第13話 隊長と書いて苦労人と読む
特務隊の隊舎内には寮が併設している。エルトーラ王国において、最大戦力にして最高の切り札である特務隊は、昼夜問わず突発的な任務が発生することがある。そのため、いつでも出動できるよう、隊員のほとんどが寮で生活をしていた。
そして、この寮には談話室が設けられていた。隊舎を立てる際、当時の隊長が「隊員達の交流の場」として造らせたものだ。だが、気まぐれな者が多い獣人族は、必要以上のなれ合いを好まない。よって、この談話室がまともに使われることはほぼなかった。
そんな談話室に、今日は珍しくほとんどの隊員が顔を揃えていた。
「本当びっくりだよー。副隊長ってば人変わりすぎ。もうお姉ちゃんにデレデレ~」
床に置かれたクッションで
「分かるわ~。今の副隊長って犬みたいで面白いわよね」
上司を敬う気など一切ないのはレオノーラだ。すらりとした足を組み、豪快に夜食の肉に食らいついていた。
「副隊長の気持ちも分かるなぁ。子リスちゃん、可愛いもんね~」
白い濡れ髪をタオルで拭くのはウサギ獣人のキャロルだ。はだけた服から覗くのは火照った体。どうやら風呂上がりらしい。
「あらぁ、そんなに可愛いのなら私も会ってみたいわぁ。ついでに血も取らせてくれるかしらぁ?」
うふふ、と妖艶に笑う美女はフィズという。特務隊専属の医師だが、毒物実験大好きの変人だ。目元のほくろがチャームポイントである。
「……副隊長……健気……」
大きな体に見合わず、ぽつりぽつりと喋るのはヒグマ獣人のダンだ。無表情、無口が標準装備ではあるが、自由気ままな隊員の中では比較的まともな人物だったりする。
「はぁ……ティナ嬢がオオカミ姿のクライヴを怖がらなくて本当に良かったです」
グラスに入ったワインを嗜みながら、深い深い溜め息をついたのはクロヒョウ獣人のレナードだ。隊員達を招集した張本人でもある。ちなみにレナードは、特務隊唯一の妻帯者で寮には住んでいない。
「ヤキモチ妬きの男は嫌われるよねー」
「お前のせいですよ、リュカ。もう少し距離感を考えなさい」
思い起こすのは日中の出来事。
小さなキツネを可愛いと愛でるティナの隣では、クライヴが激しい嫉妬にかられていた。あれにはさすがのレナードも頭痛を覚えた。あのまま放っておけば間違いなくクライヴは暴走しただろう。それこそ、使用人採用試験の時のような事件を起こしかねない。ただでさえあの事件は、副隊長による前代未聞の出来事として、国の上層部に説明する事態となったのだ。
あの時は「番いを見つけた獣人族の一途すぎる困った習性」くらいで見逃されたが、そう何度も問題が起きてはマズい。隊の副隊長がセクハラまたは婦女暴行で拘束されるなど、汚点にしかならない。
特務隊を統べる者として、最善の解決策として出したのがクライヴを獣化させることだ。その一番の理由は、人化した姿だと何をしでかすか分からないからだ。ティナには悪いが、犬相手なら多少距離感が近くても警戒はされないだろう。動物好きならなおさらだ。
懸念したのは、ティナが肉食獣を恐れないかという点だった。幸いにも喜んで触れていたので、レナードとしては心底ホッとした。あそこで「大型の肉食獣はちょっと…」などと答えられたら、今頃クライヴは再起不能になっていたかもしれない。
「噂通り動物に詳しかったよー。抱っこも上手で安定感抜群!」
「え~、僕も抱っこしてもらいたーい。ウサギもふわふわもこもこだからきっと気に入ってくれるよね」
「私は抱っこよりブラッシングがいいわ。子リスちゃんに頼んでみようかしら」
クライヴの嫉妬とレナードの気苦労などお構いなしなのは、リュカとキャロルとレオノーラだ。リュカに至っては、あの現場にいたのに反省の色など全くない。「ブラッシングいいね」などとノリノリである。もはやクライヴが妬くのを楽しんでいるとしか思えない。
「ところで、ルークとテオはどうしました?」
「ルークは朝一で仕事があるから欠席。テオはいつもの散歩じゃないかな」
「そういえば、ルークも日中獣化してたよ。ボク、食べられるかと思った~。あ、多分テオもいたと思う」
