第66話 エイダの災難
──最近クライヴ様がおかしい。
木々の色が赤や黄色に色づき、秋の足音が聞こえ始めた今日この頃。ティナはそんな違和感を抱いていた。
いつもであれば顔を合わせる度に、髪を触ってきたり抱きついてきたりしてきたクライヴが、最近はどこかよそよそしいのだ。髪を触ろうと伸ばした手を我慢するように引っ込めたり、妙によそよそしかったりする。
──う~ん……何かしたっけ……。
エイダにばかり構っていたから拗ねたとか。いや、クライヴはそこまで大人げない性格ではない。
では、いったい何が原因なのだろうか。
改めて思い返してみると、よそよそしくなったのは、無視した後からのような気もする。
やはり無視したことを気にしているのだろうか。それとも、番いを辞退すると言った事を本気にしているのだろうか。ティナとてあれは本気ではない。人前でのセクハラ発言に少し動揺してつい言ってしまっただけだ。
──………あれ?
そこまで考えて、クライヴとのスキンシップが減った事を気にしている自分に気が付いた。しかも、それを寂しいとか思っている自分がいる。
──えっ? いや、別に……えっ……ええっ!?
確かにクライヴの印象は初対面の頃から大分変わった。だからこそクライヴの想いを真剣に考えようとしている最中なのだ。
ティナがうんうん唸りながら頭を悩ませていると、少し離れた所から久しぶりに聞く獣の声が聞こえてきた。
「ガゥ! グルルルッ! ギャウッー!!」
何かを威嚇するように激しく鳴くのはトラ獣人のエイダだ。トラとは言っても、エイダはまだ幼いので、その姿はぬいぐるみのように愛らしい。
少し前に言葉を喋れるようになったのだが、なにやら猛獣らしい唸り声をあげて地面に体を擦りつけている。先程までは鳥を追いかけて遊んでいたはずだ。
「エイダちゃん? どうした──あっ」
近くまで来てエイダの状態がよく分かった。
頭や背中、尻尾から手足に至るまで、全身にくっつき虫がへばりついているのだ。取れなくて地面に体を擦りつけたら、余計にくっついたというところだろう。
「うえぇぇ……とれない……」
「取ってあげるから少しそのままにしててね」
くっつき虫を見るのが初めてなのか、エイダは今にも泣き出しそうだ。耳もへにゃりと伏せてしまっている。見た目がトゲトゲしているので、もしかすると本物の虫だと思っているのかもしれない。
微笑ましく思いながら、痛くないよう丁寧にくっつき虫を外していった。
「これはね、オナモミっていう植物の果実だよ」
「かじつ?」
「トゲトゲなのは、中の種を食べられないようにするためとか、誰かにくっついて遠くまで運んでもらうためとか言われてるんだよ」
一つ一つ丁寧に取ってあげると、くっつき虫の小さな山が出来上がった。よくこれだけ付けられたものだと内心で感心する。
山となったくっつき虫をエイダはジッと見つめていた。どうやらくっつき虫は、すっかり敵認定されてしまったようだ。
「懐かしい。小さい頃はこれを投げて遊んだなぁ」
「これであそぶ?」
「うん、友達とこれを投げ合ったりして遊んだんだよ。服にくっつくのが楽しくてね。こっそり背中に付けてイタズラしたりもしたなぁ」
子供の頃、くっつき虫で遊ぶのは田舎の定番だった。いつのまにか背中に付けられては、ワーワー騒いだものだ。
ついクスリと笑みを漏らすと、エイダが元気よく声を上げた。
「いっこもってく!」
「えっ? これを? 何に使うの?」
「あそぶ!」
ムフンと鼻息も荒く答えたエイダは、尻尾がゆらゆら揺れている。遊ぶのは構わないが、今のエイダでは持つことすら出来ないのではないだろうか。モフモフの手では、またくっついて悲しい事になる想像しかつかない。
だが、せっかく興味を持ったのに水を差すのも可哀想だ。それに、色々体験させるのは子供の成長に不可欠だ。
「それじゃ一個持っていこうか。どれがいい?」
「んっとね……」
くっつき虫の小山から一個ずつ手のひらに乗せてエイダに見せていく。こだわりがあるようで、「ちがう」「これじゃない」と次々に選別されていく。
数個ほど見せた後、少し大きなくっつき虫を手に乗せた。その途端エイダの目がキランと光る。
「これ!」
