第15話 一日の活力
「ティナ! おはよう!」
今日も今日とて、満面の笑みで待ち構えいたのはクライヴだ。クライヴが通用門に現れるのは、もはや日常茶飯事となりつつある。
当初は好奇や嫉妬の目を向けられることが多かったが、最近ではやけに生温かい視線を感じるようになった。それもこれも、ティナがクライヴの番いだと広まったのが原因だ。
「おはようございます。えっと……昨日はありがとうございました」
開口一番に謝罪したのは、昨日の出来事。
昨日はオオカミ姿のクライヴを撫で繰り回してしまった。初めて触るオオカミの毛並みが素晴らしく、うっかり我を忘れてしまったのだ。帰宅してからやり過ぎたと反省した。
「いや、ティナにならどこを撫でられても構わない。いつでも気軽に触っていいぞ」
「ほ、本当ですか! 嬉しいです」
なぜか周囲で小さなどよめきが起こる。
聞き耳を立てていた者たちからすれば、若干艶めいた会話に聞こえたのだ。いったい何があったのかと邪推する者も少なくない。きっと彼らによって新たな噂が広まるに違いない。
二人は周囲のそんな雰囲気など全く気付かず、並んで歩きだした。
「この先には大きな書庫があるんだ。城内で働いている者は、誰でも利用できるから行ってみるといい」
「この角を曲がると庭園があるんだ。王城の庭師によって管理されてるから、いつ行っても花がキレイだぞ」
クライヴは出勤の道すがらいろいろなことを教えてくれる。最初はこのお迎えに抵抗感があったが、今ではこうしてクライヴと話すのも割と楽しいと感じられるようになった。
大きな回廊を抜けると、行き交う人たちの雰囲気ががらりと変わる。
「この辺りは警備隊のエリアだ。俺らも仕事柄、よく来るエリアだ」
「け、結構人が多いんですね」
「野郎ばっかだけどな。今日は案内ついでに通るが、普段は通らない方が──」
「おっ、クライヴ~!」
背後からかけられた声に振り返ると、警備隊の制服を着た壮年の男性がこちらへ向かってくるところであった。
「クライヴ! 例の件だが進展はあったか?」
「……それについては、この後に伺う約束をしてるんだが」
「なにっ! 何か分かったのかっ!?」
「…………」
クライヴの眉間に盛大なシワが寄る。
実は警備隊だけではどうにもならない案件を、特務隊が手助けすることがある。現に昨夜クライヴが調査に出たものも、警備隊からの協力要請があったからだ。
ちなみにその報告は、朝一でレナードへ済ませている。さらに、警備隊へも直接伺う旨を連絡していた。それもこれもティナとの朝のひと時を確保するため。つまり、幸せの時間を邪魔されたクライヴは大変機嫌が悪くなっていた。
だが、ティナはそんなクライヴの密かな努力など知る由もない。男性の胸元にある徽章から偉い人なのだと推測し、そっと声をかけた。
「あの、私なら一人でも大丈夫です。お仕事を優先して下さい」
そう伝えれば、眉間にシワを寄せたままムッと口をへの字にされる。その顔には「いやだ」と分かりやすく書いてあった。
「ん? んんっ? もしかして嬢ちゃんが噂の子か?」
「えっ? あの……」
「へぇ~──ってぇ!」
男性がティナを覗き込むように体を屈める。そこへクライヴが目にも見えない速さでグーパンをかました。
「俺のティナに近付くな。暑苦しい。殴るぞ?」
「もう殴ってんだろがっ! くそっ、痛ってーな……この馬鹿力が」
「鍛え方が足りないんじゃないか」
「ったく、これだから番いを見つけた獣人族は。ラブラブなんてうらやましいじゃねーか!」
「そういえば独身だったな。ご愁傷様」
フフンと勝ち誇った顔をするクライヴに、男性が「ちくしょー!」と心底悔しげに叫ぶ。偉い人だと思うのだが、そんな風に見えなくなってきた。
というか、クライヴと付き合ってはいない。どこをどう見てラブラブなどと捉えられたのだろうか。二人の漫才のようなやりとりに首を突っ込む勇気がなく、ただただ愛想笑いを浮かべる。すると、クライヴが促すように軽く背を押してきた。
「後でそちらに伺いますので話はその時に。それでは」
「えっ? あ、あの…?」
「遅刻したらマズいだろ。さ、行こう」
「え、えっと…失礼します。お仕事の邪魔してすみません」
クライヴに背を押されながらもティナは肩越しに振り返り、何とかお詫びの言葉を口にした。をする。男性はクライヴの横柄な態度を気にする様子はなく、「またなー」と明るく手を振ってくれた。
「あの…本当に良かったんですか? 急ぎだったのでは?」
「約束してた時間はまだ先だからいいんだ。アイツの副官もいない場で話すなんて二度手間になるしな」
そういうものかと納得しかけた時、クライヴの言った単語が引っかかった。あの男性は副官が付くような身分なのだろうか。
「あの、先程の方は偉い方だったりしますか?」
「ん? ああ、アイツはあれでも王都警備隊の全隊長だ」
「ぜ、全隊長っ!?」
さらりと告げられた事実にティナは目を丸くした。
王都の治安を管理する部署──通称・王都警備隊。王都の治安維持だけではなく、国境警備や犯罪取締りなどを行う隊のことだ。城下町の見回り・犯罪取締りなど細かく担当する課が細かく枝分かれしている。それらの課を束ねるトップが全隊長だ。
「も、ものすごく偉い方じゃないですかっ! そんな方を後回しにしちゃダメですよ!」
「ティナの方が大事だろ? 番いを大切にするのは当然だ」
「……いえ、そこは仕事を優先して下さい」
「いやだ。ティナとのこの時間は一日の活力なんだ。邪魔されてたまるか」
子供のように駄々をこねるクライヴに返す言葉を失った。一緒に出勤しているだけなのに一日の活力というのも大袈裟すぎではないだろうか。そして、番いは辞退したのだが、どうやら聞き入れられていないようだ。
「あの……クライヴ様。何度も言っていますが番いは辞──」
「そうだ、今日は天気もいいからブラッシングしてみるか? 昨日したいって言ってただろ?」
偶然か狙ってか、クライヴがティナの言葉を遮って尋ねてくる。ブラッシングという魅力的なお誘いに、ティナは分かりやすく目を輝かせた。番いについては一気に頭の外へと飛んでいく。
「い、いいんですかっ!? ぜひ…ぜひ! ブラッシングしたいです!」
「よし。それじゃ、午後に時間を作るから隊舎の入口で待ち合わせしよう」
「はい! 楽しみにしてます!」
実に幸せそうな笑顔を見せるティナに、クライヴは満足げな笑みを返す。
実は昨日、クライヴの毛並みを撫でながらティナは「ふわふわ…ブラッシングしてみたい」などと呟いていたのだ。本人は無意識のようだったがクライヴはバッチリ聞いていた。
番いだと受け入れて欲しいのはやまやまだが、レナードの言ったように焦りすぎて嫌われては本末転倒である。予想に反してティナがオオカミの姿を怖がらなかったのでブラッシングは、距離を縮めるにはいい手段だと判断した。オオカミとは計算高い生き物なのだ。
可愛い番いとの逢瀬、魅力的なもふもふとのブラッシングタイム。二人は午後を楽しみにしながら、出勤するのであった。
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