「テオも? あいつ、夜行性のくせして昼間っから何やってんのよ」
普段は他人に対して警戒心の強い彼らが、こうもティナに興味を示すとは。レナードとしては、ありがたいようでありがたくないような微妙な心境だった。
「まさか私の代にこんな阿呆が現れるとは……。しかもそれが副隊長だなんて……はぁ、頭が痛い」
「隊長……頑張れ……」
「ダン…本当この自由人どもの中で比較的まともなのはあなたとテオだけです」
ダンは労うようにレナードのグラスにワインを注いだ。自由人と称された他のメンバーは、ブラッシングの話で大盛り上がりだ。
レナードは注がれたワインの香りを楽しむことなく一気に喉へと押し流した。辛口の赤ワインがピリリと喉を刺激する。それが逆に心地良かった。
「……さて、今日ここに集まってもらった理由。お分かりですね?」
レナードが空になったグラスをドンッとわざと音を立てて置く。その荒々しい音に賑やかな話し声がピタリと止んだ。
紳士的で素敵などと言われているレナードだが、実際のところは誰よりも肉食獣の気質が強い。口調が崩れた時などは要注意である。今はまだ丁寧な口調だが、ゆらりと背後に立ち上る気配には、わずかながら怒気が含まれていた。
「え、えっと~……隊長もブラッシングして貰いたい、とか?」
空気を読まないリュカに、レナードが絶対零度の視線を向ける。リュカは「きゃん」と一鳴きして縮こまってしまった。
「お前たちに注意を促すために決まっているでしょう。ティナ嬢と良好な関係を築こうとするのは良いことです。ですが、クライヴを刺激する真似はおよしなさい」
「……で、でもさ、もう少し副隊長が積極的になってもいいんじゃないのかな~…なんて」
おそるおそる言葉を挟んだのはキャロルだ。このウサギは「可愛い子は落ちるまで口説け」を心情としている天性の遊び人だ。そんな遊び人からすれば、クライヴはかなり消極的に見えるらしい。
「あの駄犬が初対面で何をしたか忘れたのですか? ウサギの脳みそは飾りなんですかね? 一度割ってみましょうか?」
「……す、すみません……」
クロヒョウに睨まれたウサギも撃沈した。
「いいですか。二人の仲が深まるには時間が必要です。クライヴがこれ以上やらかしては嫌われることもあり得るのですよ」
「まぁ、顔だけよくてもねぇ。いきなり交尾を求めるような男は致死毒喰らわせたくなるわよねぇ」
「……フィズ、人聞きの悪いことを言わないで下さい。クライヴはそこまでしていません」
そんな事をしたら事案ものだ。大事件だ。大人しくさせたリュカが「まだ、だけどねー」などと軽口をたたいているが、否定できないだけに恐ろしい。
ギリッと歯を食いしばるレナードに、レオノーラがポンッと手を叩いた。
「いっそずっと獣化してもらったら? 子リスちゃん、オオカミ姿の副隊長に喜んでたんでしょ?」
「あ、それいいじゃん! 飼い主と犬……ぷぷっ」
レオノーラの提案にキャロルが悪ノリする。
確かにティナはオオカミ姿のクライヴを嬉しそうに撫でていた。しかし、それではいつまで経っても恋愛には発展しない。キャロルの言うようにただの飼い主と犬だ。
「私としては、あの駄犬の飼い主になって貰えるのなら助かります。ですが、変な噂が立っては特務隊の名に傷が付きます」
ティナの横を嬉しそうに歩くオオカミ。そんなの特務隊――ひいては、獣人族全体のイメージダウンになりかねない。
「とにかく! クライヴが無事にティナ嬢と恋仲になれるよう、あなた達も行動を改めなさい。分かりましたね?」
「は~い」
「了解」
「…分かった……」
「はいはーい」
「仕方ないわねぇ」
隊員達は口々に返事を返す。返事だけはいいのだが、こいつらが大人しく言うことを聞くとは思えない。むしろ明日には忘れていそうだ。
レナードは、一癖も二癖もありまくる部下達に、内心で大きな溜め息をつくのであった。
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