第97話 鹿にする? 鳥にする?
ノルド村を出発して二日が経った。
現在ティナ達は、行きに通った街道ではなく森の中を歩いていた。それというのも、同行者に大きなトラが二頭追加されたからだ。さすがにトラを連れて街道を歩くわけにはいかない。
「エイダはまだ幼いがキレイな毛色をしているだろう」
「はい。アグネスさんの毛色に似ていますよね」
「そうだ、エイダは母である私似なのだ」
誇らしそうに胸を張るのは、エイダの母・アグネスだ。
アグネスとはよく話すようになった。会話はもっぱらエイダのことである。実母と仮親のティナ、話題が尽きることはない。
「む、エイダの模様は我の方に似ているぞ」
「ふふっ、顔の模様はジスランさん似ですよね」
会話に割って入ってきたのはエイダの父であるジスランだ。彼はアグネス以上にエイダを溺愛している。自分にも似ているのだと主張したいらしい。
案の定、ティナの言葉に満足そうに口の端を上げていた。その表情はエイダが得意気に笑う時とそっくりだ。
この数日間でトラ夫婦の性格もなんとなく分かってきた。やや天然気味で子どもっぽいのがジスラン。そんな夫をぐいぐい引っ張る頼もしいのがアグネス。あとは、一人称が「我」なのがジスラン、「私」なのがアグネスだ。
ちなみに「ティナの半径 二メートル以内に近寄るな」というクライヴの命令は早々に解除されている。それでは旅が出来ないということで、何とかクライヴを説得した。
そしてそのクライヴはというと――。
「俺とティナの二人旅が……」
当初からずっとこの調子である。トラ夫婦に嫉妬心丸出しのクライヴと、そんなクライヴにビクビクするトラ夫婦。彼らの間に挟まれるティナは、たまったものではない。
「何もずっと一緒じゃなくても、王都で合流すればいいじゃないか。そうすればティナと二人旅を満喫出来るのに……」
「無理言わないで下さい。ジスランさんとアグネスさんは、王都に行くのは初めてなんですよ」
「だって……」
クライヴが子供のように口を尖らせる。このやりとりも、もう何度目になるだろうか。いい大人がいつまでも不貞腐れないでほしい。
だが、呆れると共にそんな姿さえ可愛いと思えてしまうのは、好きだと自覚したからだろうか。自分も大概らしい。
ティナはこの帰り道でクライヴに自分の気持ち告げると決めていた。今のところそのチャンスは訪れていない。
このまま王都に着いてしまえば、賑やかな隊舎ではますます話す機会がない。それに、ティナとしても長引けば長引くほど言い出しにくくなる。
──よし、今夜こそ……今夜こそちゃんと話すぞ!
そう意気込んだ日の夕方、早速そのチャンスがやってきた。
「ローズ、ブルーノ、今日もありがとね。はい、お水だよ」
暗くなる前に野営の準備を始めることにしたティナ達は、各々自分のできることをしていた。ティナはローズ達の水やりだ。
そこへジスランが尻尾を揺らしながら近寄ってきた。
「おい、今日はウサギと鳥どちらにする? それとも鹿にでもするか?」
このトラ夫婦は狩りの腕が素晴らしい。それに気付いたのは初日の事だ。
今日は保存食での夕食かなぁ、などと思っていると、トラ夫婦が鳥を咥えて現れたのだ。「食事に使え」と仕留めたばかりの鳥を目の前に差し出すトラ夫婦。既にこと切れた鳥から滴る赤い血。
あれには危うく悲鳴をあげかけた。クライヴがトラ夫婦に拳骨を食らわせ、離れたところで捌いてくれたのには感謝しかない。さすがのティナでも、狩りたてホヤホヤは見たことがなかったのだ。
そもそもこのトラ夫婦は普通の獣人族とは少々感覚がおかしい。まるで本物のトラのように生肉でも平然と口にする。それを見たクライヴは「こいつら本当はただのトラじゃないのか」と疑念の視線を向けていた。
見かねたティナが肉を焼いてあげたところ、彼らは喜んで食料調達をするようになった。
「鹿も美味いぞ。鳥ばかりでは飽きるだろう?」
同じく尻尾をゆらゆら揺らしながら近寄ってきたのはアグネスだ。やたら鹿を推してくるところをみると、彼らは鹿を食べたい気分らしい。
捌くのはクライヴがしてくれるとはいえ、鹿を引きずって帰ってこられても非常に困る。精神衛生上よろしくない。
「え、えっと……昨日はソテーにしたので今日は串焼きなんてどうですか? スパイスを持ってきたので同じ鶏肉でも全然違う味になりますよ」
さりげなく鹿ではなく鳥を押してみる。ウサギという選択肢は最初からない。なにせ特務隊にはチャラいウサギがいるのだ。キャロルを連想させるので絶対に却下である。鳥は鳥類コンビとは別の種類なのでセーフとしている。
「クシヤキ?」
「スパイス?」
聞き慣れないのかトラ夫婦が揃って首を傾げる。猛獣だが大変愛らしい仕草だ。
「塩こしょうではない味付けの事です。肉を串に刺して焼く事で、余分な脂を落とせます」
「……それだけでは足りなくないか?」
「お二人が気に入っていた鶏がらスープも作ります。スープも昨日と味付けを変えてみましょう」
「む! そうか! それなら鳥にしよう!」
「たくさん狩ってくるから待っていろ!」
食べ物に上手く釣られてくれたトラ夫婦が、じゅるりと涎をすする。目の前でそういう仕草をされると捕食されそうで怖い。
ティナが内心ビクビクしていると、トラ夫婦は早足に森の奥へと消えていった。
「間違いなくエイダの親だな。食い意地が張っているところに血の繋がりを感じる」
「あはは……」
石で竈を作ってくれていたクライヴが呆れ気味に呟く。
確かにトラ夫婦のご飯に対する熱量はエイダと同じだ。いや、それ以上かもしれない。大量に鳥を仕留めてこない事を願うばかりだ。
「と、とりあえず、すぐ調理できるよう準備だけしておこうかなぁ」
ティナはトラ夫婦が戻ってきた時のために、荷物から調理器具を出し始めた。鍋や調味料を並べ、いつでも調理できるようにしておく。
そこでティナは、ふと今の状況に気が付いた。
──も、もしや、今が話すチャンスではっ!?
今はクライヴと二人きり。トラ夫婦は食料調達へ行っていてすぐには戻ってこない。ちらりとクライヴを見れば、慣れた手つきで火をおこしていた。
声をかけようとするが、緊張のせいで上手く声を出てこない。毎日寝る前にあんなに練習したというのに。
大きく深呼吸をし、自分自身を少しでも落ち着かせようとする。早くしなければトラ夫婦が戻ってきてしまう。だが、焦れば焦るほど逆に心臓が早鐘を打つ。
「ティナ? どうかしたか?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
突然クライヴに顔を覗きこまれたティナは、素っ頓狂な声を上げた。目の前には、いつの間にかクライヴがいた。
「いや、さっきから動かないからどうかしたのかと」
どうやら、鍋を手にしたまま固まっていたため心配してくれたらしい。気遣うような視線にすら胸がときめいてしまうから重症だ。
「あ、あのっ! い、いま……少し話してもいいですか?」
「ん? 鳥を捌くのなら俺がやるぞ」
「い、いえ、そうではなく……いや、捌いてくれるのは助かりますが……」
挙動不審のティナをクライヴが不思議そうに見つめてくる。ぎゅっと鍋を握ったティナは覚悟を決めた。
──今日こそ言うんだっ!
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