。一度触ってしまえば、今度は別の場所も触ってみたくなってしまう。うずうずしながらティナは犬(仮)へと声をかけた。


「えぇと……クライヴ様? 背中も触ってみていいですか?」

「もちろんだ!」


 返ってきたのは紛れもないクライヴの声であった。しかし、ティナはもうふわふわの毛並みを撫でるのに夢中だ。


 毛並みに夢中のティナと満足気な様子で犬と化したクライヴ。普段とは違うクライヴの姿にリュカが不思議そうに首を傾げる。


「ねーねー。副隊長ってば、人変わりすぎじゃない」

「お前が余計なことをするからです。本当あの駄犬は……」

「あは。隊長ってば苦労してるね」


 レナードが疲れたように大きな溜息を吐く。視線の先では優秀な副隊長のはずのクライヴが犬と化していた。

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