「大きいね。じゃ、ハンカチに包んで持って帰ろうか」
「うん!」
ポケットからハンカチを取り出し、くっつき虫を大事に包み込む。
ワクワクと目を輝かせているが、いったい何に使うつもりなのか。とりあえず、こっそり布団の中に入れられないよう気を付けておこう。
そんな事があった後、午後からは執務室でレナードの手伝いをしていた。もちろんエイダも一緒だ。
「ふむ……目新しい情報はなしですか」
溜め息のように呟かれた言葉に、思わずティナも顔を上げた。レナードが見ていたのは、先程渡した手紙であった。
「もしかして、エイダちゃんのご両親のことですか?」
「ええ。未だに有力な手がかりが見つかりません」
「そうですか……。きっとご両親は必死になって探してますよね」
「獣人族は子煩悩ですからね。それこそ子供が攫われれば相手を噛み殺──大騒ぎになるはずなのですが……」
気のせいだろうか。今、噛み殺すと言いかけた気がする。多分ものの例えだろう。流石にそこまで短絡的なことはしないと思う。
だが、レナードの物憂げな顔が妙に怖い。
「未だに捜索願いの一つも出ていないとは。もう一度初めから確認した方がいいですかね」
常に冷静なレナードが、大きな溜め息をつき虚空を見つめる。それほどまでに、エイダの両親探しは行き詰まっているらしい。
当の本人は人の苦労など露知らず、絨毯にゴロゴロ転がって遊んでいた。ふかふか絨毯はエイダのお気に入りなのだ。
「エイダちゃん、お父さんとお母さんとはどこに住んでたの? もう一度教えてくれる?」
「う?」
「エイダちゃんのお家はどこなのかなぁ~」
「もり!」
元気よく返ってきたのは、実にザックリとした答えであった。
実は、この問答は既に何度もしている。話せるようになったばかりの頃、身元が分かることはないかと色々聞き取りをしていたのだ。
まぁ、結局は家族探しに繋がるような情報は何もなかったが。
「今までの話しからすると、人里を離れて暮らしていたのは間違いなさそうですが……」
「大体の答えは『もり』ですもんね」
ついティナも遠い目をしてしまった。エイダは何も悪くない。むしろ一生懸命答えてくれている。
気を取り直して、ティナはもう一度エイダへと向き直った。
「エイダちゃんのお家は森の中なの? 町や村じゃないの?」
「ちがう。ぜんぶもりのなか。エイダはかわのおうちがすき!」
「「 ………… 」」
やはり幼児の説明は難解だ。エイダの口ぶりでは、家がいくつもあるように聞こえる。『かわのおうち』とは『川のお家』という事だろうが、おそらく『川の近くのお家』が正しいのだろう。
「そういえば、エイダちゃんが誘拐されたのは獣人族だからなのですか?」
あの時のエイダは、まだ言葉を話せなかった。獣人族同士だと感覚的に分かるそうだが、見た目には普通の子トラにしか見えない。そんなエイダを獣人族と分かって攫ったのなら、犯人の中に獣人族がいたとも考えられるのだ。
「捕縛した者はエイダをただのトラだと思っていたようです。残念ながらまだ捕らえていない者もいますが……」
またもレナードが小さな溜め息をつく。
クライヴから聞いたところでは、今回の犯人は組織的な犯行だったらしい。元より他国に潜伏している者などもいるそうだ。実際のところ、エイダを捕まえた者もまだ捕まっていない。
「もし獣人族だと分かっていて狙ったとなると……」
「一応その可能性も捨ててはおりません。獣人族の子供なら高値がつくこともありますからね。しかし、トラの場合は………」
言いにくそうに言葉を切ったレナードに、ティナは自然と首を傾げた。それを見たレナードが思いきったように口を開く。
「ただのトラでも需要はあるのです。愛玩用しかり、毛皮も人気ですので。それに、トラは良薬──」
「ぴゃ……!!」
レナードの言葉にエイダがビクリと飛び上がった。このセリフは以前フィズも言っていたからだ。もちろんレナードにその気があった訳ではない。
だが、これ以降エイダはレナードを避けるようになった。レナードがこっそりお菓子で懐柔しようとするのはまた別の話しである。
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