第14話 夜を駆けるオオカミ

 談話室でレナードが部下達を諫めている頃、クライヴは獣化したオオカミ姿で王都近くの森の中にいた。協力要請が入った案件の調査に来たのだ。


 あるものを見つけ出すのが今夜の目的だ。鼻が利くクライヴが適任という事でレナードから命を受けた。さらに言えば、オオカミは本来夜行性だ。夜目もかなり利く。月明かりの届かない暗闇の森でも、歩みが止まる事はなかった。


 途中途中、地面に残る匂いを確かめる。その歩みは森の奥へ奥へとと進んでいった。


「……ここか」


 クライヴが足を止めたのは、岩肌にぽっかり空いた洞窟であった。中からは湿った空気の匂い、僅かながら水の匂い──そして、目的のものの匂いがした。


 ピンと耳を立てて、洞窟の中だけでなく周囲の音をひろう。聴覚にも優れたクライヴの耳は、風に揺れる草木の音やフクロウの鳴き声などを捉えた。人の話し声や足音はしない。それを確認した後、洞窟へと足を踏み入れた。


「うげっ……くっさ」


 通気性の悪い洞窟の中は、一歩踏み入れただけでツンとした独特のにおいが立ち込める。


 異臭に耐えつつ、二回ほど分かれ道を曲がると、行き止まりへとぶつかった。一見してただの行き止まりだが、周囲を捜索すると、岩陰に隠れるように木箱が置かれていた。嫌々ながら木箱に鼻を寄せにおいを嗅いでみる。


「コレか………うぇ~」


 箱から漏れる匂いは、間違いなく探しているものだ。これで任務は終わりなのだが、一応は目視確認も必要だ。


 クライヴは前足で器用に蓋をずらした。中身を覆う布をよけると、小さな丸薬が入った小袋が大量に顔を出す。


「間違いないな。あー……鼻がもげそう…」


 しかめっ面のまま蓋を元に戻すと、足早に洞窟を出た。目的のものが見つかったのだからココには用はない。仕事とはいえ、このにおいはキツすぎる。


 そうして来た時の半分の時間で洞窟を出るなり、体についたにおいを振り切るようにぶるっと体を震わせた。


「見つかったん?」


 突如聞こえてきた声にクライヴは上を見上げた。その視線の先には、1羽のフクロウが木の枝に止まってこちらを見下ろしていた。


 彼の名はテオ。耳のようにピンと立った羽角うかくが特徴のトラフズク獣人だ。『トラフズク』と呼びにくいため、フクロウと呼ばれることが多いのだが、フクロウと呼ばれると激怒する。あくまでもフクロウ科のトラフズクだと言うのが本人の強いこだわりだ。ちなみに彼も特務隊の隊員だ。


「ああ。例のもので間違いなかった。ここまで運んだ奴らの匂いも分かったから、その線でも追った方がいいだろうな」

「おぉ、さすが副隊長やん。……てか、何してるん?」


 クライヴは伏せをして前足で一生懸命鼻を擦っていた。顔を洗うようにも見える仕草だが、本人は至って真剣である。


「においが染みついて離れないっ……くそっ!」

「嗅覚良いと大変やね~。あっ、そんな時は可愛い番いちゃんの匂いでも思い出したらどうやん?」

「はっ!」


 ガバリと顔を上げたクライヴは、真っ先に昼間の出来事を思い浮かべた。


 愛しい愛しい番いのティナが、このオオカミの姿を怖がることなく優しく頭を撫でてくれたのだ。あの優しい手つきといったら…。さり気なく膝に頭を乗せてしまったが、太ももが柔らかくて実に気持ち良かった。


 あの幸せなひとときを思い出し自然と尻尾が揺れる。しかもティナからは「また触りたいです」なんて言われたのだ。


「おーい、副隊長。めっちゃ顔が緩んどるよ?」

「テオ、感謝する。最高の気分転換だ」

「あー…ドウイタシマシテ」


 今までに見たことのないクライヴに、テオは思わず棒読みになった。


 今でこそ駄犬と称されているが、ティナに出会う前のクライヴは、キリッとしていて世の女性に凛々しいと評判だった。テオとしても真面目な副隊長というイメージを持っていた。こんなにデレデレと緩んだ顔など見たことがない。


「ところで、お前は何かの任務か?」

「いんや、ただ散歩してただけなんよ。やっぱ一日一回は羽を伸ばしたいかんね」

「……で、俺の後をつけてきたと?」


 先程のデレデレとした締まりのない顔とは違い、鋭いイエローゴールドの瞳がテオを見据える。これこそが特務隊のナンバー2である。


 オオカミに睨まれたテオは、思わずヒュッと体を細めた。フクロウがよくやるアレである。


「細くなっても丸見えだぞ。俺が洞窟に入るあたりからそこにいただろ?」

「いやぁ……ははっ……副隊長の鼻はごまかせんね~」

「鳴き真似がわざとらしかったからな」

「いやいや、副隊長見つけたんは本当にたまたまなんよ? 何してんのかな気になって、つい」


 細いままでテオがこてりと首を傾げる。


 元々トラフズクのテオは、夜間飛行と称して外出するのが日課だ。昼間活動が制限される分、伸び伸びと飛び回るのが好きなのだ。そのついでに、怪しいことがないか確認するのも彼の仕事である。


「まぁ、この場所を覚えておくにはちょうどいいから良しとしよう。そのうちお前にも任務が入るだろうからな。これから忙しくなるぞ」

「ほいほい、夜なら任せといてーな。でも昼だったら無理。眩しくて動きたくないんよ」

「分かってる。昼はルークにやらせるさ」


 ルークとはオオワシの獣人族の隊員だ。二人とも猛禽類なだけあり視力が抜群に優れている。空からの偵察はお手のものだ。昼はオオワシ獣人のルークが、夜はトラフズクのテオが任務にあたるというスタイルだ。


「最近キナ臭い事件が多いかんねー。警備隊も忙しいみたいやん」

「隣国が何かと騒々しいからな。火の粉は早いうちに払ったほうがいい」


 エルトーラ王国は、四方を他国に囲まれた小さな国だ。小国の割には生活水準も高く、街道の設備も整っている。それ故、他国からの交易の中継地点としても使われていた。


 しかし、どんなに注意を払っていても、犯罪というのは人がいる限り必ず湧いて出てくる。過去には獣人族が誘拐され戦闘奴隷にされるケースもあった。


「今回の薬もお隣さんが絡んでるんかねぇ」

「運搬してきた奴らを捕まえれば何か分かるさ。全く……忙しくてティナを口説く暇がなくなる」


 オオカミ姿で器用に舌打ちをするクライヴに、テオはフクロウらしく首を傾げた。


「毎日口説いてるんちゃう?」

「もちろん口説いてるさ。人族に倣って触るのもキスも我慢してるんだぞ。拷問だっ」

「………うん、副隊長がエロいことばっか考えてるのは、よーく分かったんよ」


 クライヴの清々しいまでの欲望を目の当たりにして、テオが遠い目になる。


 テオはまだティナと会っていないが、気になって何度か覗き見たことはある。子リスと呼ばれるだけあって小動物みたいなコだった。動物好きというだけあり、過度に干渉してこないところは好感が持てる。


「まぁ、まだほんの数週間やん。これからや、これから」

「愛しいティナが目の前にいてこれ以上我慢しろと? 俺は今すぐ結婚したい」

「いや……あの……初対面で襲われた番いちゃんの気持ちにもなってやってーな」


 というか、よくよく考えれば初対面であんなことをされて普通に会話してもらえるだけマシである。そう考えるとティナは、かなりの大物なのかもしれない。


「番いちゃん、きっと空のように広~い心を持ってるんやね」

「俺の番いは優しくて可愛いんだ。働き者だし、撫でるのも最高に上手いんだぞ」

「う、う~ん……ペットとしてなら上手くいきそうな気がするんは何でなん?」

「それも悪くないな。ティナになら飼い慣らされたい」

「え、えぇ~……さいですか……」


 真顔で変態発言をするクライヴに、テオが若干引き気味になる。先程までの副隊長としての威厳ある姿はどこへいったのか。


「ま、まぁ、無事番いちゃんと結婚できるのを応援しとるんよ。それじゃ、お邪魔しましたー」


 そう言うなり、テオは音もなく宙を舞った。そのまま星の瞬く暗闇へと消えていく。クライヴの面倒さを察知して逃げたのだ。


 そうとも知らないクライヴは、飛び去っていったテオを見上げた。


 夜の森は静寂に包まれていて、どこか心地良い。それでも、クライヴが一番求めるのは唯一無二の愛しい番いのそば。


「さて、俺も帰るか」

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